声優召喚!

白川ちさと

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サラマンダー編

第2話 炎の大蛇

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 滑りそうな石の階段を上がって頭上にある木の扉を開ける。扉の向こう側は外のようで、新鮮な空気がやっと吸える。

 そう思ったが途端、ゴウッと熱風が身体に吹き付けた。

「な、なに!?」

 まさかここは砂漠のど真ん中というわけじゃないだろう。

 思わず腕で顔を覆う。それほど空気が熱かった。

「ち、違う。村が……」

 エルメラの声が震えている。

「村?」

 何とか腕を外して正面を見た。空が赤く照らされている。明らかに夕陽の赤ではない。

 エルメラが悲鳴のような声を上げる。

「村が燃えているのよ!」

 熱さの正体は、燃え上がる炎の熱さだった。


 わたしがいた家は離れた場所にあるようで、まだ燃えていない。木々の向こうにおそらく村があるのだろう。だけど、木々より高く炎が上がっているのが見えた。

 村が燃えていることにも驚いたけれど、それ以上に疑問に思う点がある。

「何か、火が普通じゃなくない?」

 チラチラと空に上がって見える炎が、生き物のように横にうねっているように見えた。普通の炎ならただ上へと、燃え上がっているはずだ。

 エルメラが「うん」と頷く。

「きっと、火の精霊のせい! 急ごう、ユメノ!」

「え、……しょうがないな!」

 わたしは森の中の道を飛んでいくエルメラを追いかけた。


 確かに村は燃えていた。木製の家は焼けて、嫌な匂いが充満している。灰も空気中にたくさん舞っていた。

 煙を吸い込まないように、わたしは袖で口を押える。

「ねぇ、もう手遅れだよ。逃げた方がいい!」

 家々は盛大に燃えていた。ただ燃えているだけではない。

 炎の正体は火の蛇だ。それも一軒の家を燃やしたと思ったら、分裂して増え、家から家へと渡っている。あれがきっと精霊なのだろう。

 逃げ出そうとするわたしをエルメラが引き留める。

「駄目よ。火の精霊を鎮めない限り、炎は消えない。ただの水をかけても消えないから、雨が降ってもずっと燃え続ける」

「なんですって!?」

 水をかけても消えない炎なんて、消火しようがない。

「だから精霊を鎮めないといけないの! 森に燃え移る前に!」

 よく見ると燃えている家の前で、ブツブツ言いながらお祈りをしている人たちがいる。無駄なことをしているように見えるけれど、精霊たちを鎮めようとしているんだ。よく見たら、そこだけ火が弱まっている気もする。

「巫女様! 来てくださったのですね!」

 村人らしい男の人がわたしの元に駆けてきた。

 どうして、一目見ただけでわたしが巫女だと分かるのだろう。スッとエルメラがわたしの頭の後ろに隠れる。わたしを召喚した妖精がそばにいるからかもしれない。
巫女ではないけれど、今はそれどころじゃなかった。

「え、ええと、村の人たちの避難は済んでいるの?」

 とりあえずこれが一番大事だろうと確認する。

 男の人は存外、落ち着いた口調で頷いた。

「はい。かまどの火に精霊が宿ったときに、すぐに村中に川の方へ避難するよう指示を出しました。残っているのは祈祷が出来る者たちだけです」

 祈祷。つまり精霊が鎮まるようにお祈りしているということだ。

 そして、男の人はさも当たり前のように促す。

「さぁ、巫女さま、こちらです」

「ええっ!」

 わたしは背中を押されて、より炎が大きい方へと強引に向かわされた。子供の身体だから抵抗も出来ない。

「ここです! この家のかまどが発生源です!」

 より乾燥した空気。パシパシする目を何とかその家に向ける。

 その家は炎の塊、そのものになっていた。熱量もこれまでの比じゃない。

 壁も柱も既に真っ黒な消し炭になっている。だけど、その家の残骸に巻きつくように、炎の大蛇が鎮座していた。

「む、無理」

 一目見ただけで分かった。

 炎の大蛇はシュロシュロと舌を出し、小さな蛇を分裂させて他の家を焼こうとしていた。完全に火事の元で親玉だ。

 思わず足が後ろへと下がる。しかし、すぐに声がかかった。

「巫女さま、お願いします。おい! あれを!」

 男の人がそう言うと、ローブの裾を引きずった小さなおばあさんがやってくる。腰が大きく曲がり、白い髪で目元が見えない。その手には杖を持っていた。

「巫女さま、これがこの村に伝わる鎮霊の杖でございまする」

 しわがれた声でわたしに杖を渡してきた。木製の杖の先には大きなクリスタルがはめ込まれている。だけど、わたしはその杖を取れなかった。

 これを受け取ったら、自分が巫女だと認めたようなものだからだ。世界を救うなんて重責よりも元の世界に戻って仕事をしたい。そもそも、さっき召喚されてきたばっかりで、何をどうすればいいか分からない。

 焦れたようにエルメラが後ろから小さく耳打ちしてきた。

「ユメノ、受け取って!」

「でも」

「いまはユメノ以外に鎮められる人はいない」

 確かに大蛇のそばでお祈りをしている人はいるが、全く功を奏していなかった。

 どうすればいいかは分からないけれど、わたしは杖を受け取る。

「や、やるだけやってみます」

 すると、ずっと顔を伏せていたおばあさんが顔を上げた。たるんだ瞼に隠れていた眼と眼が合う。

「あなたは……!」

 小さく驚いたような声だ。何を驚いているのだろう。

 ただ尋ねている暇はない。炎の大蛇がシャーと大きな声を上げて火の粉をまき散らしていた。分裂して火の手もどんどん増えている。

 男の人も焦って声を上げる。

「巫女さま! これ以上は!」

「えーい、仕方がない!」

 二歩、三歩と前に出て、わたしは炎の大蛇の正面に立つ。

 肩にはエルメラ。とにかくアドバイスを求める。

「お祈りをすればいいの?」

「そう。だけど、ただ祈るだけじゃない。話しかけて鎮めるの、精霊に」

 エルメラが言うことは何となく分かる。きっと落ち着けと話しかけるのだ。

 わたしは杖をブンブン振りながら、お祈りっぽいことをする。

「火の精霊よ。鎮まり給えー」

 しかし、炎の大蛇は口を開けてシャーッと拒絶する。ゴゥッと火が増した気がした。

「な、何で?」

 エルメラは炎の大蛇を見つめて、真剣な声で言う。

「たぶん言霊になっていないの。もっと感情をこめて!」

「うーん、お願いします! 火の精霊さま、鎮まって!」

 今度は懇願するように話しかけた。早く鎮まってくれないと、熱くてしょうがない。ここに立っているだけで干上がってしまいそうだ。

 それでも火は燃え盛っている。今は村の家々を焼いているけれど、すぐにも森に燃え移りそうだ。そうなったら、もう手を付けられないだろう。

 お祈りは効かない上に、火の粉がバチバチとわたしに襲い掛かってくる。

「キャー! どうして!」

 わたしは半泣きで叫んだ。

 炎の蛇が暴れているせいか、熱風も吹き荒れている。長い髪が風に乱れて邪魔くさかった。

 だくだくと汗を流しているエルメラも叫ぶ。

「言霊を出し続けるの! ユメノしか出来ない!」

 再びシャーッと鳴いた蛇。分裂してきた蛇がわたしの周りへ。

 炎が渦巻く。完全に周りを炎で取り囲まれてしまった。後ろにいたはずの村の人たちも見えなくなっている。

 ――ヤバくない? 私、異世界に召喚されて、すぐに死んじゃうんじゃ……。

 こんな場所で死ぬわけにはいかない。とにかく必死にお祈りする。

「鎮まれ、鎮まれー」

「もっともっと! 感情をこめて!」

「火の精霊さま、お願いしますぅ」

「駄目! もっと!!」

 風に飛ばされそうになるエルメラは、わたしの髪にしがみついて叫ぶ。わたし自身も足を踏ん張るのに精いっぱいだ。

「もっと!」

「もう! もっともっとって、うるさいなぁ!!」

 我慢が出来なくなって大蛇ではなく、耳元のエルメラに叫ぶ。エルメラも負けじと叫び返した。

「だってユメノが頑張らないと、火は消えないの!」

「そのやり方が分からないの!」

「だから言っているじゃない! 言葉に魂を込めるの!!」

 ――言葉に魂を込める。 

 わたしは黙ってある可能性を考えた。もしかしたら行けるかもしれない。

「ユメノ?」

 もう一度、炎の大蛇の方に向き直る。ザクッと土の地面に杖を突き立てて、両手で支えた。

 息を吸ったり、吐いたり。空気は熱いけれど、冷静に息を整える。

 そして、ギッと炎の大蛇を睨みつけた。

「整列!!」

 お腹の底から声を出す。炎が震えた気がする。炎の大蛇がこちらを向いた。

 台本はない。それでも、読み込んでいたセリフは頭の中にある。

 静かに、けれど芯のある声を心掛けた。

「兵たちよ。よくぞ集まってくれた」

「な、なに言っているの、ユメノ」

 エルメラには訳が分からないだろう。わたしにだって分からない。炎の大蛇に語り掛けるようなセリフではない。

 でも、これしか方法が思いつかなかった。

「これから貴殿らは、戦地へと向かってもらう」

 張りと滑舌に気を付けて、わたしは続ける。

 つい、数時間前にオーディションがあった戦う姫君ユーリ。そのセリフだ。

 心なしか炎の大蛇が耳を傾けている気がする。その証拠に、増し続けていた炎の勢いが止まり、陽炎のように揺れているだけだ。

「戦地では予想もつかないことが起きる。隣の友が倒れ、自分自身が傷つくことも多々あるだろう。だが、ひるんだら負けだ!」

 わたしはオーディションを受けるにあたって、発売されているコミックスを全て読みこんだ。そこでユーリの役割、声のイメージ、一つ一つのセリフの意味を出来る限り理解しようと試みた。一番印象的だったのが、戦地に向かう兵たちへの声掛け。中にはまだ新兵の主人公がいる。

 オーディションでは使われなかったけれど、このセリフが一番ユーリを表していると思っていた。

「兵たちよ、ひるまず戦えッ!」

 気合を込めて、言い放つ。

 すると、目の前の炎の大蛇が震えだした。村の家に燃え移っていた火が、炎の大蛇の元に集まってきた。

「これは」

 エルメラも、驚いたようにその様子を凝視している。

 分裂していた炎が消え、炎の大蛇だけになった。さらに炎の大蛇自身も、そのまま小さくなっていく。

 キーンと高音を立てて、透明な手の平サイズの球に大蛇ではなくなった火の蛇は、閉じ込められた。

 その球へとエルメラが飛んでいく。

「ユメノ! 名前を付けて!」

「な、名前?」

「何でもいいから! 早くしないと消えちゃう!」

 確かに球はサラサラと砂のように解けて、空気に溶けていこうとしている。

「え、えーと、名前はホムラ!」

 炎の読み方を変えてホムラ。我ながら安直なネーミングだ。

 それでも伝わったのか、透明の球はヒュンとわたしの方へと向かってきた。

「わ!」

 球体は持っていた杖のクリスタルに吸い込まれる。見つめてみると、透明のクリスタルの中に小さな赤い光が漂っていた。

「やったね、ユメノ! これで火の精霊を使役することが出来るよ」

「はー、よ、よかったぁ」

 わたしは杖にすがって、へなへなと地面に座り込んだ。村の火はあれだけ派手に燃えていたのに全て鎮火している。残り火すらなさそうだ。

 本当に精霊の力だったのだと実感した。

 エルメラが目の前に飛んできて、興奮したように顔を近づけて来る。

「よくあんな声が出たね! まるで違う人が乗り移ったみたい! ユメノの世界ではあれが言霊の出し方なの?」

 エルメラが首を捻る。

 当然だけど、こちらの世界にはアニメや映画はないようだ。村の様子を見たら、電気も通っていないことは一目瞭然。

 息を吐いて立ち上がる。熱かった空気は冷めて、呼吸もしやすい。

「あれは声優の技術」

「せいゆう?」

 精霊を鎮めることが出来たわたしは大きく胸を張る。

「そう。言葉に魂を込めること。それは声優の絶対的領域なの!」


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