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1章 暴虐の黄金竜マーハティカティ再討伐編
53 乱入
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「ユリィ、俺は今まで、ティリセという女を誤解していた。まさか、俺のためにネムを封印してくれるような、いいヤツだったとは……。クソエルフだと罵っていた過去の自分を殴りたいくらいだぜ」
「はあ……」
ユリィはやはり、困惑しているようだ。
「でも別に、ティリセ様は、智樹様のために魔剣さんを封印したわけじゃないでしょう。あくまで自分のため――」
「そんな細かいことはどうでもいいんだよ。世の中、結果が全て! 結果オーライだ」
言いながら、だんだん目の前で戦っているティリセを応援したい気持ちがこみあげてきた。あいつとは長い付き合いだが、こんな綺麗な気持ちは初めてだった。いつもはヘドロのような嫌悪の感情しかないっていうのに。
だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、ティリセはさっきまでとはうってかわって、動きが鈍く、ザドリーごときに押されているようだった。
「なんか、エルフのお姉ちゃん、急に弱くなったね?」
と、今までずっとぼんやり試合を眺めていたジオルゥも俺と同じ疑問を口にした。
「あ、そうか! あいつ、ドーピング魔法がバレたから、使うのやめたのか」
俺は気づいた。
「それもあると思いますけど、たぶん、使いたくても使えないんじゃないでしょうか」
「どういう意味だよ、ユリィ」
「魔剣さんを封印した魔法のことです。あれは相当、魔力を消耗するはずなんです」
「なるほど、MP切れか」
しゃーねーな。まあ、元々ドーピング魔法を使うのはインチキだしなー。
「でも、これで、ティリセとザドリー、ともにおのれの体一つで戦う試合になったわけだ。インチキなしの、実に清らかな」
「そうですね。なんだかお互いの不正が一周して、公正な試合になってしまいましたね……」
俺たちはそのまま、静かに二人の戦う様子を見守った。ティリセはやはりザドリーに押されているようだったが、ちょこまかと逃げ回り、決定的な一撃は食らっていなかった。また、ザドリーはそんなティリセの様子に次第に焦りを感じ始めているようで、攻撃が大降りになりつつあった。一見、ザドリーが優勢のままだが、このままだと、いつティリセに逆転の一撃を食らってもおかしくないように見えた。
と、そのとき、通路の奥から一人の少女が試合会場に駆け込んできた。
「ザドリー様、そんなエルフの守銭奴娘に負けてはいけませんわ!」
なんと、それはあの肉姫だった。今は薬を飲んでいるのだろう、肉じゃなくてフランス人形モードだったが。
姫は通路を駆けてステージのすぐ近くまで来ると、さらに、「ザドリー様、がんばって!」と声援を送った。同時に、姫がやってきた通路から、従者の男が青息吐息で姫のところに駆けてきた。
「おーっと! なんと、ここで我が国のプリンセス、スフィアーダ殿下のお姿が! どうやら、ザドリー選手を応援しにいらっしゃったようです!」
どよどよ。実況がこう言ったとたん、観客たちは何事かとどよめきはじめた。まあ、当然のリアクションだよな。病弱でずっと引きこもってるはずの姫が、突然乱入してきたんだから。
だが、そんな周囲の戸惑いをよそに、ザドリーは姫の声援でやる気がみなぎったようだった。
「おおおっ! 僕は! 絶対に勝つ! 絶対に勝ってみせるっ!」
そう叫ぶやいなや、たちまち、その動きがキレキレになった。闘志でうっすら全身が輝いているようにも見えた。
そして、ティリセはそんなザドリーにまったく歯が立たないようだった。さっきよりさらに、逃げ回るだけになった。それも、ザドリーからできるだけ距離を取るような形で。もはや接近すること自体、できないようだ。
「エルフのお姉ちゃん、このままだと負けじゃない? やっぱりおっぱい小さいからかなあ?」
ジオルゥがひとりごとのようにつぶやく。乳の大きさは関係ないが、確かにその通りだ。このままだとあいつは負け確実だ。逃げ回り続けられるほど、スタミナはないはずだしな。
が、俺としては、姫に愛のエールを送られて覚醒するイケメンというのも、実にむかつくものだった。
「おい、ティリセ! 少しはお前も気合を出せよ! このまま負けちまったら、もらえるものももらなくなっちまうぞ!」
姫に対抗するように、思わず声援を送っちゃう俺だった。
「もらえるもの……ハッ!」
と、そこでティリセは、ザドリーをボコれば王弟に報酬をもらえるはずだったことを思い出したようだった。
「そうね! ここで負けるあたしじゃないわっ! はああっ!」
たちまち、ティリセもやる気がみなぎったようだった。動きがキレキレになった。闘志で全身がうっすら輝いているようにも見えた。ザドリーのまとっている白い綺麗な闘志と違って、いかにも欲にまみれた、どす黒い色をしていたが……。
「よし、これで試合がどう転ぶか、わからなくなったぞ」
なんか、光の戦士と闇の戦士のどつきあいみたいな様相になってるが、試合は実に白熱して盛り上がってきたってもんだ。俺もなんだか熱い気持ちになり、目の前の光と闇の死闘を見守った。両者の気合は拮抗しており、もはやどっちが勝つのか俺の目にもまったくわからなかった。すごい試合だ!
だが、そのとき、突然、二人の戦士の上に、黒い大きな影が差した。見ると、いつのまにやら、ステージの上空に一匹の大きな魔物が飛来していた。背中にコウモリっぽい翼をはやし、額にツノをはやし、手には短い槍を携えている、悪魔族の一種のようだった。
「はっはー! 我こそは、かの忌々しき存在、勇者アルドレイを屠りに来たものなり!」
ああ、そういえば、王弟さんは魔物も招待してたんだっけ、この大会に。
「アルドレイはどこだ? 素直に首を差し出せば、他の人間は見逃してやってもよいぞ!」
「ああ、俺ならここに――」
と、挙手しかけたところで、
「お前の相手はこの僕だ!」
光のオーラをまとった銀髪のイケメンが、何を思ったか、そう高らかに叫んだ。
「そうか、貴様がアルドレイか! 死ね!」
悪魔はただちにザドリーめがけて上空から急降下した。まるで猛禽のような素早い突撃攻撃だ。その槍の尖端がザドリーの体を狙う!
だが、そこは光の戦士として覚醒したザドリー、悪魔の突撃を軽くかわし、反撃の一撃をその体にあびせ――は、しなかった。現実は非情である。ザドリーは悪魔の素早さにまったく反応できずに、普通に串刺しになった。しかも勢いあまって、槍ごとぽいっとステージの外に放り出されてしまった。
「あーあ、ザドリーおにいちゃん、また死んじゃったねえ」
さすがにやられ芸も三回目となると、ジオルゥのリアクションも冷静そのものだ……。姫は悲鳴を上げてザドリーのほうに駆け寄っていったが。見ると、一応、ザドリーの元へ、すごい速さで回復魔法チームが駆けつけているようだ。たぶんまた蘇生できるだろう。大会中はあいつの残機は無限か。
「ははっ! アルドレイを討ち取ったぞ! 実にあっけないものだな!」
悪魔はステージの中央で高笑いしている。その近くではティリセがいかにも興ざめという顔で立ち尽くしている。
「いや、あれはアルドレイじゃねえから。ただのデブ専の軟弱男だから」
やれやれ。めんどくさいことこの上ないが、サキとの約束があるしな。俺はすぐさまステージにあがり、その石畳を強く蹴ると、悪魔の懐に一気に飛び込んだ。そして、その顔面を思いっきり殴った!
「ぐはああっ!」
めりめり、どこん! 瞬間、俺の拳は悪魔の顔に深くめり込んだが、すぐにやつの体は向こうに吹っ飛ばされていった。そして、一回戦や二回戦のときのザドリーのように、場外の壁に激突して、汚い体液を撒き散らした。
「アルドレイはこの俺だ。次から間違えるなよ……って、次はないか、はは」
悪魔に向けて指を差し、かっこつけて言ってみるが、どうにもキマらない感じだった。ちょっとへらへらと照れ笑いしてしまった。
だが、直後、コロシアム中に大きな歓声が響いた。大会始まって以来の大歓声だった。
「おおおおおお! なんということでしょう! 突如現れた恐るべき魔物を! ザドリー選手がまったく歯が立たなかった強敵を! 勇者アルドレイ、いともたやすく、ワンパンで倒してしまいました! まさに勇者! さすがアルドレイ!」
と、実況が叫ぶと同時に、あちらこちらから「アルドレイ! アルドレイ!」と、俺の名前を連呼しての大合唱がはじまった。なんだこの、鬱陶しい盛り上がりは。
「いや、俺、ちょっと乱入者を強制ログアウトさせただけだし? ほっとくと、大会続けられないから、ね? ね? とりあえず、試合続けようよ?」
と、俺は必死に訴えたが、観客どもは勝手に盛り上がっていて、誰も聞いちゃいないようだった。くそ、人の話ぐらいちゃんと聞けよ。
だが、そこで、そんな大観衆の大歓声を打ち消すような、ひときわ大きな声が鳴り響いた。
「はっはー! 愚かな人間どもよ! これで勝ったと思うなよ!」
声はザドリーが吹っ飛ばされたほうからだった。見ると、姫が一人の魔術師に羽交い絞めにされているようだ。今の声は、その魔術師のものらしかった。
「今、アルドレイが屠ったのは、しょせん、オトリ。ただの捨石のザコ。俺こそが、真の刺客だったのだ! おののけ!」
と、姫を羽交い絞めにしている魔術師はローブを脱ぎ捨てた。たちまち、その本当の姿が明らかになった。背中に黒い、カラスのような翼をもつ、堕天使の一種の魔物のようだった。
正体を現した堕天使は、姫を抱えて上空に飛び上がった。
「な、なーんと! 大会関係者にまぎれて、あんな魔物が! しかもスフィアーダ殿下を人質にとられてしまいました! これはなんという大ピンチ!」
実況はなんだかノリノリだ。緊張感あるのかないのか。
「さあ、アルドレイ! この娘の命が惜しければ、素直に首を差し出せ!」
「なんで?」
「え」
「俺、別にそいつの命とかどうでもいいし?」
むしろ遠慮なく好きにしてくれって感じだしぃ?
「ちょ、ま……これは一応、この国の姫だぞ! 王族だぞ!」
「そうですわ! わたくしを見捨てることなどありえなくてよ!」
堕天使と人質が異口同音に抗議してきた。どっかで見た光景だな。
「智樹様、さすがにこの対応はまずいのではないでしょうか」
ユリィが耳打ちしてきた。
「んー、そうだな……」
やれやれ。まためんどくさいな。俺はとりあえず、堕天使のほうに近づいた。やる気なく、実にゆっくりとした足取りで。
「はあ……」
ユリィはやはり、困惑しているようだ。
「でも別に、ティリセ様は、智樹様のために魔剣さんを封印したわけじゃないでしょう。あくまで自分のため――」
「そんな細かいことはどうでもいいんだよ。世の中、結果が全て! 結果オーライだ」
言いながら、だんだん目の前で戦っているティリセを応援したい気持ちがこみあげてきた。あいつとは長い付き合いだが、こんな綺麗な気持ちは初めてだった。いつもはヘドロのような嫌悪の感情しかないっていうのに。
だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、ティリセはさっきまでとはうってかわって、動きが鈍く、ザドリーごときに押されているようだった。
「なんか、エルフのお姉ちゃん、急に弱くなったね?」
と、今までずっとぼんやり試合を眺めていたジオルゥも俺と同じ疑問を口にした。
「あ、そうか! あいつ、ドーピング魔法がバレたから、使うのやめたのか」
俺は気づいた。
「それもあると思いますけど、たぶん、使いたくても使えないんじゃないでしょうか」
「どういう意味だよ、ユリィ」
「魔剣さんを封印した魔法のことです。あれは相当、魔力を消耗するはずなんです」
「なるほど、MP切れか」
しゃーねーな。まあ、元々ドーピング魔法を使うのはインチキだしなー。
「でも、これで、ティリセとザドリー、ともにおのれの体一つで戦う試合になったわけだ。インチキなしの、実に清らかな」
「そうですね。なんだかお互いの不正が一周して、公正な試合になってしまいましたね……」
俺たちはそのまま、静かに二人の戦う様子を見守った。ティリセはやはりザドリーに押されているようだったが、ちょこまかと逃げ回り、決定的な一撃は食らっていなかった。また、ザドリーはそんなティリセの様子に次第に焦りを感じ始めているようで、攻撃が大降りになりつつあった。一見、ザドリーが優勢のままだが、このままだと、いつティリセに逆転の一撃を食らってもおかしくないように見えた。
と、そのとき、通路の奥から一人の少女が試合会場に駆け込んできた。
「ザドリー様、そんなエルフの守銭奴娘に負けてはいけませんわ!」
なんと、それはあの肉姫だった。今は薬を飲んでいるのだろう、肉じゃなくてフランス人形モードだったが。
姫は通路を駆けてステージのすぐ近くまで来ると、さらに、「ザドリー様、がんばって!」と声援を送った。同時に、姫がやってきた通路から、従者の男が青息吐息で姫のところに駆けてきた。
「おーっと! なんと、ここで我が国のプリンセス、スフィアーダ殿下のお姿が! どうやら、ザドリー選手を応援しにいらっしゃったようです!」
どよどよ。実況がこう言ったとたん、観客たちは何事かとどよめきはじめた。まあ、当然のリアクションだよな。病弱でずっと引きこもってるはずの姫が、突然乱入してきたんだから。
だが、そんな周囲の戸惑いをよそに、ザドリーは姫の声援でやる気がみなぎったようだった。
「おおおっ! 僕は! 絶対に勝つ! 絶対に勝ってみせるっ!」
そう叫ぶやいなや、たちまち、その動きがキレキレになった。闘志でうっすら全身が輝いているようにも見えた。
そして、ティリセはそんなザドリーにまったく歯が立たないようだった。さっきよりさらに、逃げ回るだけになった。それも、ザドリーからできるだけ距離を取るような形で。もはや接近すること自体、できないようだ。
「エルフのお姉ちゃん、このままだと負けじゃない? やっぱりおっぱい小さいからかなあ?」
ジオルゥがひとりごとのようにつぶやく。乳の大きさは関係ないが、確かにその通りだ。このままだとあいつは負け確実だ。逃げ回り続けられるほど、スタミナはないはずだしな。
が、俺としては、姫に愛のエールを送られて覚醒するイケメンというのも、実にむかつくものだった。
「おい、ティリセ! 少しはお前も気合を出せよ! このまま負けちまったら、もらえるものももらなくなっちまうぞ!」
姫に対抗するように、思わず声援を送っちゃう俺だった。
「もらえるもの……ハッ!」
と、そこでティリセは、ザドリーをボコれば王弟に報酬をもらえるはずだったことを思い出したようだった。
「そうね! ここで負けるあたしじゃないわっ! はああっ!」
たちまち、ティリセもやる気がみなぎったようだった。動きがキレキレになった。闘志で全身がうっすら輝いているようにも見えた。ザドリーのまとっている白い綺麗な闘志と違って、いかにも欲にまみれた、どす黒い色をしていたが……。
「よし、これで試合がどう転ぶか、わからなくなったぞ」
なんか、光の戦士と闇の戦士のどつきあいみたいな様相になってるが、試合は実に白熱して盛り上がってきたってもんだ。俺もなんだか熱い気持ちになり、目の前の光と闇の死闘を見守った。両者の気合は拮抗しており、もはやどっちが勝つのか俺の目にもまったくわからなかった。すごい試合だ!
だが、そのとき、突然、二人の戦士の上に、黒い大きな影が差した。見ると、いつのまにやら、ステージの上空に一匹の大きな魔物が飛来していた。背中にコウモリっぽい翼をはやし、額にツノをはやし、手には短い槍を携えている、悪魔族の一種のようだった。
「はっはー! 我こそは、かの忌々しき存在、勇者アルドレイを屠りに来たものなり!」
ああ、そういえば、王弟さんは魔物も招待してたんだっけ、この大会に。
「アルドレイはどこだ? 素直に首を差し出せば、他の人間は見逃してやってもよいぞ!」
「ああ、俺ならここに――」
と、挙手しかけたところで、
「お前の相手はこの僕だ!」
光のオーラをまとった銀髪のイケメンが、何を思ったか、そう高らかに叫んだ。
「そうか、貴様がアルドレイか! 死ね!」
悪魔はただちにザドリーめがけて上空から急降下した。まるで猛禽のような素早い突撃攻撃だ。その槍の尖端がザドリーの体を狙う!
だが、そこは光の戦士として覚醒したザドリー、悪魔の突撃を軽くかわし、反撃の一撃をその体にあびせ――は、しなかった。現実は非情である。ザドリーは悪魔の素早さにまったく反応できずに、普通に串刺しになった。しかも勢いあまって、槍ごとぽいっとステージの外に放り出されてしまった。
「あーあ、ザドリーおにいちゃん、また死んじゃったねえ」
さすがにやられ芸も三回目となると、ジオルゥのリアクションも冷静そのものだ……。姫は悲鳴を上げてザドリーのほうに駆け寄っていったが。見ると、一応、ザドリーの元へ、すごい速さで回復魔法チームが駆けつけているようだ。たぶんまた蘇生できるだろう。大会中はあいつの残機は無限か。
「ははっ! アルドレイを討ち取ったぞ! 実にあっけないものだな!」
悪魔はステージの中央で高笑いしている。その近くではティリセがいかにも興ざめという顔で立ち尽くしている。
「いや、あれはアルドレイじゃねえから。ただのデブ専の軟弱男だから」
やれやれ。めんどくさいことこの上ないが、サキとの約束があるしな。俺はすぐさまステージにあがり、その石畳を強く蹴ると、悪魔の懐に一気に飛び込んだ。そして、その顔面を思いっきり殴った!
「ぐはああっ!」
めりめり、どこん! 瞬間、俺の拳は悪魔の顔に深くめり込んだが、すぐにやつの体は向こうに吹っ飛ばされていった。そして、一回戦や二回戦のときのザドリーのように、場外の壁に激突して、汚い体液を撒き散らした。
「アルドレイはこの俺だ。次から間違えるなよ……って、次はないか、はは」
悪魔に向けて指を差し、かっこつけて言ってみるが、どうにもキマらない感じだった。ちょっとへらへらと照れ笑いしてしまった。
だが、直後、コロシアム中に大きな歓声が響いた。大会始まって以来の大歓声だった。
「おおおおおお! なんということでしょう! 突如現れた恐るべき魔物を! ザドリー選手がまったく歯が立たなかった強敵を! 勇者アルドレイ、いともたやすく、ワンパンで倒してしまいました! まさに勇者! さすがアルドレイ!」
と、実況が叫ぶと同時に、あちらこちらから「アルドレイ! アルドレイ!」と、俺の名前を連呼しての大合唱がはじまった。なんだこの、鬱陶しい盛り上がりは。
「いや、俺、ちょっと乱入者を強制ログアウトさせただけだし? ほっとくと、大会続けられないから、ね? ね? とりあえず、試合続けようよ?」
と、俺は必死に訴えたが、観客どもは勝手に盛り上がっていて、誰も聞いちゃいないようだった。くそ、人の話ぐらいちゃんと聞けよ。
だが、そこで、そんな大観衆の大歓声を打ち消すような、ひときわ大きな声が鳴り響いた。
「はっはー! 愚かな人間どもよ! これで勝ったと思うなよ!」
声はザドリーが吹っ飛ばされたほうからだった。見ると、姫が一人の魔術師に羽交い絞めにされているようだ。今の声は、その魔術師のものらしかった。
「今、アルドレイが屠ったのは、しょせん、オトリ。ただの捨石のザコ。俺こそが、真の刺客だったのだ! おののけ!」
と、姫を羽交い絞めにしている魔術師はローブを脱ぎ捨てた。たちまち、その本当の姿が明らかになった。背中に黒い、カラスのような翼をもつ、堕天使の一種の魔物のようだった。
正体を現した堕天使は、姫を抱えて上空に飛び上がった。
「な、なーんと! 大会関係者にまぎれて、あんな魔物が! しかもスフィアーダ殿下を人質にとられてしまいました! これはなんという大ピンチ!」
実況はなんだかノリノリだ。緊張感あるのかないのか。
「さあ、アルドレイ! この娘の命が惜しければ、素直に首を差し出せ!」
「なんで?」
「え」
「俺、別にそいつの命とかどうでもいいし?」
むしろ遠慮なく好きにしてくれって感じだしぃ?
「ちょ、ま……これは一応、この国の姫だぞ! 王族だぞ!」
「そうですわ! わたくしを見捨てることなどありえなくてよ!」
堕天使と人質が異口同音に抗議してきた。どっかで見た光景だな。
「智樹様、さすがにこの対応はまずいのではないでしょうか」
ユリィが耳打ちしてきた。
「んー、そうだな……」
やれやれ。まためんどくさいな。俺はとりあえず、堕天使のほうに近づいた。やる気なく、実にゆっくりとした足取りで。
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