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2章 ドノヴォン国立学院編

114 カプリクルスの蹄は真実を見抜く

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 まさか、こいつ……俺の正体を知ってるのか?

 黒ヤギのその、すべてを見透かしたかのような野生の眼差しに、肝が冷える思いだった。しかし、このメモだけで判断するのは早計だ。俺はそこで、つとめて平静を装いつつ、『嘘って何のことだよ?』と書いたメモを黒ヤギの机の上に放った。

 返事のメモはすぐに返ってきた。

『あの岩のことだ。なぜ強化魔法が切れていたと嘘をついた?』

 なるほど。どうやら、この野獣、俺の正体を見破っているわけではないらしい。あの岩にかけられた魔法のことか。俺はほっとした。そして、さらにメモを投げ、声のないやりとりをした。

『別に。俺、あんま注目されるの好きじゃないからさ。ああ言ったほうがいいかなって思っただけさ』
『そうか? それにしては、妙に動揺してるようだったが?』

 ぎくっ! こいつはこいつで、鋭いな……。

『俺ってば恥ずかしがりやなの! それがあんな急に騒がれたら、キョドるわ!』
『それ以上の理由が何かあるのではないか?』
『ねーよ、しつけーな。つか、お前こそ、なんであの岩の強化魔法が切れてないってわかったんだよ。お前、聖獣カプリクルスだっけ? なんかそういう能力あるのか?』

 と、強引に話題を切り替えるっ! そう、こっからレオの身の上話に持っていけば、俺への詮索は回避されるって寸法さあ!

 しかし、こいつときたら、

『なに。あの岩は俺が定期的に登っているポイントの一つでな』

 あれ? なんか期待したのとは違う感じの答えが返ってきて……。

『あの岩は高さはそれほどでもないが、理事長仕込みの強化魔法による足場の硬さがすばらしかったのだ。踏みしめるたびに俺の蹄を全力で拒絶するような、圧倒的な硬さ! 俺はそれがとても気に入っていてな。つい昨日も登攀し、それを堪能したばかりなのだ』
『昨日?』
『ああ。つまり、俺ははっきり断言することができる。昨日まで、理事長の強化魔法は切れてはいなかった。この蹄にかけて、俺は誓うことができる!』

 そう書いたメモには、黒ヤギの蹄を押し付けたような跡がくっきり残っていた。なんだその誓い。つか、こいつ、さっきから蹄の間にペン挟んでメモ書いてるんだが、妙に執筆速度早いし、字もきれいだし、めちゃくちゃ器用かよ。

『そうか。お前って実はすげーんだな。蹄でなんでもできちゃう系?』
『話をそらすな。俺はお前が、そんな岩をただの岩だと偽ったことについて問いただしている』

 く……! 話をそらそうにも、ブレねーな、この黒ヤギ! どこまでも俺を追い詰める気か!

『トモキ、もしかすると、お前には、お前自身の強さを秘匿しておかねばならない理由があるのか?』
『仮にそうだとしたら、なんだっていうんだよ?』
『俺は聖獣カプリクルスだ。だが、この学校のほとんどの者は、そんな俺の正体を知らない』
『何が言いたい?』
『俺はお前が何者であるか知っても、それを口外することはできないということだ』
『あー、そうか』

 俺はこいつの秘密というか、弱みを握っている状態なのね。だから、仮に俺の正体がこいつに知られても、立場としてはイーブンにしかならないってわけか。まあ、こいつ野獣のくせに紳士っぽいし、立場とかそういう打算的な意味で言ったわけじゃないんだろうけどさ。ようは、お前の秘密は守るから本当のことを話せ、って言いたいんだろう。

 まあ、確かに、フェアじゃないし。こいつはフィーオと違って口も固そうだしなあ。でも、カミングアウトするにしても、どこまで……。

 と、俺が逡巡していると、さらにメモが投げ込まれてきた。

『トモキ、お前は強い。勇者アルドレイも強い。ハリセン仮面も強い。ゆえに、クラスの皆は、安易にこの三者を重ねてしまったのだろうが、この考えはどこまで正しいのだろうか? 君はいったい何者だ?』

 そのメモの最後には「勇者アルドレイの生まれ変わり」「ハリセン仮面」「ただの少年」と、三択クイズの選択肢のように書かれており、該当するもの(複数可)に丸をつけて提出しろと書かれていた。なんだこれ、テストかよ。

 まあいい、こいつ一匹にバレたところで、たいしたことないだろ。俺はただちに「勇者アルドレイの生まれ変わり」にだけ大きく丸をつけて返してやった。(ハリセン仮面カミングアウトは、さすがにリスキーすぎてためらわれた!)

「ほう……」

 黒ヤギはそれを見て、驚いたように小さく声をもらした。そして、すぐに、

『わかった。お前の秘密は守る』

 という返事のメモを俺に投げてきて、目の前にちらばった今までのやりとりのメモの紙をもしゃもしゃと食べ始めた。

 証拠隠滅のつもりかよ……。

 やはりこいつ、ただのヤギなのでは? とりあえず、俺の手元に残っていた、今までのやりとりに使ったメモ紙もヤギさんに渡し、食べさせてあげた。秘密を知られたんだし、ちゃんと餌付けしておかないとな。
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