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2章 ドノヴォン国立学院編

133 暗黒授業《レッスン・オブ・ゲヘナ》

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 と、そのとき、

「ハハッ! 大いなる祝福エル・グレイスのことも知らないとは、ずいぶんなアンポンタンだな、てめーは!」

 ザックが俺をバカにしたように鼻で笑った。コイツの席もやはり近い。

「へえ、お前、ツッパリのくせに神聖魔法に詳しいのか」
「んなもん、この国の人間なら誰でも知ってるジョーシキだぜ?」
「他の二つの神聖魔法はどんなのなんだ?」
絶対守護者エル・ガーディアンってのと、神花繚乱エル・ブロッサムってやつだぜ。まあ、詳しくは俺も知らねーけどな」
「ふーん?」

 こんなマニアックな授業を受けてることといい、もしかしてこいつ、勉強熱心な奴なのか? 俺はちょっと感心した。

 だが、授業中にしばらく様子を観察していると、どうも、そうでもなさそうだった……。

「……で、この系統の術の最高位にあたるのが死蝕の幻影タナトス・サイトと呼ばれるものでしてね……あ、教科書二百三十二ページです」

 と、リュクサンドールが術の説明を始める。

死蝕の幻影タナトス・サイトを使うと、術者は死にます。必ず死にます。そういう呪術です」
「う……」

 瞬間、ザックは顔をしかめ、びくっと体を震わせた。

「で、死にざまがなかなか壮絶でして、術者の体中の皮膚に亀裂が走ってめくれあがりまして、中から肉が溶けて流れ出していくんですね。どろどろーっと。裂けたお腹からも腸やら他の臓器やらがするする出てきて、強い酸を浴びたみたいに顔の形もすぐに崩れて、あっというまに血みどろのお肉の塊になってしまうわけなのです」
「うう……」

 今度は、ザックの顔が真っ青になった。

「そして、そういう術者の死にゆくさまを見たものは、もれなくその死の感覚を共有してしまいます。で、その感覚に耐えられずに、ほとんどみんな死んじゃいます。そういうこわーい呪術なんですね。何かたくさんの人の注目を集めているときに使うと、非常に効果的ですね」
「ううっ!」

 ザックはいよいよ耐えられなくなったように、木箱の机の上に突っ伏した。確かにグロテスク極まりない術の解説だったが……アイツ、もしかしてグロ耐性全然ないのか。なぜそんなやつが、呪術の授業を受けているんだ。他の術の話も似たようなもんだろうに。

「お前、大丈夫か?」

 ちょっと声をかけてみたら、

「はは……さすが、リュクサンドール先生の授業だ。今日も闇が深いぜ!」

 なんかめっちゃ青い顔で強がられてしまった。

「いや、深いっていうか、不快だろ。お前、術の解説聞いてて気分が悪くなったんだろ? 無理すんなよ」
「む、無理なんかしてねえぜ! 俺の中の漆黒が、死蝕の幻影タナトス・サイトの術の闇に共鳴しただけだぜ!」
「そ、そう……しっこくね……」

 あー、なんかわかっちゃった。この子あれだわ、ワルっぽいことに憧れているだけだわ。だからこんな、誰得な授業を選んじゃったのよね。禁術だから。悪そうな響きだから。かわいそうに、無理しちゃってまあ。顔なんて真っ青じゃないの。

「お前、今からでも他の選択授業に変更できないか頼んでみろよ」
「ははっ、一度始まった暗黒授業レッスン・オブ・ゲヘナは、さだめの時が来るまで、誰も逃れられないんだぜ?」
「お、おう……」

 こいつ、けっこうこじらせてんだな。もうほっとくか。ゲロ吐いたりしなきゃどうでもいいし。

 ただ、ザックがこんなふうになっている一方、お子様のラティーナはけろっとした顔で授業を受けているようだった。いや、よく見ると、どこか楽し気に勉強している様子でもある……?

「お前、まさか呪術が好きなのか?」

 思わず尋ねてみた。

「うーん、ラティーナは呪術そのものよりも、サンディー先生の話を聞くのが好きかなあ?」
「え? まさか、お前もあいつのこと好きなのか?」
「違うよー。ラティーナは、先生そのものよりも、先生の変な話が好きなの。さっきの、溶けた鉛を口から流し込まれちゃった話とか」
「まあ、たしかに、ここでしか聞けない話ではあるよな……」
「あとねー、呪術の説明の中で、先生が昔、自分で術を使って死んじゃった話とかするでしょ? そういうの聞くも好き」
「人が死ぬ話が好きなのか?」
「先生は人じゃないから、それはちょっと違うかな」
「そうだね。頭おかしいモンスターだよね、あれ」
「うん。頭おかしい先生が、頭おかしい呪術で死んじゃう話、いっぱい聞きたいから、ラティーナは呪術の授業受けてるの!」
「そ、そう……」

 あどけない顔をして、なかなか悪趣味のようだ。ザックとは大違いすぎる。

 やがて、呪術の授業は終わり、生徒たちはそれぞれの教室に戻ることになった。

 しかし、そこで、ザックが俺に絡んできた。

「てめえ、昨日の俺との約束、忘れんじゃねえぞ!」
「約束?」
「午後の武術の授業だよ! そのとき、俺たちは再び相まみえる運命だろうがよ!」
「あー、ようするに午後の武術の授業も三組と合同なのか」

 こじらせ少年は、いちいちセリフが厨二じみててわかりにくいな?

「昨日は遅れをとった俺だが、今日はそうはいかねえ! 覚悟しろよ、てめえ!」
「え? 覚悟って、お前、その腕のケガじゃ――」
「じゃあな!」

 と、ザックはそのまますたすたと去って行ってしまった。

「ってか、なんであいつ急にケガしてるんだ? お前、なんか知ってるか、レオ?」
「ああ、俺は今朝、ちょうどやつがケガをするところを見ていたからな。あれは、右手首の脱臼だったはず」
「脱臼? 何があったんだよ」
「あいつは今朝、あの勇者岩を砕こうとしていたのだ」
「え? なんで?」
「理由はわからん。ただ、あいつが力いっぱい拳をぶつけても、勇者岩にはヒビ一つ入らなかった。代わりに、あいつが右手首を押さえて苦悶の表情でうずくまっていただけだった」
「あ、あの岩を砕けなかったどころか、逆に手首を脱臼しちまっただとう……」

 あの岩は表面をボンドで固めてるだけの、吹けば飛ぶようなハリボテ状態なんだぞ? それなのに、砕こうとして逆にダメージを受けたって、どんだけ非力なんだよ……。戦闘力いくつだよ、マジで。

「俺はとりあえず、あいつをすぐに保健室に連れて行き、治療を受けさせた。先生の処置により外れた関節はすぐ戻せたが、脱臼はくせになるので、しばらくああして固定していたほうがいいということだった」
「あー、そうだな。脱臼はくせになるって言うよな」

 それであんなふうに包帯巻いてたってわけか。

「なあ、レオ。あいつ、まさかあんな腕で武術の授業受ける気かな?」
「……受けないほうがいいと俺は思うのだが」
「だよなー」

 さすがにいろんな意味で心配になる不良少年クンであった。
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