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閑話 放課後の勇者たち編
224 やっぱり恋の空回り
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「肌を重ねた? あの男、すでにルーシア様を毒牙にかけていたとは!」
メイド長は再び顔面蒼白になった。怒ったり青ざめたり忙しいババアだな。
「まあ、『毒牙にかけた』って言えばそうなのかもな。ルーシアのやつ、この間の新月の夜にあの男に血を吸われたらしいから、たぶんそのことだと思うぜ」
「そ、それはそれで大変なことではないですか! 吸血鬼に血を吸われたら、その奴隷のようなものになってしまうのでしょう?」
「いや、あの男にはそんな能力ないらしい」
「……では、あの男に血を吸われたらどうなるのですか?」
「血の量が減る」
「そのまんまではないですか!」
「だよなあ」
うむ、どっかで聞いたようなやり取りだ。
ただ、ババアとそんなふうに話している間に、部屋の中で新たな動きがあったようだった。ずっとうつむいて本を読んでいたリュクサンドールが、急に顔を上げ、ルーシアを見たのだ。
お、やはりこの男にも吸血の欲求はあるのか! 他人事ながら、なんだかちょっとドキドキしてきちゃう俺だった。
しかし、
「新月の夜って何かありましたっけ?」
リュクサンドールは不思議そうに首をかしげるだけだった。
「先生、あの新月の夜に私の血を飲んだでしょう」
「え? 僕がルーシア君の血を? そんなことしましたっけ?」
あれ? もしかしてあいつ、ルーシアの血を吸ったことを忘れてるのか?
「すみません、あの晩はトモキ君との戦いですごく疲れていたはずなんですよ。だから、記憶がだいぶあいまいで……」
「そんな! 私の肌にはまだそのときの噛み跡が残っているのに!」
と、ルーシアはまるで遠山の金さんのように下着の襟をめくって首元を出し、リュクサンドールに見せつけた。ここからだとよく見えないが、そこに噛み跡とやらがあるんだろう。
「これ、僕の牙の跡なんですか?」
「そうです! 先生はあの晩、ここに噛みついて、そして思うさま私をむさぼって――」
「すみません、やっぱりよく思い出せないです」
「そ、そんな……」
ルーシアはめちゃくちゃショックを受けたようだった。真っ青になり、泣き出した。
「ひどいです、先生! 私は男性に体をささげたのは初めてのことだったのに、忘れてしまうなんて!」
言い方それであってんのかよ。ただ血を吸われただけだろうよ。この男に吸血されるのは蚊やヒルに吸われるのと同じって自分で言ってただろうよ。
「おいたわしや、ルーシア様。初体験を相手に忘れられているなんて……」
メイド長もおいおいと泣き始めた。リアクションそれであってんのかよ。ダメな男にまったく相手にされてないどころか、めんどくせー初体験も覚えられてないんだから、簡単に縁が切れそうでよかったんじゃねえか?
「忘れているのならせめて、今ここで思い出してください!」
しまいには、ルーシアはリュクサンドールのコートの首根っこをつかんで揺さぶり始める。
「は、はあ……。そう言われましても、その日はえーっと、トモキ君と戦った後に気を失って、それからカロンさんに会った後はどうだったかなって――」
「カロン? 誰ですか、それは?」
「僕の幼馴染の女性です」
「幼馴染の女性ですって!」
ルーシアはかっと目を見開いた。
「そ、そんな女性と関係を持っていたのですか、先生は!」
「ええ、まあ。子供のころからちょくちょく顔を合わせる関係ですよ。借金もだいぶあるんですよね」
「援助までしてもらっているのですか!」
ルーシアは明らかに何か誤解しているようだ。
「カロンさんは僕のことを昔からサンちゃんって呼ぶんですよー」
「そんなフランクな愛称まで!」
ルーシアはますますショックを受けたようだった。いやだから誤解だってば。
「な、なんという男でしょう! ルーシア様というものがありながら、違う女性にも手を出していたとは!」
メイド長は今度は激怒しているようだ。だから、さっきからこのババアのリアクションおかしいだろ。怒るところかよ、ここ?
「トモキ、カロンというのは、冥府の川の渡し守のことではないか? 先生は、そんな有名な人物と幼馴染なのか」
ヤギだけは正しく状況を理解しているようだ。さすヤギ。
と、そのとき、屋敷の門のあたりから、「うおおおおおっ!」という男の叫び声が聞こえてきた。なんだろう。ちらっとそっちのほうに振り返ってみると、ちょうど一人の男が、門から屋敷に向かって馬で全力疾走しているところのようだった。高そうなマントに身を包んだ金髪の若い男のようだが…。
「あちらはこのラッシュフォルテ家の嫡子であらせられる、ルーシア様のお兄様、レクス様ですわ」
メイド長が教えてくれた。なるほど、あいつの兄貴が家に帰ってきたところなのか。
「でもなんで、あんな叫びながら全速力で屋敷に突入してるんだ? あいつ、うんこ漏らしそうなのかよ」
「レクス様にはすでに魔法の通信でこちらの状況をお伝えしていますから」
「え、こちらの状況って」
「ルーシア様をお止めできるのは、もはやレクス様だけですわ」
と、メイド長が言った直後、俺たちがのぞいている部屋の扉が、いきなり廊下側から派手にぶっ壊されたようだった。ドーンという大きな音が響いた。
そして、
「ルーシアッ! 私のいない間に邪悪な男を家に引き入れ、しっぽりやっているそうだな! どういうことだ! あとなんか伝説の勇者も来てるらしいがそれはどうでもいい!」
と叫びながら、破壊した扉の向こうから部屋にずかずかと入ってくる、金髪碧眼の優男、レクスであった。
メイド長は再び顔面蒼白になった。怒ったり青ざめたり忙しいババアだな。
「まあ、『毒牙にかけた』って言えばそうなのかもな。ルーシアのやつ、この間の新月の夜にあの男に血を吸われたらしいから、たぶんそのことだと思うぜ」
「そ、それはそれで大変なことではないですか! 吸血鬼に血を吸われたら、その奴隷のようなものになってしまうのでしょう?」
「いや、あの男にはそんな能力ないらしい」
「……では、あの男に血を吸われたらどうなるのですか?」
「血の量が減る」
「そのまんまではないですか!」
「だよなあ」
うむ、どっかで聞いたようなやり取りだ。
ただ、ババアとそんなふうに話している間に、部屋の中で新たな動きがあったようだった。ずっとうつむいて本を読んでいたリュクサンドールが、急に顔を上げ、ルーシアを見たのだ。
お、やはりこの男にも吸血の欲求はあるのか! 他人事ながら、なんだかちょっとドキドキしてきちゃう俺だった。
しかし、
「新月の夜って何かありましたっけ?」
リュクサンドールは不思議そうに首をかしげるだけだった。
「先生、あの新月の夜に私の血を飲んだでしょう」
「え? 僕がルーシア君の血を? そんなことしましたっけ?」
あれ? もしかしてあいつ、ルーシアの血を吸ったことを忘れてるのか?
「すみません、あの晩はトモキ君との戦いですごく疲れていたはずなんですよ。だから、記憶がだいぶあいまいで……」
「そんな! 私の肌にはまだそのときの噛み跡が残っているのに!」
と、ルーシアはまるで遠山の金さんのように下着の襟をめくって首元を出し、リュクサンドールに見せつけた。ここからだとよく見えないが、そこに噛み跡とやらがあるんだろう。
「これ、僕の牙の跡なんですか?」
「そうです! 先生はあの晩、ここに噛みついて、そして思うさま私をむさぼって――」
「すみません、やっぱりよく思い出せないです」
「そ、そんな……」
ルーシアはめちゃくちゃショックを受けたようだった。真っ青になり、泣き出した。
「ひどいです、先生! 私は男性に体をささげたのは初めてのことだったのに、忘れてしまうなんて!」
言い方それであってんのかよ。ただ血を吸われただけだろうよ。この男に吸血されるのは蚊やヒルに吸われるのと同じって自分で言ってただろうよ。
「おいたわしや、ルーシア様。初体験を相手に忘れられているなんて……」
メイド長もおいおいと泣き始めた。リアクションそれであってんのかよ。ダメな男にまったく相手にされてないどころか、めんどくせー初体験も覚えられてないんだから、簡単に縁が切れそうでよかったんじゃねえか?
「忘れているのならせめて、今ここで思い出してください!」
しまいには、ルーシアはリュクサンドールのコートの首根っこをつかんで揺さぶり始める。
「は、はあ……。そう言われましても、その日はえーっと、トモキ君と戦った後に気を失って、それからカロンさんに会った後はどうだったかなって――」
「カロン? 誰ですか、それは?」
「僕の幼馴染の女性です」
「幼馴染の女性ですって!」
ルーシアはかっと目を見開いた。
「そ、そんな女性と関係を持っていたのですか、先生は!」
「ええ、まあ。子供のころからちょくちょく顔を合わせる関係ですよ。借金もだいぶあるんですよね」
「援助までしてもらっているのですか!」
ルーシアは明らかに何か誤解しているようだ。
「カロンさんは僕のことを昔からサンちゃんって呼ぶんですよー」
「そんなフランクな愛称まで!」
ルーシアはますますショックを受けたようだった。いやだから誤解だってば。
「な、なんという男でしょう! ルーシア様というものがありながら、違う女性にも手を出していたとは!」
メイド長は今度は激怒しているようだ。だから、さっきからこのババアのリアクションおかしいだろ。怒るところかよ、ここ?
「トモキ、カロンというのは、冥府の川の渡し守のことではないか? 先生は、そんな有名な人物と幼馴染なのか」
ヤギだけは正しく状況を理解しているようだ。さすヤギ。
と、そのとき、屋敷の門のあたりから、「うおおおおおっ!」という男の叫び声が聞こえてきた。なんだろう。ちらっとそっちのほうに振り返ってみると、ちょうど一人の男が、門から屋敷に向かって馬で全力疾走しているところのようだった。高そうなマントに身を包んだ金髪の若い男のようだが…。
「あちらはこのラッシュフォルテ家の嫡子であらせられる、ルーシア様のお兄様、レクス様ですわ」
メイド長が教えてくれた。なるほど、あいつの兄貴が家に帰ってきたところなのか。
「でもなんで、あんな叫びながら全速力で屋敷に突入してるんだ? あいつ、うんこ漏らしそうなのかよ」
「レクス様にはすでに魔法の通信でこちらの状況をお伝えしていますから」
「え、こちらの状況って」
「ルーシア様をお止めできるのは、もはやレクス様だけですわ」
と、メイド長が言った直後、俺たちがのぞいている部屋の扉が、いきなり廊下側から派手にぶっ壊されたようだった。ドーンという大きな音が響いた。
そして、
「ルーシアッ! 私のいない間に邪悪な男を家に引き入れ、しっぽりやっているそうだな! どういうことだ! あとなんか伝説の勇者も来てるらしいがそれはどうでもいい!」
と叫びながら、破壊した扉の向こうから部屋にずかずかと入ってくる、金髪碧眼の優男、レクスであった。
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