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19.菜摘とシャワー 1

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「優希さん、大変なことが起こりました」

 放課後、俺の部屋に来るなりそう言うが、俺の目には塵ほども大変そうには見えない。
 二人並んでソファーに座り、菜摘用に冷蔵庫にストックしてあるいちごオレを渡すと、ストローでちゅーっと一口飲んだ。

「何があったんだ? その様子からすると全然大した事なさそうだが……」
「あ~まぁ、私にとっては大した事ないですが、優希さんにとっては大したことあるかもしれませんよ? とりあえず一つ目は、友達に彼氏がいることと、エッチしたのがバレました」

 一つ目ってことはもう一つ以上あるのか。

「バレた原因はやっぱりアレか?」

 怪我しているわけでもないのにあの歩き方はやっぱり不自然だからな。同じことを経験した女子ならわかるか。

「はい、彼氏が誰なのかは言っていませんから大丈夫ですよ。他のクラスの人だとは言いましたが……言った方が良かったですか?」
「いや、それをされたら俺の平穏な学校生活が終わりを告げる」
「む~私としては学校でもいちゃいちゃしたいのですが……」

 菜摘の言うこともわかるが、普段から目立たない普通の生徒である俺が、いきなり菜摘が彼氏になったなんてことが知られたら、それだけで大変なことになるだろう。

「穂香さんも一緒に三人でいちゃいちゃすればいいじゃないですか……もちろん学校で」
「ちょっと待て。そんな事したら、多分俺は刺されるぞ」

 三人で腕を組みながら校内を歩く姿を想像してみる――むむっ、悪くない。だが、そんなことをすれば俺は一躍有名人だな。色んな意味で。
 そして、二人のファンクラブ連中がどう動くかわからないから怖いな。

「今、ちょっと悪い顔していましたよ? 優希さんもしてみたいんじゃないですか……私はいつでも大歓迎です。あ、でも、エッチなことは、優希さん以外の男性に見られるのは絶対に嫌なのでダメですよ」

 おっと、妄想が表情に出てしまっていたようだ。
 まぁ、俺も菜摘や穂香のそういう姿を他人に見せるなんてことはしたくないからな。

「興味はあるが、その後に起こることを想像すると……難しいな。ほぼ全ての男子生徒を敵にまわすことになりそうだしな。エロい事に関しては同感だ。他の奴らに見せるなんてとんでもない。ところで、もう一つは?」
「もう一つはですね……お母さんにもバレました」
「え?」
「昨日、夕食に赤飯が出てきて……何かあったのか聞いたら、逆に聞かれました。一昨日に何も言われなかったので、バレていないと思ったのですが……お父さんは何の事かも知らないままです。ただ、お母さんが優希さんに会いたがっているので、近いうちに来てください」

 なるほど、娘のことはしっかり見ているんだな。会いに行くのはいいが、緊張するな。

「それは別にいいが……」
「大丈夫です。怒ったりしているわけではなくて、むしろ歓迎してくれていますし……それに、そのまま髪を切ってもらえばいいですから」
「は? どういうことだ?」
「私のお母さん、美容院やっているのですよ。なので、その髪……そろそろ切りませんか?」
「お、おう……そうだな……でもなぁ……」

 俺はどこにでもいそうな感じで目立たないような髪型を選んで、前髪も目が隠れるくらいには長めにしてある。

「いいじゃないですか、ぼっちでいるならそういう適当な感じでもいいですが、穂香さんみたいな美人と一緒に歩いたりするなら……そんなモブキャラみたいな髪だと逆に目立ちますよ?」

 ぼっちなわけではないが、適当な髪型なのは本当だし、確かに菜摘や穂香と一緒に並んで歩くなら整っていた方が自然だな。正論過ぎて何も反論できない。しかし、モブキャラと言われてしまうとは思わなかった。

「そうか、そうだな……わかったよ。ああ、そうか……それでか……」
「ん? 何かありましたか?」
「いや、お前、昨日髪切っただろ?」

 隣に座る菜摘の髪の毛を触りながら聞いてみる。少しくすぐったそうにしていたが、俺の言ったことに驚きの表情を見せた。

「よくわかりましたね? 数ミリくらいしか変わっていないはずなのですが……」
「先週も切ったんじゃないのか?」
「……正解です。そんな細かいところに気付いていたのは驚きですが、気付いていたなら言ってくれればよかったじゃないですか……そういう事に気付いてくれるのは嬉しいのですよ」
「そうなのか? まぁ、何となくだったからな……」

 菜摘と仲良くなってから、何か違和感があると思っていた時があった。普通ならそんな細かい単位でカットするために美容院なんて行かないだろうと思っていたが、親が美容院やっているなら納得だ。

「はい、次からは言ってくださいね。あ、もちろん、穂香さんにも言ってあげてくださいね。きっと喜びます」
「ああ、わかったよ」
「ところで、優希さんの髪を切りに行く日ですが、明日にしましょう。こういうのは早い方がいいですから」
「え?また、急だな……」
「はい、ホントは今日でも良かったのですが、今日は別の用事がありますからね……」

 ペロッと舌を出しながら微笑む菜摘が可愛くて、そのまま抱き寄せようとするが、珍しく腕を伸ばして拒否してきた。

「待ってください……今日は体育で結構汗をかいたので、先にシャワー浴びたいです」
「あ、そうか。じゃあ、菜摘が先に浴びるか?」
「何言っているのですか……時間が勿体ないので、一緒に浴びましょう。ついでに私が身体を洗ってあげますから」
「よし、わかった、任せろ」

 この菜摘の申し出を断る理由など何一つない。菜摘が洗ってくれるという事は、俺も洗ってあげてもいいだろう。そして、菜摘と一緒に風呂に入って、ただ一緒にシャワーを浴びて身体を洗うだけで終わるはずもない。

「じゃあ、菜摘は先に行っていてくれ」

 俺はそう言うと、寝室へゴムを取りに向かう。

「あ、ちゃんとわかっているじゃないですか……ふふっ、楽しみです」

 俺が寝室へ向かった目的を理解した菜摘の声が背中に聞こえた。
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