声優召喚!

白川ちさと

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サラマンダー編

第4話 二人きりの旅立ち

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 固いベッドだけれど、わたしも割とすぐに入眠した。それだけ疲れていたのだ。

「――ノッ! ユメノッ!」

「ううーん。お母さん、あと五分」

「わたしはお母さんじゃない。エルメラよ!」

「あと十分」

「増えているじゃない! もう朝だよ!」

「いたたたたッ! いきなりなに!?」

 痛むおでこを押さえながら、起き上がった。どうやら前髪を思いっきり引っ張られたようだ。生え際がジンジンする。

 目の前にはエルメラが飛んでいた。

「あ! エルメラ! 何するのよ!」

 鼻先をくっつけて文句を叫ぶ。前の晩は姿を消していたのに、出てくるなりこの仕打ちは酷い。

 だけど、エルメラは悪びれるわけでもなく、口に指を当てた。

「しーっ! おばばが起きちゃうよ」

 確かに隣を見ると、おばばが気持ちよく寝ている。

 ベッドの横にあるカーテンの隙間からは、まだ光はさしていない。朝と言っても、まだ夜と言っていい時間帯だ。わたしは布団をかぶり直す。

「寝よう」

「ユメノ、早く元の世界に帰りたいんじゃなかったの?」

 わたしは布団から目だけを出して、エルメラを睨みつけた。

 あんたが無理やり連れて来たくせにと、念を込めて――。

「旅立ちは早い方がいいよ。さぁ、準備しましょう」

「はあ、分かった」

 観念してベッドから出た。台所に置いていた桶でバシャバシャと顔を洗う。

「この中に、荷物とマントがあるよ」

 クローゼットを指さすエルメラ。中を開けると皮袋に紐がついた荷物が置いてあり、フードが付いた赤いマントがかかっている。マントを羽織り、荷物を持つ。

「はい。準備完了」

「え。準備これだけ?」

 旅立つには何とも心もとない軽装だ。

「そうだよ。巫女さまの為に前から準備していたんだから。じゃあ、村を出よう」

 羽のついた背中を見て、わたしはふと思った。

「エルメラ。何か妙に急いでいない?」

「そ、そんなことないよ」

 隠しごとの出来ない妖精だ。そわそわと飛び方がおかしくなった。

「何かあるのー?」

「べ、別に……」

 じーっと見つめると、滝のような汗を流し始めるエルメラ。

「巫女さま」

「そう、巫女さまの言うことは……え?」

 エルメラではない声に、振り向くとおばばが立っていた。ゴソゴソと音を立てていたので、起きてしまうのも無理もない。

「あ、えーと、これからエルメラと旅に出ようかと」

 まだ日も登らない内に旅に出るなんて、夜逃げみたいだと思う。

 しかし、おばばは深く頷く。

「そうですな。旅に出るなら早いに越したことはないでしょう。村の中にはまた精霊が暴走したときの為と言って、引き留めようとする者も出て来るに違いませぬ」

 また精霊が暴走したときの為には巫女には村にいてもらった方がいいと考えるのも無理はない。あれほどの災害が起きたばかりだ。

 それでも早く元の世界に帰るためには、始まりの村にいつまでもいるわけにはいかなかった。

 おばばは、わたしではなくエルメラの方を向く。

「エルメラや。お前に話がある」

 おばばの言う話とは、わたしにじゃなくてエルメラにだったようだ。エルメラはおばばの方へと飛んでいく。

「おばば。私……」

「いまは何も言うまい。ただ、巫女さまを導くことが出来るのはエルメラ。お前ただ一人だけだということを忘れてはならぬぞ」

「……うん!」

 エルメラはおばばの胸に抱きつく。すぐにパッと離れた。エルメラはおばばから全てを教え込まれているのだろう。だから、エルメラが話すと言っていたのだ。

「じゃあ、行こう! ユメノ!」

「うん。行ってきます」

 扉の前に立つと、わたしはおばばに頭を下げた。

「いってらっしゃいませ」

 壁に立てかけていた杖をとって、旅立ちの一歩を踏み出す。





 ランプを手に暗い森の中をエルメラの案内で進む。五分ほど歩くと、整備された道幅の広い道に出てきた。

 わたしは右左とランプを照らす。

「本当に大きな道に出てきた。闇雲に森の中を進んでいたみたいだったのに」

「ロオサの森はわたしの庭みたいなものだもん。街道に出るぐらい簡単よ」

 えっへんと、胸を張るエルメラ。

「それで精霊の王のところに行くんでしょ。どっちに行けばいいの?」

 見たところ、どちらの道も先が見えない。

「ユメノ、いきなり精霊の王のところに行くつもり? 無謀が過ぎるよ。まずは町に行かなきゃ。荷物には最低限のものしか入っていないもの。こっちよ」

 エルメラはピュンと左の方へと飛んでいく。わたしもその後を追って歩き始めた。
村があるなら、もちろん町がある。異世界でもそれは変わらない。荷物の中を見てみたけれど、お金と替えの下着とちょっとの保存食しかなかった。買い物は必要だろう。

 先を飛ぶエルメラに話しかける。

「町までどれぐらい歩くの?」

「そんなに遠くないよ。半日ぐらいかな」

「は、半日!?」

 遠くなくないじゃないと、叫びたかった。そうは言っても、ここは異世界。車なんてあるはずない。

 立ち止まってエルメラを見上げる。

「馬車とかないの?」

 馬なら流石にいるはずだ。

「村の近くはいないよ。町に行ったら乗り合い馬車があるけれど、無駄遣いは出来ないよ。たまたま街道を通れば乗せてもらえるかもしれないけど、そんなことほとんどないよ」

「そっか」

 わたしは観念して歩き出した。千里の道も一歩からとはいうけれど、元の世界に帰るのに千里もかかっていては大変だ。

 この世界を把握するのにも町に行ったら、地図を買わないといけない。それと方位磁石と、暖かい毛糸のパンツが売っているといいだろう。

 飛ぶことに疲れて来たのか、エルメラが杖の先に座って聞いてきた。

「ねぇ、ユメノが言っていた、せいゆうって何?」 

「声優、それはね」

 ふっふっふと思わず笑みが出た。よくぞ聞いてくれた。

「ユ、ユメノ?」

「声優! それは唯一の声のお仕事! 主にアニメのキャラクターに声をつけ、魂を吹き込む。声優なしではアニメはアニメではありえない!」

「あ、あにめ??」

「アニメの他にも映画、CMの声を入れたりもするけどね! でも、やっぱり声優の主戦場はアニメ! わたしがアフレコしたアニメは過去に――」

「ねぇ、ユメノ。あにめとか、しーえむとかなに?? 異世界の言葉?」

 ああ、そうかと納得する。

 こちらにはアニメどころか、テレビさえないのだ。うっかり、忘れて熱弁してしまった。どう説明したらいいだろうかと、顎に手を当てて考える。

「うーん。アニメって言うのは、本に物語が書かれているでしょ?」

「うん」

「それが絵になって、本物みたいに動くの」

「うーん??」

 エルメラはイメージ出来ないようだ。首を大きく傾ける。

「えーと、それで物語の登場人物の言葉を話すのが声優なの」

「昨日、火の精霊に話しかけたような?」

「そう。あれはその一部。ちゃんとキャラにあったセリフがあってそれを話すの」

「ふーん。なんだか簡単な仕事ね」

 わたしは思わず歩みを止めた。

 ――簡単な仕事ですって? 

 こめかみがピクピクと脈を打つ。冷静さを装って、笑みを浮かべる。

「エルメラはアニメを一度も見たこと無いでしょ」

「でも、話すだけなんだよね」

「はーなーすー、だけって言っても、感情の込め方や間の取り方とか? いろいろ技術が必要な訳なのよねぇ」

 落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。相手は異世界のちっちゃな妖精。アニメを見たことも聞いたこともない。そう、まるで赤ちゃん。

 そんな相手に――。

「声を出すのに技術も何もないでしょ」

 ぶつんと何かが頭の中で切れた気がする。

「そこまで言うなら」

「ユメノ?」

「そこまで言うなら、お見せしましょう! 今をときめく実力派声優、星崎夢乃の実力を!!」

 わたしは腹から声を出して、エルメラにぶつけるように言い放った。その勢いにエルメラは座っていた杖からひっくり返る。

「題目は赤ずきんちゃん」

 とっさに出た題目。自分のことを赤いフードにマントで、赤ずきんちゃんみたいだと思っていた。

「赤ずきん??」

 アニメも無いなら語り継がれている物語も当然違うらしい。
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