広くて狭いQの上で

白川ちさと

文字の大きさ
上 下
14 / 89
第一章 学園転入編

第十四話 いい穴場

しおりを挟む

 二つ目の謎が解けた後、三日ほど雨の日が続いた。

 僕らトレジャーハンター部部員は東棟の食堂へ行く。普段は外で食べている生徒も集まっているせいか、とてもにぎわっていた。

「あれって、津川くんだ」

「誰かと一緒なんて珍しい。後輩と仲良くなったんだ」

 津川先輩を物珍しそうに見て来る視線が集まっていた。見た目が麗しい倉野さんも、中身を知らない先輩たちがチラチラと見て来る。

 普通の見た目の僕と川上くんは、とても肩身が狭かった。視線に気を遣ってか、津川先輩が出口を指さして言う。

「……ここだと、席が取れないかもね。パンでも買って移動しようか」

「でも、どこにですか。僕らの教室だと、先輩居づらいと思いますけど」

 おそらくクラスメイトたちは、津川先輩を見ているだけじゃなくて、話しかけて来るだろう。話しかけられたら、おそらく津川先輩はふんわりとした答え方しかしない。ますます、東西の図書幽霊の名が広まってしまう。

 津川先輩は分かっているというように、食堂の出口を指さした。

「いい穴場があるんだ。行こうか」

「いい穴場?」

 疑問に思いつつも僕らは買ったパンを抱えて、津川先輩の後に続く。東棟から西棟への渡り廊下から外履きのスリッパを履いて傘を開いて歩き出した。

 行先はすぐに見えて来た。ガラス張りの円柱で大きな建物、中には緑が茂っているのが遠目でも分かる。温室だ。

「はじめて来る。でも、勝手に入ってもいいんですか」

「大丈夫。前に用務員の人に聞いたら、ゴミを散らさなければ使っていいそうだよ。奥の方にイスとテーブルがあるし、誰も来ないから穴場なんだ」

 傘を閉じて温室に入る。中は湿気のせいか、少しムワッした空気が流れ出て来た。中は観葉植物が多い。ここだけ学園から切り離された異世界のようだ。

 濃い緑の中に名前も知らない花の植木鉢が置かれていた。珍しい光景に思わずスマホを取り出して、写真を撮る。

「透、なかなか上手い構図」

 倉野さんが黄色い花の写真をのぞき込んで来た。少しだけ表情が緩んでいる。素直にほめてくれているということが分かった。

「あ、ありがとう」

 照れくさくなって、僕はすぐにスマホの電源を落とす。

「見せないの?」

 倉野さんは川上くんと津川先輩のことを首で示す。

「えっ、ああ。見せびらかすほど上手いわけじゃないからさ」

 うそだ。実はSNSでこっそり公開している。

 ただ、それを誰かに教えるつもりはない。誰にも言えない秘密なんだ。

 数分舗装された道なりに歩くと、白いイスとテーブルのセットが置かれている。

 倉野さんがおしゃれな雰囲気が気に入ったのか、満足気に言う。

「話を聞かれなくて、ちょうどいい。部活、ここでしよう」

「なんかトレジャーハンター部には似つかわしくない溜まり場だよね」

 水上くんがそう言うのも分かる。謎解きと言っても、一枚の紙と折り紙とせいぜいスマホを見比べて話すだけなのだ。

 そもそも、トレジャーハンター部に似つかわしい溜まり場というのも想像つかないのだけど。

「あれ、用務員さんだ。こんにちは」

 津川先輩が顔を傾けて奥をのぞき込む。用務員さんというから、つなぎを来たおじさんを想像した。

「こんにち……。あれ、向井さん」

 出て来た人は用務員の人ではなく、理事長代理の向井さんだ。

 ただし、やはり白いTシャツに汚れてもいいズボンと、どう見ても土いじりをしていた恰好をしている。この前も同じような格好をしていたので、秘書の事務仕事よりも多いのかもしれない。

 向井さんは僕らに気づいて、軍手を外しながら近づいて来る。

「ああ。津川くんが彼らを連れて来たのか。例のやつははかどっているのか」

 低い淡々とした声で確認するように言う向井さん。

「あれ? 若狭くんたち、用務員さんと知り合い?」

「あ、いや……」

 津川先輩に向井さんは用務員ではなく、理事長代理。僕を学園にまで連れてきて、理事長から預かった宝の謎を教えてくれたのだ。

「へぇ。そうか。理事長から預かった謎だったんだ。どおりで」

「どおりで?」

 津川先輩の言うことに、僕らの方が疑問符を浮かべる。

「僕がここに来ると、たまに理事長と顔を合わすことがあったんだ。顔を見るたびに言われたよ。本以外にも興味を持ちなさいって言われてね。噂のことを知っていたんだね」

 そりゃ、自分の学園の生徒のひとりが幽霊なんて、あだ名が付けられていたら気に掛けるに決まっていた。

「でも、僕は聞く耳を持たなかった。でも、理事長はこの学園には秘密がある、なんて仄めかしてきたんだ。僕を本から引きはがそうっていう嘘だと思ったけれど」

 僕は津川先輩の話を聞いて首をひねる。

「肝心の宝の謎自体は教えなかったんですね。本から引きはがそうというなら去年の時点で、津川先輩に教えていそうなものなのに。どうしてでしょうか」

 津川先輩も一年生のときに部活と言わなくても、仲間と一緒に過ごせば幽霊とまで言われなかったはずだ。

 すると、倉野さんが鼻息をふんっと漏らした。

「もちろん、宝の情報は機密事項だからに決まっている」

「決まっているって……」

 隠すようなことじゃないと言いかけて口をつぐむ。

 そもそも、なぜ向井さんが宝の謎をすんなり渡してきたかというと、僕が従慈学園を相続する権利を持っているからだ。

 僕の代わりに向井さんが口を開く。

「どうやら、理事長は謎の存在を一部の生徒には仄めかしていたようだ」

「聞かされた人たちは、どうして実際に謎を解こうとしなかったんだろうね」

 水上くんの言う通り、最初の謎は解こうと思えば誰でも解けるはずだ。それとも一つの謎が解けても、他の謎が解けなければ元の場所に戻していたのだろうか。

 そこまでして、謎を解いた先にはどんな宝が待っているのだろう。

 そもそも、あといくつの謎を解けば宝にたどり着くのだろうか。

「理事長はまぁ、そういう人だったんだ」

 向井さんの話に僕らの中の理事長像がますます謎のベールに隠されてしまった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

絶叫ゲーム

みなと
ミステリー
東京にある小学校に通う「音川湊斗」と「雨野芽衣」がさまざまなところで「絶叫ゲーム」に参加させられて…… ※現在、ふりがな対応中です。 一部ふりがなありと、ふりがな無しが混同しています。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...