幸福の花束を

天空

文字の大きさ
上 下
11 / 35
ヤドリギは芽を伸ばす

11

しおりを挟む
「ちょ、それ大丈夫なの?」

「すみません!! 専門生とか色々とバタバタしちゃって……」

「大丈夫大丈夫、次来てもらう時に他の事と一緒に聞けば大丈夫だから」

 詰め寄る木那乃を引き剥がす。

「お客さんには私から次の日程とかと一緒に話しとくから、連絡先と名前メモに書いてあるでしょ———」

 そう言ってメモを覗き、私はお客様の名前を見た瞬間崩れるように床にぺたりと座り込んだ。

「ちょっと大丈夫?」

 あの名前は。今更なぜ?

 忘れた筈の夢と、様々な疑問が頭の中をぐるぐると回り続け煮えたぎっていく。

 川波 錨

 あの日、消えてしまった筈の彼の名だ。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ? 聞こえてる?」

 木那乃が不安そうに私の顔を覗き込む。

「……あ、いえ何でもないの、大丈夫だから。町田さん、悪いんだけど電話代わりに大丈夫?」

「はい! 勿論です!」

 私はそのまま一直線に受付裏のスタッフルームへ入った。

「いきなり何で、ちょっとそのメモ見せて貰える?」

 鬼灯は町田からメモを奪うように受け取り、メモを読むと思わず口を覆ってしまった。

「何で……よりにもよってここに来るのよ!」

「一体何なんです?」

「聞いてない!? 青園が男と話せなくなった原因! 青園の告白を無下にしたクズよ! やっとここまで戻って来れたのに……あいつはまたこの大切な日常を壊しに来やがったんだ!」

 受付をドンッと力強く叩き叫ぶ。

「町田さん! 今すぐそいつをキャンセルに!」

「駄目よ」

 受付の裏から小さくも鋭い声で言った。

「どんな人でもお客様はお客様。特に理由もなしにキャンセルなんてあり得ないわ。枯れるのは一瞬なのよ?」

 しかし、壁に寄りかかるように手を当てるその姿から、無理をしてるのは明白だった。

「私は、そんな顔をあんたにさせる為にこれを進めた訳じゃないのよ……」

「あ、あの!」

 ずっとおろおろと2人の顔を交互に見ていた町田が声を上げた。

「でしたら、青園先輩は基本裏方で、お客さんの対応は私がするのではどうですか? 元々青園先輩はサポートメインですし……それじゃ駄目ですか?」

「あんたね、それが出来たら苦労しないわよ」

「そうね、町田さんに苦労はかけられないわ。私もいつも通り業務するから」

「大丈夫です! 出来ます! ただ……」

 一呼吸置いて不安な目から真面目な目に変わって言った。

「私がスタッフルームの個室で事務してる時は絶対に入ってこないで下さい」

 町田さんの言う個室とは、スタッフルームの端にある曇りガラスの付いた扉で区切られた防音室の事だ。集中したい時やオンライン会議なんかの時に私は良く使ってるが、町田さんが使ってる姿はあまり見た事が無かった。

「何だか鶴の恩返しみたいね。分かったわ。町田さんがそんなに言うなら一回試してみましょ。それで無理そうならキャンセル。青園ちゃん良いわよね?」

「えぇ、分かったわ」

「それと、もし辛くなったら絶対に言うこと! 分かった?」

 木那乃は私と町田さんをビシッと指差して言った。

「それじゃ私は帰るけど、あいつが来る日決まったら教えてね。絶対よ?」

 木那乃は町田さんに電話番号の紙を渡すと、自動ドアから出ていった。

「ごめんなさいね、私の事情で大変な事になっちゃって」

「いえ! 全然大丈夫です! じゃあ電話して来ますね!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。 その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。 あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
恋愛
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

【本編完結】捨てられ聖女は契約結婚を満喫中。後悔してる?だから何?

miniko
恋愛
「孤児の癖に筆頭聖女を名乗るとは、何様のつもりだ? お前のような女は、王太子であるこの僕の婚約者として相応しくないっっ!」 私を罵った婚約者は、その腕に美しい女性を抱き寄せていた。 別に自分から筆頭聖女を名乗った事など無いのだけれど……。 夜会の最中に婚約破棄を宣言されてしまった私は、王命によって『好色侯爵』と呼ばれる男の元へ嫁ぐ事になってしまう。 しかし、夫となるはずの侯爵は、私に視線を向ける事さえせずに、こう宣った。 「王命だから仕方なく結婚するが、お前を愛する事は無い」 「気が合いますね。私も王命だから仕方無くここに来ました」 「……は?」 愛して欲しいなんて思っていなかった私は、これ幸いと自由な生活を謳歌する。 懐いてくれた可愛い義理の息子や使用人達と、毎日楽しく過ごしていると……おや? 『お前を愛する事は無い』と宣った旦那様が、仲間になりたそうにこちらを見ている!? 一方、私を捨てた元婚約者には、婚約破棄を後悔するような出来事が次々と襲い掛かっていた。 ※完結しましたが、今後も番外編を不定期で更新予定です。 ※ご都合主義な部分は、笑って許して頂けると有難いです。 ※予告無く他者視点が入ります。主人公視点は一人称、他視点は三人称で書いています。読みにくかったら申し訳ありません。 ※感想欄はネタバレ配慮をしていませんのでご注意下さい。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

【完結】要らない私は消えます

かずきりり
恋愛
虐げてくる義母、義妹 会わない父と兄 浮気ばかりの婚約者 どうして私なの? どうして どうして どうして 妃教育が進むにつれ、自分に詰め込まれる情報の重要性。 もう戻れないのだと知る。 ……ならば…… ◇ HOT&人気ランキング一位 ありがとうございます((。´・ω・)。´_ _))ペコリ  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...