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「えっ――えっ?」

 思ってもみないくらい軽い口調でシオンハイトが言うものだから、二度も聞きなおしてしまった。
 そんなにあっさり行けるものなの? わたし、こっちに来るときに二度とオアセマーレの土地を踏めないと思って覚悟してきたんだけど?

「ララの家には行けるか分からないけどね。今度、兄上――一番上の、王太子であるティグルフ兄上がオアセマーレに行くことになってて、その護衛として、僕がついていかなきゃならないの」

 ティグルフ、とは聞いたことのない名前だ。わたしをシオンハイトとの部屋から無理やり連れ出したあの男の名前とは違う気がする。ちゃんと名乗られたわけじゃないし、名乗られたとしても覚えてない可能性のが高いと思うけど、それでもなんか違う、というのは分かる。

「ビードレッド兄上が問題を起こしたから。臣下に下る王子のための、この館は、許可なく自分の使用人を他の階に送り出したり、使用人の買収をするのは禁じられてるんだ。だから、順番で言えばビードレッド兄上が護衛のはずなんだけど、今謹慎中だから、僕に仕事が回ってきたの」

 ビードレッド。なるほど、言われてみれば、あの男はそんな名前だった気がする。
 暗殺や揉め事を防止するために、この館にはいろいろと取り決めがあって、その一つが使用人を、階段等決められた場所以外に向かわせることを禁じているのがその一つなのだと、シオンハイトは説明してくれた。

 それを破ってしまった彼は謹慎処分、加担した使用人はクビらしい。
 結構重いな、と一瞬思ったけれど、冷静に考えたら相当ヤバいことをしているわけで。わたしは敵国から来た人間だから、根底に恨みがあるとしても、弟の嫁を殴らせるって、別に王族じゃなくてもなかなかの事件である。

 ただ、あんな風にされたからか、あの男が大人しく謹慎しているイメージがつかなかい。何かされるのでは、という不安はあるけれど……オアセマーレに行ってしまえば、逆に安全なのだろうか? 分からない……。
 わたし自身は別に社交界であぶれていたということはないけれど、それなりの立場である養母にそれはもう嫌われているので、安全か、と言われると微妙なところ。
 でも、そうなってしまうとわたしに安心していられる場所なんて限られている。

「ララも一応、僕について来られるよ。和平のための結婚だもの。ララがちゃんと生活できているということをアピールするため、とでも言えば駄目だとは言われないよ。というか、ビードレッド兄上もディナーシャを連れていく、と言っていたしね」

 それならわたしも行って平気なのかな。
 少し迷いはしたけれど、一度、原因を探るためにもオアセマーレには行きたいところなのだ。
 わたしはシオンハイトの提案を受け入れることにした。
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