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2章 ドノヴォン国立学院編

88 ダンピール・プリンスすぐ死ぬ

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「ああ、そういえば、自己紹介を後回しにしていましたね。はじめまして。僕は、リュクサンドール・ヴァン・フォーダム。ドノヴォン国立学院の教師をしている者です。専攻は呪術で、種族は人間ではなく、ダンピール・プリンスになります。どうぞよろしく」

 リュクサンドールは矢を全部抜き終え、落ちていた帽子をかぶりなおすと、いかにも改まったように俺たちに言った。おそらくはマジックアイテムの類だろうか、血まみれだったその赤いコートはすっかりきれいになっており、矢が刺さった痕跡もなくなっている。

「ダンピールってのは、人間と吸血鬼のハーフのことだっけ。プリンスってのは何だ?」

 俺が尋ねると、

「ああ、僕、いちおう分類上はレジェンド・モンスターなので、そういうのが後につくようになってるんですよ」

 と、何か、さらっととんでもないこと言ってるんだが?

「レジェンドでプリンスってつくってことは、まさかロイヤルクラスか?」
「まあそうなんですけど、僕もう三十六なのに、プリンスはちょっとないですよね。この先、おじいさんになっても、ずっとプリンス呼ばわり確定なんですよー」

 はっはっはー、と、リュクサンドールは笑う――が、ちょっと待ていっ!

「ゴブリン相手にいきなりやられてたあんたに、どこにレジェンド要素あるんだよ! しかもロイヤルってなんだよ! 俺が前に戦ったロイヤルはもっとこう……パワフルだったぞ!」
「いやまあ、あくまで分類上ですから。僕、基本的にインドア派で、あんまり戦うの得意じゃないんですよ」
「得意じゃないにもほどがあるだろ……」

 殺気立ったゴブリンの群れを前に、いきなりカンペ?を読み始めるとか。もっと他に適切な行動、いくらでもあっただろう。

 そう、例えば、

「だいたい、レジェンドなら物理障壁使えるはずだろ?」
「あ」

 と、俺が指摘したとたん、リュクサンドールははっとしたようだった。

「ああ、そうでしたね。確か僕、物理障壁使えましたね。うっかりしてたなあ」
「うっかりにもほどがあるだろ……」

 なぜそんなうっかりさんが、百戦錬磨の俺を助けようと前に飛び出してきたのか。相変わらず意味の分からん男だ。

 というか、ユリィが名前を知っていたということは、まさかこいつ?

「なあ、あんたもしかして、サキっていう、鎖の変態術師の女と知り合いだったりするか?」
「ああ、はい。サキさんと僕は昔からのお付き合いですよ」
「そ、そうか……」

 やっぱりこいつがそうなのか。俺が会いに向かっていた、呪いの専門家。よりによって、こんなのが……。

「あ、もしかして、君がサキさんが魔法の通信で教えてくれた、呪いで困ってる少年ですか?」

 リュクサンドールのほうも俺の正体を察したようだった。

「まあ、そうだが――」
「そうですか! いやあ、こんなところで会えるとは! 実は僕、ずっと楽しみにして待ってたんですよ、ディヴァインクラスの呪われの君に会えるのを!」

 と、リュクサンドールは突如、金色の瞳をぎらぎらと光らせた。

「では、さっそくですが、服を全部脱いでもらいましょう!」
「え」
「君の体を調べるので」
「ここで?」
「ええ、早く! できれば皮膚を切り裂いて内臓とかも調べてみたいですが、今はあいにく必要な器具を持っていないので、それはできない! 僕としたことが、またしても痛恨のうっかりです。なので、今は服だけでいいですよ。邪魔なものは脱ぎましょう、早く! 早く!」

 リュクサンドールは呼吸を荒げながら、俺に迫ってくる――。

「うわっ!」

 なんだこの男。きめえ。反射的に殴った。

「ぐはっ!」

 リュクサンドールの華奢な体は十数メートルほど吹っ飛ばされ、鈍い音とともに地面に激突すると、血だまりを作って動かなくなった。また死んだようだったが、安心したのもつかの間、すぐに起き上がり、血まみれのまま匍匐前進して戻ってきた。妙に素早い動きで。

「ぼ、僕はただ、純粋に君の呪いについて知りたくて、ですね……」

 げほげほと吐血しながら言うその顔は、やはり興奮しきった変態そのものだ。どうやらこの男、呪いというものに異常に執着しているようだ。極まった呪いオタクのなれのはてって感じか?

「まあ、調べられるのは大いに結構だが、ここじゃ服を脱ぐ気にはなれねえ。せめてどっか室内で頼む」
「ああ、そうですね。やはりこういうのは、器具がそろったところのほうがいいですね。フフ」

 相変わらずその目つきはおかしい。やべえ。俺になんの器具を使う気だ、この変態……。

 と、そのとき、荷馬車のほうから中年の男の悲鳴が聞こえた。振り返ると、ちょうど荷馬車の持ち主のおっさんが、魔改造ゴブリンに襲われているところだった。

 ああ、そういやゴミ魔剣を取り上げてからほったらかしだったな、あのおっさん。おそらくついさっき、正気に戻ってイミフ状態できょろきょろしてたら、群れからはぐれてさまよってた魔改造ゴブリンにエンカウントしたってところか?

 まあ、どっかの変態と違って、ただの一般人だし、助けないとな。俺はすぐにおっさんのもとに駆け寄った。

 だが、直後、おっさんは俺より先に駆け付けた人物によって救助された。そう、突如として俺の視界の真横から、ゴブリンに向かって疾駆してきたのだ、その女は。その手には細身の剣が握られており、女が踏み込んだ次の瞬間には、ゴブリンはその鋭い切っ先を首元に突き立てられ、絶命していた。

「ひいいっ!」

 ゴブリンの返り血を浴びながら、おっさんは悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。

「……やはり話が違うようですね。子供のゾンビ、ではない」

 女はおっさんの存在などまるで目に入ってない様子で、倒れているゴブリンをじっと見ている。十六、七くらいの年頃だろうか。金髪碧眼の、スレンダー体系の少女だ。髪は長く、うなじのところで無造作に一つに束ねられている。顔立ちは端正だが、切れ長の凛とした双眸はどこか冷たい雰囲気があった。また、着ているものはどこかの学校の制服だろうか、赤い、ブレザーのような裾の短いコートと、丈の短いスカートをはいていた。

「リュクサンドール先生、やはり生徒同士の噂というものはアテにならないものですね」

 女はゴブリンの頭を軽く蹴ると、俺の背後の呪いオタクの変態のほうに振り返った……って、こいつら、知り合いか?

「ああ、彼女は僕の担当クラスの生徒ですよ。クラス委員長をやっていまして、とてもまじめで成績優秀――」
「ルーシア・ラッシュフォルテといいます。はじめまして」

 金髪少女、ルーシアは、リュクサンドールの言葉をさえぎって名乗った。
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