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第二十四話

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 フォカロルの起こした嵐は一層強くなり、やがてアスモダイの毒霧を完全にかき消した。そして二つの嵐は消え去った。

「やった……! フォカロルさん……!」

 しかしフォカロルの嵐が消えたということは、彼の存在もこの世から消えていったということだ。
 だが悲しんでいる時間はない。
 半人半蠍のアスモダイは動かない。だってそうだ、まだアスモダイの召喚した魔族が数えきれないほどいる。アスモダイが小指の先も動かさなくたっていいのだ。
 フォカロルの死を無駄にできない。
 ドームに近付くA級魔族を片っ端から斬り捨てる。
 ディヒトバイと繋がっている。それが強大な魔族すら殺す力をくれている。
 自分はドームを守る。
 だからディヒトバイがアスモダイを殺してくれれば、それで――。

「どいつもこいつも雑魚だな」

 アスモダイは言った。

「だがフォカロルは雑魚の癖に根性見せたじゃねえか。本気には本気で挑むのが礼儀ってもんだ。俺の本当の姿を見せてやるよ」

 今、何と言った。
 本気で挑む? 本当の姿?
 嫌な予感がする。
 アスモダイの体が内側から燃えていく。火事のように炎が燃え盛り、黒煙が上がる。炭になった体を内側から食い破るようにそれは姿を現した。
 血に濡れ、それを燃料とするように燃え盛る毛皮を持った山羊。その手には血塗られた斧を持っている。

「この身は原初の炎を纏いし凶悪なる憤怒、色欲の化身、全てを破壊せし者、アエーシュモー・ダエーワ! 倒せるもんならやってみやがれ!」

 そして、アスモダイの体が燃えた黒い煙が空を覆い、辺り一面に火の雨が降る。
 フォカロルの守りがないドームに火が降り注ぐ。
 逃げ遅れた人に火が燃え移り、耳をつんざくような悲鳴が上がる。人は瞬く間に消し炭になった。
 ドームには魔族が押しかけ、外壁を崩そうとしている。
 こちらの岩肌に覆われた地上も火に包まれ、体が熱で溶けそうだ。

「いけない……!」

 アスモダイを倒すべきか、ドームの守りを優先すべきか。
 しかし、この炎が容易く破れるとは思えない。
 そう逡巡したときだった。

『迷うな! 進め!』

 無線機から響く聞き覚えのない声。しかし、その声は力強く自分たちに語りかけてくる。
 声のしたほうを見ると、崩れかかっている軍本部の天辺に一人の男が立っていた。
 その姿には見覚えがあった。黒い隊服に身を包み、腰までの黒い髪を後ろに撫でつけている。その手には紫色に光る刀を握っていた。

『お前、グロザーか⁉』

 アカートの驚く声がする。
 そうだ。グロザー・ヴォローニン。地下の実験室の奥でずっと眠り続けていた男。人類最強に近かった男。

『最後に残った忌々しい悪魔め! 俺はお前に一太刀浴びせるためだけにずっと眠っていた! フォカロルと俺の力、見るがいい!』

 グロザーは高らかに宣言すると刀を大上段から降り下ろした。刀から紫の雷光が解き放たれる。
 その雷光は轟音と共に真っ直ぐに走り、射線上にいた魔族と炎を薙ぎ払う。
 それだけに留まらず、アスモダイの周囲を覆う炎すら二つに割ってみせた。

『今を逃すな! 行け! お前たち!』
『後ろは俺たちに任せろ!』

 兼景の声も後押しする。

「わかりました!」

 グロザーの作った道をアスモダイに向けて走る。そこにディヒトバイも合流してきた。

「行くぞ、千樫!」
「はい、ディヒトさん!」

 互いに目で合図し、アスモダイの下に向かった。
 自分たちのすぐ後ろから炎は再び燃え盛っている。それから逃げるようにアスモダイに駆け寄る。
 そしてアスモダイの正面に立ち、対峙した。

「どいつもこいつも愛だの何だのくっだらねえ!」

 アスモダイは苛立ち交じりに叫んだ。

「そんなもん血を残す本能が見せた幻だ! 何の意味もねえ! 本能遺伝子の見せた勘違いだ! そんなもんを有難がって、縋って、哀れでたまんねえよ、お前たち人間って奴は!」

 アスモダイは怒りに任せて両手に持った斧を振るう。

「夢だから綺麗なんだ! 夢があるから俺たちは前に進める!」

 俺は斧を避けて跳び、アスモダイの右腕を斬り落とした。

「一人じゃねえ、共に歩む人がいるからどんな絶望にも立ち向かっていける! 愛する人を守るためなら何だってできる!」

 ディヒトバイも高く跳躍し、アスモダイの左手を両断する。

「てめえ、ら……!」

 両腕を失くしたアスモダイは残った口で俺たちを食おうとする。
 しかし、アスモダイがどんなに俺たちを殺そうとしても、俺たちには及ばない。

「アスモダイ、お前はこの世界のルールを勘違いしている!」
「何だと?」
「この世界の人間は運命の番と惹かれ合う本能がある! お前たち悪魔が持ち込んだ思念の力、それが本能に近いほど増すというのなら、俺たち運命の番がお前に負ける道理はない!」

 着地した俺たちはアスモダイの前に立ち、一本の刀を二人で持った。
 これが最後だ。

「俺たちは守る!」
「愛する人のいる世界を!」

 刀を構える。
 赤と青の光が螺旋となって、長い光の刀身を作り上げる。

「そこに悪魔はいらねえ!」
「終わりだ、アスモダイ!」

 刀を降り下ろし、アスモダイの体を真っ二つに両断した。
 アスモダイは断末魔も上げることなく、体は泥となって崩れ落ちた。
 空を覆っていた黒い煙も消え、夜空には月の光が輝いている。

「やった……」
「やったな、俺たち」

 全力を出し切って疲れ果てた俺たちは、立っていることもできずに地面に崩れ落ちた。
 しかし、そんな無防備な姿を晒しても襲い掛かるものはない。

『おい、お前らやったぞ! 本当に悪魔を倒して世界を救いやがったな!』

 無線機からアカートの喜ぶ声が聞こえる。
 世界を救ったのか。俺が。俺たちが。
 アカートが無線でごちゃごちゃ言っているのが耳障りで、無線を切った。
 静かな、静かな終わりだった。

「なあ、千樫」

 しんみりとした様子でディヒトバイが俺の名を呼んだ。

「何ですか、ディヒトさん」
「……あの日、あの時、お前に会えなかったらこの勝利はなかった。ありがとうな」
「違いますよ。この世界はディヒトさんと俺で救う運命だったんです」
「そうか。運命、か」

 どこか満足げにディヒトバイは言った。
 そこで全力を出し切った俺の意識は途切れた。
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