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2章 ドノヴォン国立学院編

130 がんばるぞい!

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 それから俺はすぐにリュクサンドールの部屋を出て、下校するために校門に向かったが、その途中、ユリィの姿を発見し、足を止めた。ちょうど校舎一階の廊下を歩いているところで、窓越しにその後姿が見えたのだった。もう授業はとっくの前に終わったはずなのに、あいつ、まだ寄宿舎に帰ってなかったのか。とりあえず近づき、声をかけた。

「あ、トモキ様もまだ下校されてなかったんですね」

 ユリィはすぐにこちらに振り返った。

「先生の家で、俺の呪いをちょっと診てもらってたんだよ」
「え……まさかどこか具合が悪くなったのですか?」

 ユリィはたちまち心配そうな顔をして、窓から身を乗り出してきた。俺はあわてて、「いや、大丈夫だよ!」と答えた。

「た、ただの定期検査だから! 別にどうってことなかったから!」

 嘘をつくしかなかった。まさか、お前のせいで呪いが急激に悪化してたとは言えない……。

「そうですか。よかったです」

 ユリィは俺の言葉を特に疑った様子もなく、ほっとしたようだった。その無垢な笑顔を見ていると、胸が痛くなった。どうして俺は、こんなかわいい子と幸せになっちゃいけない運命なんだろう。

「お前のほうこそ、こんな時間まで学校に残って、何してたんだよ?」
「アーニャ先生たちとお話ししてました」
「アーニャ先生? 魔術担当のお姉さん先生?」
「はい、わたし、思い切って先生に相談してみたんです。魔法が全然使えないこと」
「ああ、そっか」

 こいつはこいつで、魔法が使えないことをなんとかしたくて、この学校に入ったんだっけ。

「で、どうだったんだよ? 何か収穫あったのか?」
「いえ、そんなすぐには……」
「まあ、そうだよな」

 そんな簡単に解決できるなら、あの凄腕痴女魔法使いがなんとかしてるだろうしな。

「ただ、最初にアーニャ先生に話したんですけど、先生は、こういうことは理事長に相談したほうがいいかもしれないとおっしゃられて、その後、一緒に理事長室に行ったんです」
「え、お前、エリーのところに行ってきたの」
「はい」
「そ、そう……」

 やだなあ。俺の昔の恥ずかしい話とかしてないだろうな、エリー。

 と、不安にかられていると、

「魔法の話以外に、トモキ様の昔のことも、たくさん聞かせていただきました」

 にっこり笑って言うユリィだった……。ちくしょう、あの女め!

「何、俺のいないところで俺の話をこそこそしてるんだよ! ちゃんと魔法の勉強しろよ!」

 むっとして、つい文句が出てしまう。

「トモキ様。理事長は別に、トモキ様のことを悪く言っていたわけでは……」
「ホントかよ? どうせ俺の恥ずかしい失敗談でも聞かされてたんじゃないのか?」
「え? 勇者アルドレイ様には、そんなにたくさん恥ずかしいお話があるんですか?」
「ちょ、ちょっとは」
「どんな?」
「そんなの言うわけないだろ! 恥ずかしい話なんだから!」

 モテ体質になると信じて悪魔系モンスター狩ってた話とかなあ。言えるわけがない。

「……そうなんですか、なんだか安心しました」

 ユリィはそんな俺を見て、くすりと笑った。

「わたし、トモキ様に会うまでは、勇者アルドレイ様って、すごく偉大で立派で神様みたいな人だと思ってましたから」
「そうじゃなくて悪かったな」
「いえ、わたしは、むしろそっちのほうが……」

 と、ユリィはそこでちょっと顔を赤くして、口ごもってしまった。なんなんだよ、いったい。俺まで意味不明に恥ずかしくなってくるじゃねえか。

「理事長の昔のお話は、すごく楽しかったです。わたし、理事長がどうしてトモキ様の昔の剣をあそこに飾ってるのか、わかった気がしました」
「あんなのただのインテリアだろ」
「きっと、昔を懐かしんでるんですよ。トモキ様達と一緒にいたころのことを」
「そうかあ?」

 あいつ、そんなセンチメンタルなやつなのか? 理事長室で再会したときには、とてもそういうふうには……。

「あ、もちろん、わたしが魔法が使えないことも、すごく親切に相談に乗ってくださいました。わたしが、今のところ発火の魔法しか使えないのは、自分の中の魔力をほんの少ししか制御できていないせいではないかということでした」
「ようはコントロールの問題ってわけか」
「はい。だから、訓練すれば、違う魔法も使えるようになるかもしれないそうなんです。今のところわたしは、小さな魔力しか使えてない状態ですけど、小さな魔力でもうまく制御することで、効果的に魔法が使えるということでした」
「ふーん、確かにアイツは昔からパワーよりテクニックってタイプだったな」

 魔力バカのティリセと違ってな。あいつの専門分野の付与魔術エンチャントも、魔力の強さよりもテクニカルなコントロールを要求される系統の魔法だった気がする。

「それで、わたし、これから時々、理事長に魔法を教えてもらえることになったんですよ」
「え、あいつ直々に?」
「はい。すごいでしょう! かつて、勇者アルドレイ様と一緒に戦った大魔法使いに教わるんですから!」

 ユリィは得意顔だ。俺は笑った。なんだそのよくわからんアピール。

「あいつに教わるってことは、やっぱ付与魔術エンチャントか?」
「はい。わたし、決めました! この学院にいる間に、何か一つ新しい魔法を使えるようになります! なってみせます!」

 両手の拳を握って掲げ、ユリィは力強く宣言した。シャキーン!とした、かつてないほど気合の入った顔つきで。

「そうか、がんばれよ! ユリィ!」

 そんなユリィを見ていると、俺もなんだかうれしくなり、自然と応援の言葉が口から出た。
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