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第九話
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目障りな魔族を斬り捨て、地面に降りる。
薬が残っているせいか着地に失敗して少しよろけた。
しかし戦えないほどではない。
ブーストが残っている間に魔族を倒す。
ドームに近い奴から片付ける。そう周囲を睨んだときだった。
ザっと耳元の通信機からノイズが入る。
その音に体が戦慄する。
アスモダイとのときも、通信機から聞こえた音で体が動かなくなった。
また俺は負けるのか。
一瞬でそこまで思考が及ぶ。心が折れかける。
『今のはディヒトか⁉ 大丈夫なのか!』
やがて聞こえてきたイングヴァルのものだった。
ただのノイズだ、と息を吐く。
大丈夫だ。俺はやれる。そう言い聞かせる。
「すまねえ、待たせたな」
『謝るのはこっちだ。魔族を止められなかった』
「起きたことはどうしようもねえ。ドームに近い奴から倒す。他の奴らの足止めを頼めるか」
『わかった。聞いていたか、ラザロ、レオニード、兼景! ディヒトのサポートが最優先だ! A級は僕らが足止めする、ラザロはディヒトに雑魚を近寄らせるな!』
ラザロはイングヴァルの副官だ。今は魔族と戦っているイングヴァルに代わって指揮を執っているのだろう。了解、とラザロの声が聞こえる。
さっき空中にいる間に魔族の位置を確認した。
今は十四時三十五分。残り五十二分でタイマーをかける。
五十二分もあるのか、五十二分しかないのか。
考えても仕方がない。
地面には下級のグリフォンがひしめいている。
それらを避けるように大きく跳躍した。
蝿のように空を飛ぶグリフォンを斬りながら、今まさにドームに近付こうとしているA級魔族に辿り着く。
近寄ると青い光の太刀筋が見える。イングヴァルだ。
イングヴァルは単独でA級魔族討伐の実績があるが、一匹の魔族と長時間戦った末のものだ。今回のように複数の魔族がいる場合では足止めが精一杯だろう。
イングヴァルが相手をしている魔族には幾筋もの傷がある。しかし、魔族は中途半端な切り傷はすぐに再生してしまう。イングヴァルが苦戦しているのもそれだ。
魔族、悪魔は一太刀で弱点――頭上の紋章を両断しないと倒せない。それは規格外じみた大きさ故に難しい。
半端な思念では身体能力、刀の切れ味が足りずに頭上の紋章まで至れない。そして、最も硬いのが紋章だ。これを斬れるのは一握りの人間しかいない。余程の思念がなければA級魔族は倒せない。
大抵のものはその巨大さに恐怖する。そこで心が折れてしまう。
それを踏み越え、何に代えても魔族を殺す。その思念がないと傷をつけることすらできない。
タイミングを見計らって再び大きく跳躍する。
そして、丁度軌道に飛び込んできたグリフォンを踏み台に更に高く飛び上がる。
巨大なグリフォンの頭上を取った。最早紋章を守るものは何もない。
それに気付いたグリフォンは翼を羽ばたかせて地面から飛び立とうとする。
『させるか!』
イングヴァルが叫ぶと同時に翼を切り落とした。落ちた翼は泥になって地面に広がる。
邪魔するものは何もない。
グリフォンの頭上の紋章、紫色の光を放つそれを叩き切った。
ガラスが割れるような音を立てて紋章は砕け散り、グリフォンは紫色の泥となって崩れ落ちる。
鎮静剤が効いていてもA級魔族は倒せる。そのことに安堵した。
『助かった! 次も頼めるか!』
「ああ、そのために来た」
『僕は軍本部を守る、残りのA級は頼んだ!』
「了解」
落下する最中、次の標的を確認する。
ドームから二百メートルほど離れた場所にA級魔族。
紅色と水色の光が見える。レオニードと兼景だ。
身を翻して空を飛んでいたグリフォンの背に着地しようとする。
しかし体が思ったように動かず空振りし、無様に地面に転がった。受け身を取ったからダメージはないものの、体が言うことを聞かないのは苛々する。
地上のグリフォンが俺めがけて襲い掛かってくる。
態勢を整えて斬り捨てる。その後からまたグリフォンが続けざまに押し寄せる。キリがない。
『少佐! 砲撃を行います、その場に伏せてください!』
そう通信が入り、俺は間合いの中にいるグリフォンを片付けてからその場に伏せ、耳を塞いだ。
獣の吠えるような火薬の爆発する音が響く。
軍本部の外壁から綿密に計算されて放たれた榴弾は俺の周囲三十メートルに二発着弾、高熱の爆風を呼び起こし、弾殻の金属片を辺りに撒き散らした。
榴弾の与える破片効果では魔族を倒すに至らないが、足止めすることはできる。俺の周囲の魔族は爆風と破片に薙ぎ倒されて体勢を崩していた。
今のうちだ。
丁度翼を羽ばたかせて空に飛び上がろうとするグリフォンがいたので、その背に飛び乗った。
そして先程と同じように、空中を飛ぶグリフォンを足場にしながら移動する。
体は言うことを聞かないが、鈍った体の御し方はわかってきた。
何回かの跳躍で次の魔族の下に辿り着く。
レオニードと兼景がグリフォンの足に攻撃を仕掛けていた。この魔族もまた頭上から刃を叩きつける。紋章は真っ二つに切り裂かれた。
『教官!』
嬉しさの混じったような二人の声が聞こえる。
「レオニード、兼景、軍本部の防衛に戻れ。あとは俺が始末する」
『俺たちにでけえのやらせてくれねえんですか⁉』
レオニードが不満そうな声を漏らす。いつものことだ。
『お一人で大丈夫ですか?』
兼景が心配そうに尋ねてくる。
目視できるA級魔族はあと三体。それらを一人で倒せるのかと聞いているのだ。
「俺の心配よりドームの心配をしろ。ドームをやられたら取り返しのつかねえことになるぞ」
『了解です、ご武運を』
『無事に戻ってきてくださいよ!』
そう言って二人は地面に着地すると、下級魔族を蹴散らしながら軍本部のほうに向かっていった。
俺も大人しく地面に着地する。
新たな餌を見つけた下級魔族が群がってくるのを一閃する。
A級魔族を殺すのに問題はないが、体がまだ思うように動かない。
それは微かな違和感レベルのものだったが言いようのない不快感がある。まるで自分の体ではないような感覚だ。
しかしそれでも目の前の魔族を片付けなくてはならない。
その時だった。
急に空が夜のように暗くなる。
まさか。
南方の空を見上げると巨大な紋章が空に映し出されていた。
『非常に強力な魔力反応――悪魔です!』
悪魔。
俺に地獄を見せた存在。畏怖すべきもの。人類に向けられた殺戮装置。
それがまた俺の前に立ち塞がるというのか。
空に浮かぶ紋章から、三百メートルもあろう大きさの翼持つライオンが地に降り立った。
地に降り立つと、この世の終わりを告げる喇叭のような地響きと、立てなくなるほどの地面の揺れが襲ってくる。
何とか体勢を立て直してそれを見上げる。
ライオンの姿をとった悪魔は、一歩歩く度に地面を揺らしながらドームに近付いている。まるで山が動いているかのようだ。
これが悪魔のスケール。今までの数十メートルのA級魔族を相手にしていたのが子供のお遊戯会に見える。
『フォカロルからの情報来ました! 対象はヴァプラ、位階は公爵!』
「っ……!」
悪魔がそこにいるだけで生じる魔力の渦に酔う。その味はあの地獄を思い出させる。
どっと脂汗が吹き出し、体が震えそうになる。ここから逃げ出してしまいたくなる。
駄目だ。
ここで逃げることはできない。
俺は英雄だから。人類で最強と呼ばれた男だから。
逃げたら皆が俺を詰るだろう。
どうして助けてくれなかった。
お前のせいだ。
責めながら石を投げつけるだろう。
だから、俺は何があっても悪魔と戦わなくてはならなかった。
それが、それだけが俺の生きる理由。
前に進み続けることだけが俺に許された生き方。
たった一歩でも踏み違えば死ぬ。
紫光を放つ悪魔の目が俺を見据える。その瞬間、まるで笑ったかのように目を細めた。
その目が俺を貶めたアスモダイを思い出させて吐き気がした。消化器官が動いていれば胃液でも吐いていただろう。
悪魔は眩しい紫の光を放ち、やがて人の形に収束していく。
人型になるつもりか――!
俺が過去に倒した悪魔、サブナックとアロケルは人型になる前に倒した。
それが今人型になって密度と強度を増した今、ブーストがあっても勝てるかどうか。
「違う……!」
勝てるかどうかではない。やるしかないのだ。
「っ……、は、ぁ……っ」
プレッシャーと恐怖で呼吸が荒くなる。
ヴァプラは百メートル程度先に降り立った。
魔力で編まれた紫に光る金属の鎧を纏い、手には戦斧を持っている。
「君かい。人類最強、悪魔殺しの英雄とは」
ヴァプラは俺を見据えて問いかけた。
薬が残っているせいか着地に失敗して少しよろけた。
しかし戦えないほどではない。
ブーストが残っている間に魔族を倒す。
ドームに近い奴から片付ける。そう周囲を睨んだときだった。
ザっと耳元の通信機からノイズが入る。
その音に体が戦慄する。
アスモダイとのときも、通信機から聞こえた音で体が動かなくなった。
また俺は負けるのか。
一瞬でそこまで思考が及ぶ。心が折れかける。
『今のはディヒトか⁉ 大丈夫なのか!』
やがて聞こえてきたイングヴァルのものだった。
ただのノイズだ、と息を吐く。
大丈夫だ。俺はやれる。そう言い聞かせる。
「すまねえ、待たせたな」
『謝るのはこっちだ。魔族を止められなかった』
「起きたことはどうしようもねえ。ドームに近い奴から倒す。他の奴らの足止めを頼めるか」
『わかった。聞いていたか、ラザロ、レオニード、兼景! ディヒトのサポートが最優先だ! A級は僕らが足止めする、ラザロはディヒトに雑魚を近寄らせるな!』
ラザロはイングヴァルの副官だ。今は魔族と戦っているイングヴァルに代わって指揮を執っているのだろう。了解、とラザロの声が聞こえる。
さっき空中にいる間に魔族の位置を確認した。
今は十四時三十五分。残り五十二分でタイマーをかける。
五十二分もあるのか、五十二分しかないのか。
考えても仕方がない。
地面には下級のグリフォンがひしめいている。
それらを避けるように大きく跳躍した。
蝿のように空を飛ぶグリフォンを斬りながら、今まさにドームに近付こうとしているA級魔族に辿り着く。
近寄ると青い光の太刀筋が見える。イングヴァルだ。
イングヴァルは単独でA級魔族討伐の実績があるが、一匹の魔族と長時間戦った末のものだ。今回のように複数の魔族がいる場合では足止めが精一杯だろう。
イングヴァルが相手をしている魔族には幾筋もの傷がある。しかし、魔族は中途半端な切り傷はすぐに再生してしまう。イングヴァルが苦戦しているのもそれだ。
魔族、悪魔は一太刀で弱点――頭上の紋章を両断しないと倒せない。それは規格外じみた大きさ故に難しい。
半端な思念では身体能力、刀の切れ味が足りずに頭上の紋章まで至れない。そして、最も硬いのが紋章だ。これを斬れるのは一握りの人間しかいない。余程の思念がなければA級魔族は倒せない。
大抵のものはその巨大さに恐怖する。そこで心が折れてしまう。
それを踏み越え、何に代えても魔族を殺す。その思念がないと傷をつけることすらできない。
タイミングを見計らって再び大きく跳躍する。
そして、丁度軌道に飛び込んできたグリフォンを踏み台に更に高く飛び上がる。
巨大なグリフォンの頭上を取った。最早紋章を守るものは何もない。
それに気付いたグリフォンは翼を羽ばたかせて地面から飛び立とうとする。
『させるか!』
イングヴァルが叫ぶと同時に翼を切り落とした。落ちた翼は泥になって地面に広がる。
邪魔するものは何もない。
グリフォンの頭上の紋章、紫色の光を放つそれを叩き切った。
ガラスが割れるような音を立てて紋章は砕け散り、グリフォンは紫色の泥となって崩れ落ちる。
鎮静剤が効いていてもA級魔族は倒せる。そのことに安堵した。
『助かった! 次も頼めるか!』
「ああ、そのために来た」
『僕は軍本部を守る、残りのA級は頼んだ!』
「了解」
落下する最中、次の標的を確認する。
ドームから二百メートルほど離れた場所にA級魔族。
紅色と水色の光が見える。レオニードと兼景だ。
身を翻して空を飛んでいたグリフォンの背に着地しようとする。
しかし体が思ったように動かず空振りし、無様に地面に転がった。受け身を取ったからダメージはないものの、体が言うことを聞かないのは苛々する。
地上のグリフォンが俺めがけて襲い掛かってくる。
態勢を整えて斬り捨てる。その後からまたグリフォンが続けざまに押し寄せる。キリがない。
『少佐! 砲撃を行います、その場に伏せてください!』
そう通信が入り、俺は間合いの中にいるグリフォンを片付けてからその場に伏せ、耳を塞いだ。
獣の吠えるような火薬の爆発する音が響く。
軍本部の外壁から綿密に計算されて放たれた榴弾は俺の周囲三十メートルに二発着弾、高熱の爆風を呼び起こし、弾殻の金属片を辺りに撒き散らした。
榴弾の与える破片効果では魔族を倒すに至らないが、足止めすることはできる。俺の周囲の魔族は爆風と破片に薙ぎ倒されて体勢を崩していた。
今のうちだ。
丁度翼を羽ばたかせて空に飛び上がろうとするグリフォンがいたので、その背に飛び乗った。
そして先程と同じように、空中を飛ぶグリフォンを足場にしながら移動する。
体は言うことを聞かないが、鈍った体の御し方はわかってきた。
何回かの跳躍で次の魔族の下に辿り着く。
レオニードと兼景がグリフォンの足に攻撃を仕掛けていた。この魔族もまた頭上から刃を叩きつける。紋章は真っ二つに切り裂かれた。
『教官!』
嬉しさの混じったような二人の声が聞こえる。
「レオニード、兼景、軍本部の防衛に戻れ。あとは俺が始末する」
『俺たちにでけえのやらせてくれねえんですか⁉』
レオニードが不満そうな声を漏らす。いつものことだ。
『お一人で大丈夫ですか?』
兼景が心配そうに尋ねてくる。
目視できるA級魔族はあと三体。それらを一人で倒せるのかと聞いているのだ。
「俺の心配よりドームの心配をしろ。ドームをやられたら取り返しのつかねえことになるぞ」
『了解です、ご武運を』
『無事に戻ってきてくださいよ!』
そう言って二人は地面に着地すると、下級魔族を蹴散らしながら軍本部のほうに向かっていった。
俺も大人しく地面に着地する。
新たな餌を見つけた下級魔族が群がってくるのを一閃する。
A級魔族を殺すのに問題はないが、体がまだ思うように動かない。
それは微かな違和感レベルのものだったが言いようのない不快感がある。まるで自分の体ではないような感覚だ。
しかしそれでも目の前の魔族を片付けなくてはならない。
その時だった。
急に空が夜のように暗くなる。
まさか。
南方の空を見上げると巨大な紋章が空に映し出されていた。
『非常に強力な魔力反応――悪魔です!』
悪魔。
俺に地獄を見せた存在。畏怖すべきもの。人類に向けられた殺戮装置。
それがまた俺の前に立ち塞がるというのか。
空に浮かぶ紋章から、三百メートルもあろう大きさの翼持つライオンが地に降り立った。
地に降り立つと、この世の終わりを告げる喇叭のような地響きと、立てなくなるほどの地面の揺れが襲ってくる。
何とか体勢を立て直してそれを見上げる。
ライオンの姿をとった悪魔は、一歩歩く度に地面を揺らしながらドームに近付いている。まるで山が動いているかのようだ。
これが悪魔のスケール。今までの数十メートルのA級魔族を相手にしていたのが子供のお遊戯会に見える。
『フォカロルからの情報来ました! 対象はヴァプラ、位階は公爵!』
「っ……!」
悪魔がそこにいるだけで生じる魔力の渦に酔う。その味はあの地獄を思い出させる。
どっと脂汗が吹き出し、体が震えそうになる。ここから逃げ出してしまいたくなる。
駄目だ。
ここで逃げることはできない。
俺は英雄だから。人類で最強と呼ばれた男だから。
逃げたら皆が俺を詰るだろう。
どうして助けてくれなかった。
お前のせいだ。
責めながら石を投げつけるだろう。
だから、俺は何があっても悪魔と戦わなくてはならなかった。
それが、それだけが俺の生きる理由。
前に進み続けることだけが俺に許された生き方。
たった一歩でも踏み違えば死ぬ。
紫光を放つ悪魔の目が俺を見据える。その瞬間、まるで笑ったかのように目を細めた。
その目が俺を貶めたアスモダイを思い出させて吐き気がした。消化器官が動いていれば胃液でも吐いていただろう。
悪魔は眩しい紫の光を放ち、やがて人の形に収束していく。
人型になるつもりか――!
俺が過去に倒した悪魔、サブナックとアロケルは人型になる前に倒した。
それが今人型になって密度と強度を増した今、ブーストがあっても勝てるかどうか。
「違う……!」
勝てるかどうかではない。やるしかないのだ。
「っ……、は、ぁ……っ」
プレッシャーと恐怖で呼吸が荒くなる。
ヴァプラは百メートル程度先に降り立った。
魔力で編まれた紫に光る金属の鎧を纏い、手には戦斧を持っている。
「君かい。人類最強、悪魔殺しの英雄とは」
ヴァプラは俺を見据えて問いかけた。
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