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2章 ドノヴォン国立学院編
197 静謐の蛇
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俺たちの激しい戦いは三十分ほど続いた。
そして、
「うおおおおおっ!」
「はあああああっ!」
と、叫びながら、俺たちはほぼ同時に解呪の魔法陣に到達した。
たちまち、俺たち二人はやさしい光に包まれ……体が一気に軽くなった!
「な、治った!」
思わずその場でガッツポーズをしてしまう俺だった。なんて凶悪でいやらしい毒だったんだろう。この俺が、マジで死ぬかと思ったんだぞ。
ただ、当然、ずっと浮かれている場合ではなかった。俺を殺しに来たリュクサンドールも、同時に毒から解放されてしまったのだから。すぐにやつから距離を取り、落ちている魔剣を回収して構えた。まあ、この武器はほとんど役には立たないんだが……。
しかし、俺がそうやってすぐに臨戦態勢を整えたにも関わらず、リュクサンドールのほうは毒が治った後、ずっとその場で棒立ちだった。まるで何か考え込んでいるような……?
そして、ややあって、やつはおもむろに、独り言のようにこうつぶやいた。
「……トモキ君、僕は君には本当に感謝しています。だからもう、終わりにしましょう」
「終わり?」
「ええ。君のおかげで、やっとレティスの召喚呪術を成功させることができたのです。僕はもう、この戦いに何も思い残すことはありません。だから……最強にして最後の呪術でこの戦いを終わらせることにします」
やつがこう言ったとたん、その場の空気が一気に張りつめたような気がした。その赤い瞳は、研ぎ澄まされた刃のように冷たく光っている……。
こ、これは――やべえ!
そのただならぬ雰囲気に、俺はやつの言葉がハッタリではないことを一瞬で悟った。こいつ、ほんとにマジで、やべえ術使う気だコレ! あわてて、魔剣を携え、やつのほうに迫った。今はこちらの物理攻撃が一切無効だろうと、反撃で自爆されようと、術の詠唱を妨害しなくてはいけない!
だが、俺のその行動は先読みされていたようだった。俺がほんの少しやつに近づいた途端、始原の観測者のレーザーがまるで絨毯爆撃のように次々と前から迫ってきて、俺を足止めした。
そして、そのわずかの間に、やつは上空へと舞い上がり、詠唱し始めた。
「黎明に銀のミミズクが笑うとき、虚空に象られし王は万人に終末を告げるだろう! 無量無辺より顕現せよ、静謐の蛇ツァド!」
「な――」
俺はその言葉に、自分の耳を疑った。ツァドだって? それは確か、ディヴァインクラスのレジェンド・モンスターの名前だったはずだ。そう、正確には「虚ろの蛇ツァドφ」という。なぜ、こいつはその名を今口にしているんだ? 呼び方は少し違うようだが……。
静謐というだけに、術の効果は静かに現れた。いや、術そのものの効果が表れたというよりは、術者であるやつを中心にして、世界から徐々に「変化」「様相のうつろい」がはぎ取られて行ったようだった。
まず、空気の流れが遮断されたように、外からの微風が止まった。遠く、わずかに聞こえていた夜の鳥の鳴き声も聞こえなくなった。コロシアムのあちこちに設置されていたたいまつの炎も消え、もはやか細い星明りだけが頼りになった。
そして、そんな中、やつはゆっくりと下に降りてきた。その周囲には、星明りすら拒む、深く濃い暗黒がうごめいているように見えた。あれは何だ?
と、そこで、
『あ、この感じ、もしかして先生、ツァド使っちゃった?』
勲章から女帝様の声が聞こえてきた。
「ああ、そういう術らしいぜ?」
『そっか、じゃあごめんね。ファニファ、もう――』
と、そこで急に女帝様の声はとぎれた。まるで電話の通話中に回線切断されたみたいに。
そして、その直後、氷の表面にひびが入るようなパリパリという音とともに、俺たちのいるコロシアムの遺跡を覆う絶対守護者の壁が一気に崩れたようだった。
あいつの魔法の効果すら消えた、だと? あいつは確か、チート級の神聖魔法の使い手だったはず。その魔法すらかき消されてしまうなんて、一体ここで何が起こっているんだ?
「おい、お前、説明しろ。なんでよりによって、ディヴァインクラスのモンスターと同じ名前の術なんだよ?」
「この召喚呪術、静謐の蛇ツァドは、かつて虚ろの蛇ツァドφをこの世に誕生させることになった術だからです」
と、答える男の声は、びっくりするほど抑揚がなく機械的だった。
だが、まず驚くべきはその声のトーンではなく、発言の内容だった。ディヴァインクラスのモンスターを生み出すことになった術だって?
「この術は、千年近く幻とされてきました。使うにはあまりにも膨大な魔力が必要であり、術式も複雑を極め、どんな術者も術を成功させることはできませんでした。僕が今から四年ほど前の新月の夜、砂漠の真ん中でこの術を成功させるまでは」
「砂漠で……?」
そういえば、以前やつ自身がこう言っていたな。砂漠の真ん中で呪術を使ったとき、うっかり近くのオアシスを枯らしてしまって、討伐対象になったことがあったと。
おそらく、やつがそのとき使ったのが、この静謐の蛇ツァドという幻の呪術だったんだろう。そう、だからこそ聖騎士団が総出でやつの討伐に乗り出し、最終的に女帝自ら動く羽目になったんだ。考えてみれば、おかしな話だった。たかが一介の術師が禁術を使ったぐらいで、国が動くなんて。
つまり――今現在やつが使っている術は、それぐらいやべえってことか……。
「静謐の蛇ツァドは、その名の通り、万物を静寂に返す術です。この蛇の息吹に触れたものは、すべて活動を停止します。そして、蛇そのものに触れたものは虚無へと帰ります。術者ですらその影響から逃れることはできません」
と、淡々と話し続けるやつの周囲には、やはり濃い暗黒がうごめいている。闇に目が慣れたところでよく見てみると、それはまるで五体の大きな黒い蛇のようだった。おそらくこれが静謐の蛇ツァドとやらの本体なんだろう。威圧感はなかった。ただ、見れば見るほど、そこに吸い込まれていきそうな闇の深さと、名状しがたい寒々しさがあった。
「この術は膨大な魔力と高い技術を必要としますが、さらに生贄として、術者は能動的な意志と喜怒哀楽すべての感情をささげなければいけません。四肢の自由も失われます。他者との会話ですら、自発的には行えません。僕が今、こうして君に話しかけているのは、今の僕の意志ではなく、術を使用する前にあらかじめ予定されていたことを実行しているだけにすぎません」
「ほぼ抜け殻状態かよ」
召喚コストでかすぎだろ。
「……そして、僕の中にはもう、君への言葉は何もないようです。発言の予定はすべて消化されました。あとは残ったスケジュール、すなわち君の抹殺を実行するのみです」
と、直後、やつの周りの五体の蛇たちが、ゆっくりと動いた。
そして、
「うおおおおおっ!」
「はあああああっ!」
と、叫びながら、俺たちはほぼ同時に解呪の魔法陣に到達した。
たちまち、俺たち二人はやさしい光に包まれ……体が一気に軽くなった!
「な、治った!」
思わずその場でガッツポーズをしてしまう俺だった。なんて凶悪でいやらしい毒だったんだろう。この俺が、マジで死ぬかと思ったんだぞ。
ただ、当然、ずっと浮かれている場合ではなかった。俺を殺しに来たリュクサンドールも、同時に毒から解放されてしまったのだから。すぐにやつから距離を取り、落ちている魔剣を回収して構えた。まあ、この武器はほとんど役には立たないんだが……。
しかし、俺がそうやってすぐに臨戦態勢を整えたにも関わらず、リュクサンドールのほうは毒が治った後、ずっとその場で棒立ちだった。まるで何か考え込んでいるような……?
そして、ややあって、やつはおもむろに、独り言のようにこうつぶやいた。
「……トモキ君、僕は君には本当に感謝しています。だからもう、終わりにしましょう」
「終わり?」
「ええ。君のおかげで、やっとレティスの召喚呪術を成功させることができたのです。僕はもう、この戦いに何も思い残すことはありません。だから……最強にして最後の呪術でこの戦いを終わらせることにします」
やつがこう言ったとたん、その場の空気が一気に張りつめたような気がした。その赤い瞳は、研ぎ澄まされた刃のように冷たく光っている……。
こ、これは――やべえ!
そのただならぬ雰囲気に、俺はやつの言葉がハッタリではないことを一瞬で悟った。こいつ、ほんとにマジで、やべえ術使う気だコレ! あわてて、魔剣を携え、やつのほうに迫った。今はこちらの物理攻撃が一切無効だろうと、反撃で自爆されようと、術の詠唱を妨害しなくてはいけない!
だが、俺のその行動は先読みされていたようだった。俺がほんの少しやつに近づいた途端、始原の観測者のレーザーがまるで絨毯爆撃のように次々と前から迫ってきて、俺を足止めした。
そして、そのわずかの間に、やつは上空へと舞い上がり、詠唱し始めた。
「黎明に銀のミミズクが笑うとき、虚空に象られし王は万人に終末を告げるだろう! 無量無辺より顕現せよ、静謐の蛇ツァド!」
「な――」
俺はその言葉に、自分の耳を疑った。ツァドだって? それは確か、ディヴァインクラスのレジェンド・モンスターの名前だったはずだ。そう、正確には「虚ろの蛇ツァドφ」という。なぜ、こいつはその名を今口にしているんだ? 呼び方は少し違うようだが……。
静謐というだけに、術の効果は静かに現れた。いや、術そのものの効果が表れたというよりは、術者であるやつを中心にして、世界から徐々に「変化」「様相のうつろい」がはぎ取られて行ったようだった。
まず、空気の流れが遮断されたように、外からの微風が止まった。遠く、わずかに聞こえていた夜の鳥の鳴き声も聞こえなくなった。コロシアムのあちこちに設置されていたたいまつの炎も消え、もはやか細い星明りだけが頼りになった。
そして、そんな中、やつはゆっくりと下に降りてきた。その周囲には、星明りすら拒む、深く濃い暗黒がうごめいているように見えた。あれは何だ?
と、そこで、
『あ、この感じ、もしかして先生、ツァド使っちゃった?』
勲章から女帝様の声が聞こえてきた。
「ああ、そういう術らしいぜ?」
『そっか、じゃあごめんね。ファニファ、もう――』
と、そこで急に女帝様の声はとぎれた。まるで電話の通話中に回線切断されたみたいに。
そして、その直後、氷の表面にひびが入るようなパリパリという音とともに、俺たちのいるコロシアムの遺跡を覆う絶対守護者の壁が一気に崩れたようだった。
あいつの魔法の効果すら消えた、だと? あいつは確か、チート級の神聖魔法の使い手だったはず。その魔法すらかき消されてしまうなんて、一体ここで何が起こっているんだ?
「おい、お前、説明しろ。なんでよりによって、ディヴァインクラスのモンスターと同じ名前の術なんだよ?」
「この召喚呪術、静謐の蛇ツァドは、かつて虚ろの蛇ツァドφをこの世に誕生させることになった術だからです」
と、答える男の声は、びっくりするほど抑揚がなく機械的だった。
だが、まず驚くべきはその声のトーンではなく、発言の内容だった。ディヴァインクラスのモンスターを生み出すことになった術だって?
「この術は、千年近く幻とされてきました。使うにはあまりにも膨大な魔力が必要であり、術式も複雑を極め、どんな術者も術を成功させることはできませんでした。僕が今から四年ほど前の新月の夜、砂漠の真ん中でこの術を成功させるまでは」
「砂漠で……?」
そういえば、以前やつ自身がこう言っていたな。砂漠の真ん中で呪術を使ったとき、うっかり近くのオアシスを枯らしてしまって、討伐対象になったことがあったと。
おそらく、やつがそのとき使ったのが、この静謐の蛇ツァドという幻の呪術だったんだろう。そう、だからこそ聖騎士団が総出でやつの討伐に乗り出し、最終的に女帝自ら動く羽目になったんだ。考えてみれば、おかしな話だった。たかが一介の術師が禁術を使ったぐらいで、国が動くなんて。
つまり――今現在やつが使っている術は、それぐらいやべえってことか……。
「静謐の蛇ツァドは、その名の通り、万物を静寂に返す術です。この蛇の息吹に触れたものは、すべて活動を停止します。そして、蛇そのものに触れたものは虚無へと帰ります。術者ですらその影響から逃れることはできません」
と、淡々と話し続けるやつの周囲には、やはり濃い暗黒がうごめいている。闇に目が慣れたところでよく見てみると、それはまるで五体の大きな黒い蛇のようだった。おそらくこれが静謐の蛇ツァドとやらの本体なんだろう。威圧感はなかった。ただ、見れば見るほど、そこに吸い込まれていきそうな闇の深さと、名状しがたい寒々しさがあった。
「この術は膨大な魔力と高い技術を必要としますが、さらに生贄として、術者は能動的な意志と喜怒哀楽すべての感情をささげなければいけません。四肢の自由も失われます。他者との会話ですら、自発的には行えません。僕が今、こうして君に話しかけているのは、今の僕の意志ではなく、術を使用する前にあらかじめ予定されていたことを実行しているだけにすぎません」
「ほぼ抜け殻状態かよ」
召喚コストでかすぎだろ。
「……そして、僕の中にはもう、君への言葉は何もないようです。発言の予定はすべて消化されました。あとは残ったスケジュール、すなわち君の抹殺を実行するのみです」
と、直後、やつの周りの五体の蛇たちが、ゆっくりと動いた。
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