広くて狭いQの上で

白川ちさと

文字の大きさ
上 下
65 / 89
第四章 学園祭編

第十三話 吸血鬼の仮装の人 その2

しおりを挟む

 見に行きたいところはそれぞれあるけれど、まだ急ぐような時間じゃない。お腹も膨れたから、みんな満足している。

 ということで、アリスが行きたいという舞台を観に体育館へと向かう。

 校庭を通るのだが、そこにはたくさんのバスがたくさん停まっていた。順番に付いたバスから人を吐き出し、早めに帰る人を運んでいく。

 仮装している人たちがバスから出てくる様子は、やはり物珍しい。

 思わず立ち止まって、眺めてしまう。

「はーい。そこじゃまでーす。もっと、向こうを歩くよー」

 パンダのきぐるみが赤い誘導棒を振って、独特のイントネーションで僕らを注意する。

「あ、すみません」

「ちゃきちゃき歩くよー」

 僕らは向こう側へと追いやられた。

「ふー、やれやれ。お子さまの相手は疲れまーす」

「おい、さぼるな」

 パンダの頭をこつんと誘導棒で軽く叩いたのは向井さんだ。まだ、武士の仮装をしている。

「む、向井さん……」

 どうして、またきぐるみの人と一緒にいるのか尋ねたかったけれど、真面目に仕事を始めたので聞きにくい。

「分かってないよー、パイセン。この中、すごく暑いよー」

「水分補給しっかりとれ。学校の備品を壊したんだから、これぐらいしろ」

「うう。世知辛いよー」

 パンダと武士の誘導するうしろ姿はこっけいにも見えるが、あんまり邪魔をしてはいけないと、僕らはその場をあとにした。




 体育館にやって来ると、ちょうど二年生の劇をやっているところだった。

 オリジナルの脚本で、女子高生が江戸時代にタイムスリップし、お家騒動に巻き込まれるという話だ。衣装も凝っていて結構、面白そう。

「この劇が見たかったんだ、アリス」

「でも、もう終わりの方」

 倉野さんの言う通り、女子高生は江戸時代の人たちに別れを告げている。現代に戻って来て、あっさりと劇は終わってしまった。

「残念だったね」

「……これじゃない。次の」

 どうやら、目的の演目に間に合ったようだ。

 すると、舞台上ではドラムやキーボード、マイクなどが設置されていく。ギターやベースまで出てくればもう決まりだ。

「アリス。バンドが見たかったんだ」

「けっこう、ネットで有名な人たちだよ」

「えっ! そうなの!?」

 同じ学園内にいても、知らないものだ。ほどなくして、司会の紹介が始まる。

「次はヘビィべいびぃズの皆さんの演奏です」

 すると、舞台にバンドメンバーが出て来る前に、仮装している人たち、つまり学園外からの招待客の人たちが前の方へと向かっていく。しかも、叫びながら。

 ほとんどの仮装が角の生えた悪魔だ。

「いぇええええーい!」

「ひゃっはあああー!」

「勝負だ、こんにゃろー!」

 僕らは、なになになに??と呆気にとられる。さらに、舞台に出て来た人たちを見てびっくり仰天した。

 出て来たのは顔を白塗りして、悪魔の化粧をした女の子たち。ボーカルの子はマイクを握って高音でシャウトする。

「ぶっ飛ばしていくぞ! 負けねぇからな、てめぇら!!」

 前にいる観客たちは、うぉおおッ!と盛り上がった。ドラムが鳴り響き演奏が始まる。

 体育館にいる人たちのほとんどが唖然としている人がほとんどだ。

 別世界に迷い込んだように津川先輩がつぶやく。

「大きな音でびっくりしたねー」

「だけど、う、上手いよ。この人たち」

 水上くんがそういうのも納得だ。最初は驚きの方が強かったけれど、ヘビメタなんて分からなくても音が胸に響いて来る。迫力も見掛け倒しなんかじゃない。

 隣にいるアリスも興奮した様子で、リズムを取っていた。

 これならネットで人気にもなるはずだ。

「あれ、あの人」

 ゴッホの絵の説明を聞くために、僕をわざわざ呼んだ人だ。

 相変わらず、吸血鬼の仮装が似合っている。僕たちのゴッホの展示を見ていたときのように、舞台を観ながらなにやらブツブツ言っているようだ。

 なんとなく、その表情から『なるほど、将来が楽しみだ』と言っているように思えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

バージン・クライシス

アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!

処理中です...