声優召喚!

白川ちさと

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ノーム編

第53話 ノーマレッジでの暮らし

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 ムウさんが奉納祭に参加することは、すんなり決まった。わたしとイオの場合は、もう少し芸を磨いてからだという。

「さざ波の音をメロディにして、美しき人魚の姫は歌います」

 だから、物語の合間に歌を入れることにした。

 奉納祭では物語より歌の方が採用されやすいようだ。イオの場合はあまり練習していなかったから、まだまだ上手くなる余地があるそうだ。

「わたしも頑張るね、ユメノ!」

 いつも人魚姫の物語だけでは、観客は飽きてしまう。

 だから、エルメラと一緒に紙芝居をすることにした。この町には芸術家が多い。前に書いた紙を画家さんに持って行って、ちゃんとした絵を描いてもらった。木の枠組みも作ってもらって、本格的な紙芝居屋だ。

「いやー、今日も大盛況だったね」

 夕方になるとカッツェの家に帰る。

 ノーマレッジに来て、一週間が経った。興行は順調だ。

 エルメラがわたしの髪の間から声を掛けてくる。

「これなら、芸人としてやっていけるね」

「ね!」

 やっていけるか不安だったけれど、この町の人たちは優しい。みんな、気のいい人たちばかりで、いつもニコニコ。元の世界ではネットで悪口を言われることもあったけれど、ここでは野次を飛ばされることもない。

 それなら、ずっとこの町にいれば――……、

「って! 何考えているの!?」

 わたしは自分で自分の頬をビンタした。

「ど! どうしたの!? ユメノ!」

 ヒリヒリする頬をさすりながら、本来の目的を思い出す。

「わたしは芸人になるためにこの町に来たわけじゃないのよ。そもそも、わたしは声優!! 元の世界に帰るために、ノームに会わなきゃいけないの! 芸を見てもらうためじゃない!」

 危ない、危ない。

 よく町の人にノーム王に芸を見られることは最高の誉れだとか、ずっとここにいたら幸せになれるよとか、言われ続けるから毒されていた。

 わたしは声優。元の世界に戻って、仕事に戻る。

「よし!」

 エルメラとの紙芝居は楽しいけれど、アニメの仕事での緊迫感とはやっぱり違う。

「どうしたの、ユメノちゃん」

「あ。ステラさん。それにイオ」

 振り返るとステラさんとイオが仲良く並んで歩いてきた。ステラさんは踊り子の衣装ではなく、わたしと同じような普段着を着ている。そんな服を着ていても美人には変わりない。

 イオは毎日のようにステラさんの元を訪ねた。最初はステラさんも戸惑っていたけれど、今では稽古の合間に仲良く散歩する姿を見かける。

 ステラさんがにこやかに話す。

「今日ね。イオさんと川の方へ行ったの。そこで魚を捕まえてもらって、ほら」

 ステラさんが持っている籠の中には、まだ動いている新鮮な魚が三匹ほどいる。

「お父さんとお母さんとわたしの分を採ってくれたの」

 ステラさんにはずっと一緒に住んでいる両親がいた。イオの場合は村が潰されたときに亡くなったというから、やっぱりステラさんはジュリさんではないのだろうか。

「ねっ、イオさん」

 ステラさんは籠を持ったまま、イオの方を振り返った。

 そのとき、足元の道の凹みに足を取られてしまう。

「わっ」

 ステラさんがイオの方にもたれかかり、それをイオが支えた。

「大丈夫か?」

 自然な動作でイオがステラさんの頭を撫でる。まるで恋人にするような仕草。そんなことされたらステラさんの顔が赤くなるのは当然だ。

「えっと。じゃあ、ここで。ありがとう、イオさん」

 頬を染めたステラさんは、イオから離れてぺこりと頭を下げる。

「……いや。また、明日」

 ステラさんとイオは手を振って別れる。兄妹じゃないなら、いい雰囲気と言っていいんじゃないだろうか。

 そこに突然声を掛けられる。

「おい! もう、夜になるぞ!」

 樹木の影からカッツェが出てきた。イオを見張っていたようだ。見張りという名目で、カッツェはステラさんと仲良くするイオを悔しそうにいつも見ている。

 それにしてもと思う。イオも何だか最初の目的を忘れちゃっているようだ。 

 よし、今夜ビシッと言っておこう。




 わたしたちは夕食を食べて、お風呂に入る。その後、わたしの部屋に集まることにした。

 ベッドに立てかけてある杖の精霊石に向けて話す。

「最近、みんな気が緩んでいると思わない? サラマンダー」

「ユメノ。人のことは言えないと吾輩は思うぞ」

 うっ。やっぱり興行に夢中になっているところを見られていたようだ。

「でも、しょうがないよね、ユメノ」

「そう。エルメラは分かっているみたいだけど、声を演じるのは楽しいから、ついつい」

「お主ら忘れておらぬか? ノームの森に入った人間がどうなるか」

「え?」

 ノームの森に入った人間。というかノーム王に挑んだものは、植物人間のようになる。森の外に木と同化した人たちがたくさんいた。

 そのことを思い出すと、また背筋がゾッとする。

「でも、植物になる気配はないよね」

 身体をパタパタと触ってみる。どこにも異常はない。

「うんうん。もしなりそうになっても、ユメノならどうにか出来るし!」

 エルメラも同意する。木が生えてきても火の精霊で焼き払って、妖精の血をほんの少しもらえばいいのだ。

 やれやれといった様子でサラマンダーは息を吐く。

「植物になるだけではない。人が変わったようになってしまうと言っておったではないか。覚えておらぬか」

「あ!!」

 そうだった。前に立ち寄った村の人の聞いた話だと、植物人間になるだけじゃない。人が違う人間みたいに変わると言われていた。

「わたし! いつの間にか、心を変えられていたの!?」

 そうでもないと、わたしが声優の仕事を一瞬でも忘れたりしない。

「じゃあ、イオやムウさんも」

「その心配はいらない」

 声がしたと思ったら、部屋にイオが入ってきた。

「声が大きいぞ。カッツェに聞かれたら困る」

 イオはささやくように注意する。わたしはハッとして自分の口元を塞いだ。

 カカもスヌードの隙間から出てきた。

「イオは目的を忘れてないぞ。町をくまなく探索している。怪しまれないようにステラを連れてな」

 なるほど。川に行っていたのも、町の偵察を兼ねていたんだ。

「でも、ちょっとステラさんといい雰囲気なんじゃない?」

「……そのことなんだが」

 イオはベッドの縁に座って、指を組む。

 その考え込む様子を見ると、やっぱりイオも心を変えられているように思えてしまう。

「ステラはやはりジュリだ」

 イオの言葉にわたしたちは黙る。

「……それってイオの願望なんじゃ」

 そうとしか思えなかった。だけど、イオの瞳は本気の目をしている。

「間違いない。今日、頭に触れた。ジュリにあった古傷と同じ位置にステラにもあった」

「え!!」

 頭に古傷。偶然で同じ位置に出来るものとは思えない。

「その傷は幼いころ二人森で遊んでいて、ジュリが木から落ちたときに出来た傷だ。いつもは髪に隠れていて、傷は触ってみないと分からない」

「もしかして、ずっと触れる機会を伺っていたの?」

 イオはこくりと頷く。

「でも、ステラさんがジュリさんだとして、何でイオのことを忘れているの? 事故のショックとかかな」

「それは森のせいではないのだろうか。心を変えるどころか、記憶まで変えられたと考えるのが自然である。それも、その娘だけではない。町の住民の大半がそうだろう」

 サラマンダーが言うことに納得する。

 この町の人たちは不自然だ。事あるごとにノーム王への感謝を述べて、森が移動しているというのに、ずっと同じ場所で過ごしているように振舞っている。

 その上、なぜか町は美男美女がほとんどで、子供は居ても老人はいない。

 自然に囲まれてはいるが、不自然すぎる街、ノーマレッジ。

「おかしいとは思っていたが……」

 イオも同じことに思い当たったのだろう。

 わたしはグッと拳を握りこむ。

「じゃあ、ここの人たちを解放するためにもノーム王をとっちめないと!」

 きっとイオのように他に家族がいる人がいるはずだ。

 ふと、エルメラがドアの方を見ながら言う。

「ところで、ムウさん来ないね」

 確かに遅い。

 そう思ったときだ。

「おい、貴様! 何をしている!!」

 カッツェの大声が階下から聞こえてきた。

 何事かと、わたしたちはすぐに部屋を出ていく。
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