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2章 ドノヴォン国立学院編

117 実は夜型の先生

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「あの、先生、なんか背中から黒いの出てますけど?」

 思わず指摘せずにはいられない俺だったが、

「あー、はいはい、これね。僕、夜になるとこういうの出せるんですよね」

 リュクサンドールは相変わらずのゆるいノリだ。

「これは僕の中の闇の魔力で作ったものなんで、実体ではないんですよ。出すのも消すのも簡単なんですね。ほら」

 と、そこでやつの背中から羽が消えた……と、思ったらまた出て、またすぐ消えた。なるほど、確かに実体ではなそうだ。

 また、リュクサンドールの外見の異変は黒い羽だけではなかった。瞳の色も、今は赤くなっていた。

「僕、夜になると魔力アップして色々できるようになるんですよ」

 なるほど。夜モードってわけか。まあ、不死族なら当然か。実際、もうだいぶ日も落ちて暗くなってるしな。

「ただ、日によってけっこう違うんですけどね。僕の場合は、新月の夜が一番調子がいいみたいです」
「ふーん?」

 バイオリズムでもあるのか、この不思議生物。

「それはそうと、この岩の直り具合からして、ユリィさんが何か便利な魔法を使った感じですかね?」
「いえ、先生。わたしではなく、ルーシアさんが回収《リコール》の魔法を使ってくれたんです」

 と、ユリィが訂正すると、

「ほほう。さすがクラス委員長のルーシア君。そんな魔法も使えるとは、相変わらず優秀ですね!」

 リュクサンドールはルーシアににっこり微笑みかけた。

 しかし、

「そんな魔法、と、褒められるほどのものではありませんよ、リュクサンドール先生。むしろ、そんな魔法の存在を今のこの状況で思いつかなった先生の知識の貧弱さのほうが、賞賛に値する気がするのですが?」

 ルーシアはやはりリュクサンドールには厳しい態度だ。

「いや、その、僕の専門とは違う魔法なので……」
「呪術に関わりがないにしても、一般常識に近いレベルだと思いますけれど。少なくとも、教師という立場にあるのなら、多少は専門外のことも知っておくべきではないでしょうか」
「う……」

 リュクサンドールは赤い目を白黒させた。

「い、いやでも、だからこそ、優秀なルーシア君がクラス委員長になってくれたのではないですか!」
「そうですね。先生に頼まれて、他に立候補者もなかったので、嫌々でしたけれども」

 あれ? ルーシアって、クラス委員長を嫌々やってるんだ? それにしては、何かにつけクラス委員長アピールしてて、ノリノリな気がするんだが……。

「嫌々なんて言わないでください。これからも僕のクラスをよろしく頼みますよ」
「それは先生に言われるまでもないことです」

 ルーシアの言葉はやはり冷たい――が、冷たいながらも、しっかりリュクサンドールの頼みは聞いているようだ。なんか変なやりとりだな、さっきから。こいつ、リュクサンドールのことはともかく、クラス委員長って立場は意外と気に入ってるのかな?

「……それはそうと、リュクサンドール先生。後学のためにお尋ねしたいのですが」

 と、そこで今度はルーシアのほうからリュクサンドールに話しかけた。

「純粋な吸血鬼《ヴァンパイア》というものは、若い女性の血を欲するものですが、先生のような、混血のダンピールだと、そのあたりはどうなのですか?」
「あー、はい。僕の場合は、昼はそうでもないんですけど、夜は血が欲しくなっちゃうときありますよ、わりと」
「ほ、本当に!」

 ルーシアはとたんに、その答えに強く食いついたようだった。

「その、血が欲しくなるというのは、やはり吸血鬼《ヴァンパイア》同様に、特に若い女性の血を飲みたくなるということですか?」
「ですね。本能だからしょうがないですね」
「では、そういう欲望がわきあがってきたとき、先生はどのような形でそれを処理して――」
「いや、僕に血をくれる女の子なんていませんから、普通に我慢して寝ますよ」
「……そうなんですか」

 ルーシアはなんだかほっとしたような、がっかりしたような、よくわからん顔だったが、さらに質問を追加した。

「では、これもあくまで後学のためにお尋ねしますが、仮に、ダンピールである先生に血を吸われた女性がいるとして、彼女はやはり先生の下僕になるのですか?」
「いや、純粋な吸血鬼《ヴァンパイア》と違って、僕には、血を吸った人を下僕にする能力はないはずですよ、確か」
「では、先生に血を吸われた人はどうなるんですか?」
「血が減りますね」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「そうですね。僕に血を吸われても、当たり前のことしか起きないですね」

 リュクサンドールはにっこり笑って、きっぱり断言した。やはりこの男、闇の上級モンスターのはずなのに、ノリがゆるすぎる。

「……そうですか。つまり、リュクサンドール先生は吸血行動に関しては、蚊やヒルと同等程度の影響力しか持たない、虫けら程度のポンコツモンスターだということですね」

 ルーシアはそんなリュクサンドールを鼻で笑った。そして、「では、私はそろそろ下校します」と言って、すたすたと校門のほうへ歩いて行った。

「いやあ、さすがに蚊やヒルよりかは、いっぱい血をいただくはずですよ? ガブっとしますし」

 リュクサンドールは大きく口を広げ、二つのとがった牙を俺たちに見せた。こいつは、これでガブっとするのか。いや、する相手いないらしいが。

「では、僕もそろそろ行きますね。トモキ君とユリィ君も早く下校してくださいねー」

 リュクサンドールはそう言うと、背中の黒い羽を広げて、向こうへ飛んで行ってしまった。
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