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シルフ編
第71話 未開の地へ
しおりを挟むノーマレッジの跡地には一日で多くのテントが張られた。
すぐに家は建たないけれど、近くの森から取れる木材はたくさんある。仮の家が建つのもあっという間だろう。
わたしはノーマレッジで着ていた、おへその出ている服ではなく、赤いフードがついたマントを着ていた。イオも口元を隠して、以前からのマントを羽織っている。
テントから離れた場所には町の人々が集まっていた。
「イオお兄ちゃん、気を付けてね」
昨日やっと再会できたのに、ジュリさんと離れ離れになるイオ。
あまりに早い別れだ。わたしはイオの顔を下からのぞき込む。
「ゆっくりしていかなくていいの? せっかく会えたのに」
「ああ。ステラのときに一緒に過ごしたからな。それをジュリも覚えている。それにまた戻ってくるからな」
イオの顔は晴れやかだ。
「ジュリさんのことは、自分にお任せください。お兄さん」
カッツェが前に出て、イオにお辞儀をする。いきなりお兄さんだなんて、改まっているけれど、イオは怒るんじゃないかと思った。
「ああ。任せる」
だけど、イオはカッツェの肩に手を置いて頷くだけだ。
二人ともこれまでの態度と全く違って、わたしは首をひねった。
「妹に変な虫がついて嫌じゃないの?」
「カッツェは変な虫じゃないからな」
「ふーん」
昨日、夜遅くまで三人で話していたみたいだ。カッツェのことを認めているということだろう。
「みなさん」
「ムウさん」
やって来たムウさんの横には花の精霊ミラーもいる。ノームを倒したあと、自分からムウさんの元へ帰っていったのだ。
ムウさんがわたしとイオに頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
わたしたちは顔を見合わせた。
「仕方ないよ。ノームにほとんど操られているような状態だったんだから」
「ああ。ムウが気にしることじゃない」
イオも頷く。
「でも、わたしは彼が本物のノームだと確信すると、ほとんど抵抗しなかったのです。自ら落ちて行ったと言っても過言ではありません」
ムウさんの瞳からはハラハラと涙が落ちた。
わたしたちに謝っても、これでは自分を許せないだろう。
「じゃあさ。わたしたちを見送るとき一曲弾いてよ」
「曲ですか?」
「うん。また旅に出るわたしたちを鼓舞するような。正直、大変そうでやだなぁって思っているんだよね」
すこし茶化して言うと、イオにちょっとだけ睨まれる。
「分かりました。では、皆様の無事を祈って」
たて琴を弾き始めるムウさん。優しくも力強い音が辺りに響いた。
「じゃあ、行ってきます! サラマンダー!」
「うむ! これは吾輩を鼓舞する曲である!」
精霊石の中からサラマンダーが赤い光を放って飛び出てくる。
「行ってきます!」
人々が手を振る中、わたしたちが乗り込むと、サラマンダーは北へと飛び立った。
風に吹かれながら、わたしたちは少しだけしんみりしている。
「結局、三人だけになっちゃったね」
カカとムウさんがいなくなって、旅はわたしとイオとエルメラ、三人だけだ。
「吾輩を忘れていないか、ユメノ」
「わたしも呼ばれれば、いつでも参上します」
そうだったと思い出す。
サラマンダーは首を後ろに向けるし、ノームもイオの精霊石の中から様子を見ているみたいだ。
イオの杖の精霊石は以前よりも濃い黄色になっている。ノームが宿っている証拠だ。
「シルフ。すぐに見つかるといいね、ユメノ」
わたしの肩に乗っているエルメラが言う。
「すぐに見つかったら見つかったで、困らない?」
きっと大変な戦闘があるはずだ。
「でも、サラマンダーとノームまで味方にいるんだよ。この二人がいれば例え四大精霊の王のシルフだって怖くないよ!」
「うーん、そうだね」
わたしは一応頷くけれど、そう簡単に行くのだろうか。
サラマンダーもノームも、どちらも黒い影に憑りつかれていた。もしもシルフもあんな風に強い感情に支配されていたら、どう解決すればいいのだろう。
黒い花のように燃やせばいいっていうならいいけれど――。
「見えて来たぞ。未開の地だ」
イオの言うことに考え事を中断させて、前を向く。
「未開の地って……」
「ああ。浮島だ。大地自体が浮いていて、常人には簡単には進入出来ない」
驚くべきことに、そこにはいくつもの地上から切り離された島がいくつも浮いていた。
これまでマグマだまりや土で出来た巨人を見て来たけれど、これほどの現実離れした景色は見たことがない。
「常人にはって……、人は住んでいるの?」
「まさか。行けるのは精霊使いぐらいだ。それも風の精霊使いじゃないと、あそこまでたどり着けないだろう。俺たちはサラマンダーに乗って行けるがな」
「なるほど」
わたしはイオの荷物を見つめる。だから、やけに量が多いんだ。食料も調達できないし、泊まるところもないなら持参するしかない。
……というか。
人がいない所では、お風呂には入れないし、紙芝居も披露できないじゃない。
わたしはさっそく旅立ったことを後悔していた。
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