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シルフ編
第74話 噂
しおりを挟む「あら。こんな所に滝があるのね。涼しくてちょうどいいわ」
ルーシャちゃんを連れて来た滝のそばのキャンプ地。
そばに水の精霊のカニがうようよいるけれど、あんまりルーシャちゃんは気にしていないみたい。ここに来る前に、違う浮島に寄ったのかもしれない。
辺りはすぐに暗くなってきた。
わたしたちは釣った魚で晩御飯を食べる。
ルーシャちゃんが、おもむろに話し始めた。
「ところで、要塞都市ゲーズでは大変でしたわね。ど素人さんなのに、虹声の巫女だなんて担ぎ上げられて」
「ああ。うん、あのときは大変だったね」
もう随分と前のことを思い出す。
サラマンダーを呼び出されるようになったわたしは、ゲーズの市長に敵国と戦うように仕向けられたんだ。
ルーシャちゃんが、魚の串焼きを振りながら話す。
「あなたがサラマンダーを呼び出して、背中に乗って逃げて行ったなんて滑稽な噂まで立っていましたのよ。そんなこと、あるはずありませんじゃないの。ど素人さんの精霊でそれっぽく見せたのでしょう。でも、戦場からさっさと逃げたのは正解でしたわ」
わたしとイオは顔を見合わせた。
どうやら、あれだけ目撃者がいたけれどサラマンダーが出たというのは、ただの噂話だと思われているようだ。
結構派手にやってやったけれど、あの市長がもみ消したのかもしれない。
それは、別に構わない。
と、そう思っていたんだけど――。
「ユメノは逃げ出したんじゃないよ!」
「エルメラ!」
ルーシャちゃんと再会してから今まで、どこかに隠れていたエルメラが顔を見せた。
「妖精!? な! どこからやって来たのですの?!」
突然目の前に現れたエルメラに、ルーシャちゃんは目を丸くしている。
「ユメノは戦争を止めて、それからノームのところに行ったの。イオと一緒に暴走していたノームだって止めちゃったんだから!」
エルメラはふふんと胸を張った。
だけど、ルーシャちゃんはエルメラに向けて怪しげな目を向ける。
「何を言っていますの、この妖精。ノームは、以前は大人しかったらしいですけれど、今は相当な暴君になっているらしいじゃありませんの。それをど素人さんが止めるなんて」
「ユメノはど素人さんじゃないもん! 声優で、みんなに夢を与える存在なんだから!」
「せいゆう?? この妖精、本当に頭がおかしいんじゃありませんこと?」
「むきーッ!! わたしはエルメラ! 頭おかしくないもん!!」
エルメラは小さな手でポカポカとルーシャちゃんの頭を叩く。
その後も、エルメラとルーシャちゃんとの言い争いが続いた。
結局寝る直前までいがみ合い、わたしはルーシャちゃんにいろいろ聞きたかったけれど聞きそびれてしまった。
朝。霧が出ていて、いつもよりずいぶん寒い。
「それでは次の島に向かおうか」
イオが火の始末をして、わたしを振り返った。わたしも、うんと頷く。
「ど素人さん」
「ユメノ!」
ルーシャちゃんがわたしをど素人さんと呼ぶと、エルメラがすかさず訂正した。
「……ユメノは火の精霊使いだったではありませんこと? 強力な風の精霊でないと、島は渡れませんことよ」
当然の疑問だ。
イオだって土の精霊使い。普通だったら、空を飛ぶなんて出来ない。
「うん。見ていて。サラマンダー、召喚!」
わたしは杖を掲げた。
しかし、精霊石は無反応だ。……分かっている。
「ちょっとサラマンダー! 出てきてよ!」
わたしは精霊石を通してサラマンダーに叫んだ。
「何をしていますの?」
「いいから、黙っていて」
首をかしげるルーシャちゃんに、エルメラが口に指を当てて言う。
「最近おざなりになっているようであるが、吾輩こんな登場の仕方は嫌である。ちゃんと正規の手順を踏んでもらわねば吾輩は出て来ぬ」
「ぐぬぬぬ。分かったわよ! 歌えって言うのね!」
わたしは両手で杖を掴み、マイクのように見立てた。
そして心をこめて歌う。
教えて どうして戦うの
空を見上げれば 星は瞬き、月は輝くのに
争わないで かつての友たちよ
あなたが気づけば 風が吹き、大地は歌う
友よ、答えて どうして憎むの
あなたの心はここにある
一時でもいい 憎しみは忘れて 共に歌いましょう
「綺麗な歌声……」
歌い終わると、ルーシャちゃんがそうつぶやくのが聞こえた。
それと同時に、わたしの目の前の精霊石が燃えるように光だす。
掴んだ杖を天に掲げた。
「サラマンダー、召喚!!」
赤い光が精霊石から飛び出てくる。
ヴォオオオ! と、サラマンダーが力強い咆哮を上げた。
「うむ! では共に行こうぞ、我が友ユメノよ!」
「……虹声の巫女って、ユメノが……本当に?」
サラマンダーの出現にルーシャちゃんは腰を抜かしていた。
どんな大仰な噂か本当は気にはなるけれど、聞くのは止めておくことにする。
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