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ウンディーネ編
第144話 宙の旅
しおりを挟む黒い闇の中、船はシルフが起こした風を受けて進む。
進行方向がよく見えるようにと、大きなランプにサラマンダーが火を灯した。船首にぶら提げているが、何かがあるようには見えない。
「ユメノ。ご飯出来たよー」
ジッと前方を見張っていたわたしをエルメラが呼びに来た。
「うん。今、行く」
船旅を始めてから、たぶん七日ほど経った。
けれど、宙の旅は驚くほど穏やかだ。
障害物もなく、舵を切るのも精霊たちがしてくれる。見張りも交代でしているから、それ以外は自由時間だ。
みんな、本を読んだり、ぼんやり星を見つめたり。
もちろんトレーニングは欠かさずしているけれど、わたしがこの世界に来てから、ここまでのんびりしたのは初めてだ。
それに時計もない上に、ずっと夜だからどれぐらい時間が経ったかも分からない。
「精霊も全然出てこないね」
「確かに。なんだか、張りがないのう」
スプーンで具をすくいながらぼんやりとつぶやくと、サラマンダーが同意する。
サラマンダーも、よく甲板であくびをかいていた。
ルーシャちゃんも手を止める。
「本当にこっちでいいのですかしら」
でも、いまさらUターンなんて出来ないし、他に当てもない。
エルメラが上を見て言う。
「でも、最初の場所となんだか違うよ」
「なんだか、ですか。エルメラさま」
ウンディーネにエルメラはうんと頷く。
「いつも精霊を感じるときより、ぼんやりとしているけれど、何かを感じるよ」
周りは変わらず夜が広がっているだけだけど、妖精のエルメラには何か感じるみたいだ。
「それってすごく手がかりになるんじゃない?」
イオも同じように思ったみたいだ。
「それならば、さらに進んでみるしかないな。エルメラ、何かを感じ取ったらすぐに知らせるんだ」
「うん。分かった」
それから、三日ほど経った頃だ。
「ちょっと待って! 精霊の気配がすごく濃くなってきたよ!」
エルメラが唐突に叫ぶ。
みんなが慌てて甲板に出て来る、けど――。
「……何もないよ?」
船首まで駆け寄って眼を凝らしてみるけれど、前方にはやっぱり暗闇が広がっているだけだ。
「おかしいな。確かに精霊の気配が濃くするんだけど……、いつもと雰囲気が少し違うけど」
エルメラも高く飛んで周りを見る。
「ここではないのかしら」
イオが後ろを振り返った。
「いや。周りをよく見てみろ」
船の後ろに何かあるのだろうか。でも、振り返っても同じに見える。
「何もないよ?」
「後方には星があるのに、前方には星がない」
「「「え!」」」
わたしたちは前と後ろを交互に見た。イオの言う通り、これまで遠くに見えていた小さな光が船の先からは消えていた。
ノームが真剣な顔をして言う。
「大地の気配もします。月があるのは間違いありません。光が遮られているようですね」
「やはり闇の精霊が関わっているのでしょうか」
ウンディーネもジッと前を見つめている。
月の光が闇に遮られて月が無くなって見えていたのだ。
しかも、エルメラが精霊の気配を感じている。なら、闇の精霊が深く関わっていてもおかしくない。
「それじゃ、準備をして慎重に船を進めよう」
船はゆっくりと進む。
「……なんだか、一層暗くなってきたね」
後ろを振り向いても、もう星は見えない。
黒い霧の中をかき分けるように船は進む。近くにサラマンダーがいるから、船の上は足元が見えるぐらいには明るいけれど、船の外の様子は全く分からなかった。
ルーシャちゃんが心配そうにつぶやく。
「こんなに闇雲に進んでも大丈夫ですかしら」
確かに座礁でもしたら、わたしたちは動けなくなってしまう。
こんな所に助けなんて来ない。
イオは船首の一番前で先を見つめる。
「せめて、もっと進行方向の視界が良ければいいんだが」
船首に下げられているランプでは、照らす範囲も限られていた。
「そうだ! ホムラ、フォームアロー!」
わたしはホムラを呼び出して、弓に具現化させる。
すると、サラマンダーが顔を寄せて来た。
「どうするつもりであるか、ユメノ」
「うん。サラマンダーの周りは明るいでしょ。つまり、炎なら明るく照らせる。だから、炎の矢を放って周りに何があるか確かめてみるの!」
「なるほど。弓矢なら遠くに飛ばせる。考えたな、ユメノ」
でしょ!と言いながら、わたしはより船の先端に近づき矢をつがえる。
「もっと明るく照らして」
静かに矢に向けて言うと、つがえていた矢が三本になった。一気に解き放つ。
バシュッ
風を切る音がした。白い炎の矢は辺りを照らしながら、より遠くへ。
そして、大きな岩に当たって弾けた。
「あれが月の地面みたい。近づいてみよう!」
再び炎の矢で辺りを照らしながら、わたしたちはゆっくりと船を岩場まで進める。
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