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ウンディーネ編
第130話 過去の過ち
しおりを挟む男の人の話では、群れと言ってもカマキリの風の精霊だということだった。大きさもそんなに大きくなくて、手の平ぐらいのサイズみたい。
「風の精霊がそんなに……」
大したことないじゃないっていうのは、今のわたしの感想。
でも、旅に出る前のエルメラやロオサ村の人々にとっては立派な脅威だ。
おばばが立ち上がる。
「エルメラ、鎮霊の杖を」
「うん」
エルメラは壁にかかっている杖を手に取って、おばばに渡す。
精霊石は透明だ。おばばも精霊を使役していたのは昔の話なのだろう。それで大丈夫なのかなとは思うけれど、おばばは男の人を見上げた。
「案内をするのじゃ」
「こっちです」
男の人が出て行くのにおばばは続いていく。エルメラもその後に続こうとした。
でも、ドアをくぐる前におばばが振り返る。
「エルメラは留守電じゃ」
「え。でも、少しでも精霊を止めた方がいいんじゃ」
確かにエルメラでも言霊を使える。授業の様子を見ていても、村に近づかないように留めることぐらいは出来るだろう。
だけど、おばばの目は厳しい。
「エルメラは選ばれた巫女じゃ。じゃが、まだ精霊と対峙するには早い。ここは大人たちに任せてここで待っておれ」
「……うん」
エルメラが頷くと、ドアが目の前で閉じられた。
エルメラは静かに本を読んで待つ。
だけど、森の様子が気になるのか、窓の外をそわそわとしながら眺めた。
空も薄暗くなっていき、もうすぐ本を一冊読み終わるというときだ。家のドアが大きな音を立てて開かれる。
「エルメラ! 大変だ!!」
村の少年だ。エルメラを見ると、すぐに腕を掴んでくる。
「ど、どうしたの?」
「エルメラの母さんが精霊にやられたんだ!」
「え!」
エルメラが震えるのが分かった。バクバクと心臓が大きく脈打つ。
足がもつれそうになりながら、腕を引かれるまま少年に続く。
やって来たのは村にある一軒の民家だ。慌ただしく人が出入りしていた。
「エルメラ! こっちへ、早く!」
おばさんがエルメラの顔を見て背中を押す。そこでは朝に別れたエルメラのお母さんが横たわっていた。体中に包帯を巻きつけて、苦しそうに息をしている。
「おかあ、さん……」
エルメラが話しかけても、返事はない。
「どうやら、精霊が出たと知らずに森を歩いていたらしい。町に行けばもっといい治療が出来るとは思うが、その頃には……」
手当をしただろう男性が言う。
「そんな……」
わたしが見てもエルメラのお母さんは、助かりそうにない。
そこに立て続けに知らせが入る。
「大変だ! また精霊に襲われた人が!」
「なに!」
ロオサ村は騒然となっていた。やっぱりちゃんとした精霊使いがいないと、人が住んでいるところに精霊が出るって大変なことなんだと実感する。
大人たちは怒鳴るように話し合う。
「軽傷だけど、まだまだけが人は出そうだ!」
「おばばはどうしているんだ!」
「村に入らないように食い止めているけれど、現役じゃないから……」
「俺たちで追い払うしかないのか」
「でも、精霊は森に散っているらしい」
大人たちの様子を見ていたエルメラは、何を思ったのかフラフラと近づいていく。
「お父さん……、お父さんはどうしていますか?」
震える小さな声で尋ねた。
エルメラじゃないけれど、わたしも気になる。
「あ、ああ。フラベルさんなら精霊を追い払うために、おばばと一緒にいるはずだよ。あ! エルメラ!!」
エルメラは民家を出て駆けだした。
怪我をした人たちが道端でしゃがみ込んでいる。その横を通って、裏の森に入っていく。
「お父さん、お父さん……!」
どうやらエルメラはお父さんのことが心配になったようだ。お母さんが酷いことになって、お父さんも同じことになるんじゃないかと思ったのだろう。
――でも、大丈夫かな……。
おばばは家にいろって言っていた。エルメラは精霊使いとして教えを受けていたけれど、ちゃんと通用するのだろうか。
それに森の中は暗い。慣れているエルメラでも、簡単に迷ってしまいそうだ。
「どこにいるの」
でも、エルメラはそれどころじゃない。必死にお父さんやおばばを探している。
「あ!」
森の奥に炎が見えた。きっと、大人が持つ松明の炎だろう。
それを見て、わたしもちょっとだけホッとした。
「お父さ……!」
焦ったせいか、エルメラは木の根に足を取られて転んでしまう。
そのとき、目の前の木の幹に傷がつく。
「え……」
頭上に風が通ったのを感じた。エルメラは背後を振り返る。
キシ、キシキシ……
そこには大きなカマキリがいる。風のオーラを纏っているので、どう見ても風の精霊だ。
「だ、大丈夫」
エルメラはカマキリを見て立ち上がる。
相手は一体。きっとまだ精霊と対峙したことないエルメラでも、何とかなる。
それぐらい、お腹に力が入っていた。
カマキリがエルメラに向けて、鎌を振り上げた。
「鎮まれ! さ迷える精霊よ!」
ちゃんとお腹から声が出ている。声に魂がこもっているのを感じた。
その証拠にカマキリが振り上げていた鎌を下ろす。
「お前があるべき場所に帰るのです!」
わたしは、おお!と感嘆の声を心の中で漏らす。
エルメラの声に応えて、カマキリは羽を広げて飛び去っていく。
「よ、良かった……」
エルメラはへなへなと座り込んだ。さすがに巫女に選ばれただけあって、エルメラは精霊使いとしての素質がありそうだ。
そう思ったときだ。
「エルメラ!!」
わたしも全く気付かなかった。
「え?」
突如、大人の男の人に抱きかかえられる。背中に回した手には血がつく。
「エル、メラ、無事か……」
この声、エルメラのお父さんだ。
お父さんの背中越しには、カマキリが飛びまわっている。
――ああ、確かカマキリはたくさんいるって言っていた。
「お父、さん? ……お父さんッ!!」
エルメラが泣き叫ぶ声が森に響く。
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