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第十七話
しおりを挟む家に帰ると、外の灯りが点いている。あれ? と、後ろで声がした。
わたしも疑問に思った。
確か継母は仕事で遅くなるはず。だから、わたしと義理の妹の二人に外で食べて来いと言ったのではないのか。
玄関を開けると、リビングからテレビと声が漏れてきていた。
「ただ……」
声を掛けようとする義理の妹の口を塞ぐ。わたしは話し声に耳を澄ました。
「お仕事、お疲れさま」
「ありがとう、茜さん」
グラスとグラスがぶつかる音がする。思った通り、お父さんと継母の声だ。二人以外がいるはずがないけれど。
わたしはそのまま身動きせずに、会話に耳を傾ける。
「渉と聖ちゃんは今頃二人で楽しんでいるかな」
「すぐに帰って来たり、別々に食べたりするかもって思っていたから安心したわ」
「ああ。心配する必要なかったな」
和やかな雰囲気にわたしは、眉間にしわを寄せる。
まるで、二人で計画したみたいな――
「渉ちゃんが、わたしのことはいいから、せめて聖とだけでも打ち解けてくれたらと思ったけれど」
「苦労をかけるね。でも、きっと昔みたいに……」
「昔みたいにって、何!?」
我慢できずに、靴を脱ぎ散らかしてリビングに飛び込んだ。
二人が言っている昔なんて、せいぜい一、二年のことで大した昔じゃない。
「渉」「渉ちゃん」
ソファで座っていた二人ともすごく面食らっているけれど、わたしは詰め寄っていく。
「仕事で残業するからって嘘だったの!?」
いまの会話はそうだとしか思いない。
「嘘までついてッ、ゴホッゴホゴホッ!」
大きな声を出したせいか、咳が出て来る。
「大丈夫、渉ちゃん」
継母がわざわざ立ち上がって、わたしの肩に触れて来た。
「触らないでよッ!」
触れられる前に腕を振り上げて、払いのける。
「あ! またお母さんに!」
だけど遅れて入って来た義理の妹が、代わりにわたしの肩を掴んだ。振り返って睨みつけたので、義理の妹はビクリと震えてすぐに離れる。
「あんたも、グルだったの?」
「な、何が?」
「あんたもこいつとグルになって、わたしに嘘をついたのかって聞いてんの!」
バシッ
思いっきり声を張り上げた瞬間、頬に衝撃が走った。
「茜さんにこいつだなんて」
わたしの頬を叩いたのはお父さんだ。怒っているというより、悲しそうな顔をしている。
最初は何が起こったのか分からなかった。けれど、ジンジンと叩かれた頬の中心から熱さが広がっていく。
手を挙げた理由も分かる。わたしが口で言っても絶対に謝ったりしないからだ。でも叩かれたからと言って、絶対謝ろうなんて思わない。
「なによ! そもそも、あっちがわたしの嫌がることを仕掛けて来たんじゃないッ!」
継母を睨むと、お父さんの後ろでただオロオロしているだけだ。お父さんだって反抗されると思わなかったのか、すぐに言葉は出てこない。
「今日だって! 本当なら陽介と二人だけで過ごすはずだった!!」
「……陽介?」
「それなのに、うじゃうじゃ邪魔者ばっか出て来て! それが嫌いな奴のせいなのに、なんでわたしが叩かれないといけないの!?」
思う限りの声を張り上げた。喉の奥から熱いものがこみあげて来て、また咳も出てきそう。目頭が熱い。
「わたしには無駄な時間なんかないんだからッ!」
限界だった。これ以上、この人たちの前に居たくない。
わたしはリビングを飛び出て、階段を駆け上がった。そのまま自分の部屋へ駆け込む。思い切りドアを叩きつけて閉めて、ベッドにダイブした。
ぎゅうっと目をつぶると、端から涙がこぼれ出て来る。
わたしだって出来ることなら怒ったり、叫んだりしたくない。
それでも、大事にしたいと思っているものを大事に出来ないようにしてくる人たちに優しくなんて出来るはずがなかった。
しばらく灯りを付けずに枕に顔をうずめたまま、叫びを押し付ける。足もバタバタさせていると、遠慮がちなノックの音がした。
「渉」
お父さんの声だ。ドアを開けようとはしない。
「……なに」
無視しても、ずっとドアの前にいるかと思って小さな声で返事をする。
「ごめんな。叩いたりして、カッとなっても叩くのはいけないよな。腫れてないか? 氷持ってきた」
わたしは身体を起こした。けれど、ドアを開けようとは思わない。泣いていていたことがバレるとダサい気がしたから。
「……大丈夫」
「聖ちゃんから聞いたよ。彼氏いるんだってな。友達とも仲が良くて、どの人もみんな優しかったって。渉のことだからそれほど心配していなかったけれど、すごく安心したよ。ほら、再婚してから家に友達呼ぶこともなかったし」
「……そう」
「出来れば彼氏を紹介して欲しいと思ったけれど」
「するわけないじゃん。この前、付き合い始めたばかりだし、……どうせ別れるし」
つい食い気味に口走った。お父さんは理由を聞かずに、そうかと寂しくつぶやく。
「……茜さんが悪いわけじゃないんだ。父さんがどうしても渉と家族が仲良くして欲しいって思ったんだ。それには、どうしたらいいかって茜さんに聞いて、それなら自分抜きなら上手くいくんじゃないかって言われてさ。だから、まずは多少強引でも聖ちゃんと渉と二人で過ごしたらいいと思って。今日のことを提案したのは父さんなんだ」
わたしは黙って耳だけを傾けていた。
「渉に彼氏がいるとか思いつきもしなくてさ。確かに渉ぐらいの年頃なら、放課後は家族より恋人と過ごしたいよな。……でも、ごめんな」
「どうして謝るの?」
お父さんの言い方は、叩いたことや嘘をついていたことに謝っているわけじゃないと思った。
「これから渉は長い時間をかけて、病気の治療をしていかなきゃいけないから。それなら、尚更家族との仲を修復した方がいいと思ったんだ」
「治療……」
医者の話をちゃんと聞いていなかったわたしは、ほとんどイメージ出来ない。でも、わたしが分かっていないことをお父さんはちゃんと分かっていた。
「渉は嫌がるだろうけれど、四月から病院に入院することになったから」
――四月から。思考がまるで冷水を浴びたように、うまく働かない。
「入院って、すぐ退院できるよね……?」
「ごめんな、渉」
えっと……、それはつまり女子高生終了ってこと?
あと一年は生きられるはずなのに……?
病院に入院したら、もちろん陽介や美玖たちにも会えなくなる。みんな、病院なんかより遊んでいたいに決まっている。それにがんの治療って言ったら、髪の毛が抜けちゃうんじゃないの。制服だって取り上げられて、病院着やパジャマを着せられる。
そんなの――
「お父さんッ!」
絶対、嫌だ。わたしは立ち上がって、ドアを思い切り開けた。
「わっ! なに?」
だけど、そこに居たのは義理の妹だった。いつの間にかお父さんが一階に降りて、その入れ替わりに義理の妹が上がって来たのだろう。
「……酷い顔しているけれど大丈夫?」
酷い顔って、どんな顔だよ。そう思ったけれど、文句を言う気力も出なかった。
「……何でもない」
不思議そうな顔をしていたけれど、義理の妹は自分の部屋に入っていく。
わたしはそのまましゃがみ込んだ。あと、一か月。もうすぐ春休みにもなるし、それよりも短い。医者に余命宣告されたときよりも、ずっとダメージを受けている自分がいた。
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