上 下
226 / 436
閑話 放課後の勇者たち編

225 お兄ちゃんは心配性

しおりを挟む
「うおっ、なんだお前のその恰好は!」

 ルーシアの兄、レクスは、部屋に入るなり、下着姿の妹を見てひどく驚いたようだった。年齢は二十代後半ぐらいだろうか。ルーシアによく似た端正な顔立ちをしており、金髪の髪は短く、長身でがっしりした体つきをしている。

「お前まさか、すでにその男と関係を――」
「はい。私はすでに彼にこの身をささげています」

 ルーシアはドきっぱりと言い切る。いや、お前、リュクサンドールに血を吸われただけだろうがよ。しかもそのことを忘れられてるし。

「そ、その話は本当か、そこの邪悪そうな男!」
「あ、僕ですか? そうですね。ルーシア君は優秀なクラス委員長ですし、僕も毎日、彼女の働きにはすごく助かっているんですよ」

 相変わらず空気を読まずトンチンカンな答えをする男だった。違う、そうじゃない。

「毎日、ルーシアに奉仕されまくっているだと!」

 しかし、このレクスという男も、なかなかな勘違い野郎のようだった。

「教師という立場を利用して、無垢な女子生徒を食い物にするとは許せぬ! 貴様、やはり邪悪そのものであるな! 私が成敗してくれるッ! うおおおおっ!」

 と、レクスは直後、リュクサンドールに殴りかかった。

 そして、当然――物理障壁に跳ね返され、思いっきり部屋の外に吹っ飛ばされてしまった。

「ぐはあっ!」

 レクスはそのまま廊下の壁にぶち当たったようだった。

「すみません。僕、夜になると自動で物理障壁出ちゃう体質なんで。大丈夫ですか?」

 リュクサンドールも廊下に出ていく。

「ぶ、物理障壁だと! なぜそんなものが出せる! 貴様、まさかレジェンド・モンスターか!」
「あ、はい。一応、ダンピール・プリンスです」
「え、プリンス……」

 レクスはそこでぎょっとしたようだった。

「プリンスというのは、そのう、クラスで言うと何になる?」
「一年四組の担任ですよ」
「いや、そっちのクラスじゃないっ! レジェンド・モンスターの階級のことだ!」
「ロイヤルクラスですね」
「そ、そう……ロイヤル……」

 レクスの声からさっきまでの勢いがどんどん消えて行っているようだ。もしかしてロイヤルクラスと聞いてびびってんのか、アイツ。

「お兄様、いきなり先生に殴りかかるなんて、失礼にもほどがあるでしょう。先生がロイヤルクラスのレジェンド・モンスターでなかったら、大変なことになっていたじゃないですか」

 ルーシアは部屋の中から冷ややかに兄貴に言う。

「う、うるさい! たとえ、どんな強敵だろうと、私は邪悪なモンスターから妹を守らなくてはいけないのだッ!」

 レクスは妹に非難されて、再び気力がみなぎったようだった。廊下から部屋に戻ってきた。リュクサンドールも少し遅れて部屋に入ってきた。

「ああ、もしかして、あなたはルーシア君のお兄さんですか。これはこれは、はじめまして」

 と、今のやりとりでようやくレクスが何者か察したらしいリュクサンドールだった。

「僕はドノヴォン国立学院一年四組担当の教師、リュクサンドール・ヴァン・フォーダムです。専攻は呪術です。どうぞよろしくお願いします」
「は、はあ。私はルーシアの兄でレクス・ヴァン・ラッシュフォルテと言います。はじめまして」

 と、何やら急に自己紹介しあう二人の男たちだった。段取りおかしすぎるだろ。

「それで、そのう……貴様、いや、あなたの男としての強さは今ので十分理解したつもりです。我が妹を託すのにもふさわしいとも。しかし、なにせあなたは教師、妹は生徒です。そんな立場で関係を持つなど、不健全もいいところではないでしょうか?」

 急にまともなことを言い始める男だった。レクスのやつ、力づくではかなわない相手とみて、すごくソフトな方向に切り替えたようだぞ。口調も丁寧になってるし。

「え? 僕とルーシア君との関係の何が不健全なんですか? 僕はただ、今日、この本を読みに来ただけ――」
「いまさら言い訳はけっこう! 私はただ言いたいのです! あなたの胸にあるであろう熱い感情は、世間一般では決して許されざるもの、禁断の愛と呼ぶべきものなんですよ!」
「許されざる禁断の愛……」

 と、そこでリュクサンドールは近くのローテーブルの上に置いてある暗黒魔法の本をチラっと見て、「ああ、そうですね」と、何か納得したようだった。

「確かに、僕の抱いている愛情は、世間では決して理解されないものです。不健全とも言われることもあるでしょう」

 あれ? あいつなんか違う話してない? 呪術への愛を語り始めてない?

「僕のこの愛情を受け入れない世界など、いっそ滅べばいいと、常にうらめしく思っているくらいなんですよ」
「え、いや、世界が滅べとか、何もそこまで思いつめなくても……」

 レクスはリュクサンドールの言葉にドン引きしたようだった。まあ、腐ってもロイヤルクラスだしなあ。

「とりあえず、卒業まで待てば禁断の愛ではなくなるわけですし?」

 と、レクスはなだめるように言うが、

「卒業? 何を言っているのですか、レクスさん。愛に卒業なんてあるわけないじゃないですか!」

 リュクサンドールは盛大に勘違いしたまま、力いっぱい言い放った。なんだこの噛み合わない会話。

 しかも、

「愛に卒業はない? な……なんという至言!」

 レクスのやつ、なぜかやつの言葉に感動したようだ。

「リュクサンドール先生、まったくその通りですね。愛に卒業なんてあるわけがなかった! 私はこの先もずっと『お兄ちゃん』を卒業せずに、ルーシアを愛していこうと思います!」

 あいついきなり何言ってんだ? さっぱり意味が分からんぞ。

「実は最近、レクス様は、お父上のカセラ様に注意されたのです。お前はいくらなんでもルーシアをかまいすぎる、シスコンが過ぎるのではないか、と」

 と、メイド長が俺に教えてくれた。

「それで、レクス様ご自身も、そろそろルーシア様のよき『お兄ちゃん』を卒業せねばならないのではと悩んでいたようで」
「ああ、それであの言葉が刺さったのか」

 妹への愛に卒業はない、と……いや、さすがにそろそろ卒業しとけよ。お互いもう子供って歳でもないんだからさあ。

「レクスさん、愛に卒業がないように、そもそも愛に間違いなどないのです。受け入れられるか、そうでないかの違いがあるぐらいです。そして、愛の深さ、尊さ、美しさにはそんな違いは関係ないのです」
「はい。私はこれからも兄として全力でルーシアを愛し、見守っていこうと思います。たとえ、ルーシアにはゴミを見るような目で見られていても!」

 二人の男たちは何やら通じ合ったようだった。

「いや、お前らの愛はどっちも間違いすぎだろ!」

 さすがにツッコミを入れずにはいられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...