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2章 ドノヴォン国立学院編

129 呪術師、語る愚痴る

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「お前の事情なんて知るか! どこの国でも禁術扱いってことは、ようは呪術ってもんが、それだけクソってことだろ!」

 思わずタメ口に戻って怒鳴ると、

「そんなことはないですよ。使った場所の土地が腐ったり、周辺一帯の生き物が絶命したりする術があるくらいです」
「大迷惑じゃねえか!」

 禁術扱いなのは当然の、納得の答えだった。

「いや、もちろん、使いやすいものもありますよ。簡単ないけにえを添えて使うような?」
「簡単ないけにえ?」
「愛する人の心臓とかですね」
「……簡単、か?」
「はい。実はここだけの話、愛する人は自分でもいいみたいなんですよ。自分に対する愛情って、誰でもちょっとはあるみたいなので。なので、昔、まだ呪術の規制がゆるかったころ、僕は自分の心臓を使ってその術を――」
「も、もういいから」

 んな術の詳細なんか聞きたくねえ。

「なぜ僕の話を止めるのですか。呪術に対する見識を深めてしまえば、君も、呪術を愛する僕と同じように、呪術が迫害されていることへの不幸と悲しみに浸れるんですよ?」
「浸ってどうする……」
「バッドエンド呪いにはよく効きますよ」
「お前の話は薬扱いなのか」

 やだなあもう、さっきから頭おかしい話しかしてないじゃねーか、こいつ。

「それに、僕が常に抱いているような深い悲しみや苦しみは、まさに呪術を使うにおいて欠かせないものなのです。あらゆる負の感情が、呪術の効果を高めるのです」
「感情か……」

 そういや、昼間、アーニャ先生も似たような話をしていたな。こっちは、愛情で効果がアップするみたいな話だったが。

「もしかして、魔術の威力ってけっこう感情に左右されるもんなのか?」
「そうですね。ほぼすべての術が、術者の感情の影響を受けると言っていいでしょう。ただ、影響を受けにくいものと、そうでないものがあり、一般に属性魔法と呼ばれる、火炎や電撃をそのまま相手にぶつけるような術は、あまり術者の感情の影響を受けません。逆に、影響を受けやすいのは、一部の付与魔術《エンチャント》、神聖魔法、そして暗黒魔法の中の呪術です。僕はこれらを指して、勝手に情念魔法と呼んでます」
「勝手に、かよ」

 ようやくまともっぽい話になったのはいいが、なんかやっぱりおかしいな、この男?

「神聖魔法が術者の感情の影響を受けるってのは、ようは、信仰心の強さとかか?」
「そうですね。あとは、治癒魔法なんかでは対象への慈しみの感情なども必要とされます」
「ふーん?」

 そういや、昔「盗賊魔法」とかいうものを使って、暴れまわっているクソエルフがいたが、あいつの使っている回復魔法は水の属性魔法だったな。「あんたたちの体からダメージ盗んじゃうわよ、テヘぺろ☆」とか、使うときはふざけたこと言ってたが、あいつ、もしかして神聖魔法は使えてなかったのかな。祈りとか、愛とかのきれいな感情からは最も遠い存在だからな。

「付与魔術《エンチャント》は……まあ、昼間それっぽい話を聞いたからわかるんだが、呪術はやっぱり呪う気持ちか?」
「ええ! 呪う気持ちを高めて高めて、それをいけにえと共に解き放つ! それが呪術の醍醐味ですよ!」
「やっぱ、いけにえは必要なのか」

 人気がないのもうなずけるハードルの高さだ。

「大丈夫ですよ。いけにえにも色々ありますから。術者の血の一滴だけを使うものとかもあるんですよ」
「ああ、それぐらいなら……」
「術者の片目を眼窩からほじくり出して使う術とかもあります」
「なんか、一気に条件がきつくなったんだが?」
「術者の血液を爆薬に変える術なんかもありますねー」
「変えてどうする」
「術者が爆発しますね」
「そ、そう……」

 自爆テロ用かよ!

「あと、いけにえといえば、呪術の中には『神聖魔法の使い手の肉体』をささげなきゃいけないものがあるんですけど、僕、神聖魔法が使える人は知り合いに一人もいませんし、家族も親戚も闇関係の人ばっかりなんで、試しに、自分で神聖魔法使ってみて、僕自身がいけにえの条件満たせればと考えたんですけど、やってみると体質的にちょっと厳しいものがあって、神聖魔法の詠唱をはじめたとたん、体がグズグズに崩れて、顔から眼球がこぼれ落ちるは、鼻や耳の穴から脳みそが漏れるわで、えらいことになってしまったんですよ。やっぱり、誰しも、向き不向きがあるってことですかね」
「そ、その狂った話の着地点はそこでいいのか……」

 SAN値が下がるって言葉は、こういうとき使えばいいのかな、ハハ。

「まあ、詳しくは明日の呪術の授業でたっぷり解説しますよ」
「そうか。お前の授業……あるのか……」

 マジでやだなあもう。こんな話、みっちりコッテリ聞かされる授業とか。しかも、どこの国でも禁術だから、完全に使い道のない知識じゃねえか。授業で教えてどうすんだよ、そんなもん。

 と、そこで、俺は近くの本棚の中に、リボンがかけられたファンシーな小箱が置いてあるのに気づいた。なんだろう。前にこの部屋に来たときはこんなものなかったような。

「ああ、あれは生徒からもらったものなんですよ」

 リュクサンドールはすぐに俺の視線の先にあるものに気づき、やおら立ち上がり、本棚からそれを取って戻ってきた。

「前と同じように、今朝、僕の部屋の前に置いてあったんです」
「前?」
「はい。前は美味しいマドレーヌでした。今日のは何でしょう?」

 リュクサンドールはそのまま俺の目の前で箱を開けた。中からは手作りだと思われるクッキーが出てきた。あと、メッセージカードも。見ると、

『センセイ、ヨカッタラタベテクダサイ、アナタヲシタウ、ジョシセイトヨリ』

 と、いろんな印刷物の文字を切り貼りして文章が作られていた。何この、怪しさマックスの犯行声明みたいな文章……。

「これ、食わないほうがいいんじゃ――」
「え? 美味しいですよ?」

 もぐもぐ。俺が警告する前に、すでにクッキーを食っている男であった。はえーよ。

「手作りだし、毒とか変な薬とか入ってるんじゃねえか?」
「そんなの入ってても、僕には効かないから大丈夫ですよ」
「ああ、そうか」

 そういやモンスターだっけか、この男。しかも殺しても死なない系の。

「前のマドレーヌも美味しかったんですよね。あんまり美味しかったから、自分でも作れないかなって思って、レシピを調べてみたんですが、意外とああいうのって材料が高いんですよね」
「確かに、お菓子って地味に材料費高いよな」

 この世界だと、甘味料の蜂蜜とか砂糖とかけっこうな値段だった気がする。

「それに、作るにしても、道具とか窯とかいるんじゃねえか? ここにそんなもんねえだろ?」
「ああ、それでしたら、ルーシア君に相談したら、貸してくれるということでした。さすがクラス委員長ですね」
「貸すって、窯もか?」
「はい。彼女の家にあるそうで、僕に使わせてくれるそうなんですよ」
「ふうん?」

 あれ、なんかおかしいな? ルーシアってば、この男をめちゃくちゃ嫌ってた感じなのに、家の窯は使わせてやるのか? つか、家に呼ぶのか、この男を?

「親切ですよねえ。月に何日か、ちょうど家族の人が誰もいない日があるそうで、そのときなら僕が使っていいそうなんですよ」
「え……それだと、お前、アイツの家で二人きりか?」
「そうですね」
「他に何か条件はあるのか?」
「僕が来るのは夜のほうがいいということでした。そのほうが窯の調子がいいらしいんですよ」
「そうか……」

 まさか……まさかとは思うが、ルーシアのやつ、この男のことを――、

『オスとして狙ってやがりますネー、完全に』

 そうそう。明らかにそうとしか考えられないお誘いじゃねえか――って、また肝心なところで俺の思考に介入してくるんじゃねえよ、ゴミ魔剣が。

 しかし、あのお固いクラス委員長様が狙っているのが、よりによって、こんな呪術しか頭にないような、貧乏くさいおっさんかよ。そりゃ、顔はいいほうだが……。

「トモキ君も一つ、どうですか。たぶん毒とか入ってないですよ」

 おそらくはルーシアの気持ちなど何も気づいてなさそうなハイパー鈍感男が、俺にクッキーを差し出してきた。

 たぶんこれも、作ったのルーシアだろうな。

 とりあえず、それを食べてみた。確かに美味いが、どこかツンツンした感じの味わいでもあった。
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