上 下
22 / 132
ようこそ異世界へ

やっぱりお風呂は気持ちいいですね

しおりを挟む
宿屋「クマの手」に迎えに来ていた馬車に乗った俺は、10メートル近い行列の中ほどにいる。

ラスク亭の前では看板娘のリルちゃんがこちらを見て手を振っている。

その微笑ましい姿に手を振り返す。

冒険者ギルドの前では、物凄い数の視線が向けられているがそのほとんどは強い妬みを含んでいた。

まともに感じ取っていると眩暈を起こしそうなので、気配察知を極限まで落としておく。

何故完全に消さないのかって?

その妬みからくる悪意は今にも俺を殺そうとしているようだもの。

悪意だけでなく本当に襲い掛かってこられたら困るから。

でも気配察知を完全に消さない本当の理由は別にあるのだ。

実はこの行列の中、つまり王家から遣わされた人達の中からも強烈な悪意をいくつか感じ取れるんだよね。

例えばそう、この馬車のすぐ横で馬に乗って警護してくれている騎士とか。

その感情の中には愛しい人を失った悲しみの感情と俺に対する憎しみが混じっているのだ。

俺誰か巻き込んで殺しちゃったっけ?

殺されることはあっても人を殺したことは無かったと思うけど。

その騎士に対して危機察知能力を限定してみた。

その騎士にのみ集中して気配察知を絞り込む。

数分すると、その騎士以外の気配が全く無くなり、感情がより鮮明になってきた。

さらに集中力を高める。

すると、その騎士の声が聞こえてくる気がした。

上手くは聞き取れないが、その感情だけが俺の心に語り掛けて来るようだ。

強く悲しい思いがだんだん俺の中に流れ込み、ひとつの映像となる。

剣の音、あの時の犬っころ、草原で寄り添う2人、運び込まれた女性騎士の死体、周りですすり泣く数多くの声。

断片的な光景ではあるが、はっきりとわかった。

この感情の主は、恐らくあの王女様を助けた現場で亡くなった騎士の恋人なんだろう。

彼は彼女を護れなかったことを悔いているに違いない。

もし俺がもう少し早く着いていたら、亡くならずに済んだかもしれないと思う彼の気持ちが、俺に向かっている負の感情となっていると思う。

彼女があの時、どこに居たのか、いつ死んだのか、後どのくらい俺の到着が早ければ助かったのか、それは分からない。

でも彼にとって彼女の死は受け入れがたい真実であり、こうして姫様に呼ばれて国王から褒賞されるであろう俺に負の感情を向けてしまうのはしようの無いことなのかもしれない。

このバイオレンスな世界では、こんな悲劇は日常茶飯事なことなのだろう。

そう考えると、この世界に渦巻く負の感情はあって然るべきものかもしれないな。

こんな哲学的なことを考えていると、馬車が静かに停止した。

「ヒロシ様、到着致しました。
これより、お身体のお清めを行いまして、国王陛下への謁見となります。」

馬車を降りて案内される方向に歩いて行く。

あの悪意を俺に向けていた騎士も少し離れて付いている。

俺はその騎士を見て頭を下げる。

彼の恋人を死なせたのは断じて俺では無い。

それは彼も良くわかっていると思う。

でも俺が声をかけて謝るのは彼を余計に苛立たせ、そして悲しませるはずだ。

ならばどうする?

俺は彼に深々と頭を下げることで、彼の気持ちを理解したことを伝えたかった。

それしか思い浮かばなかったのだ。

彼はそれに驚いたようだったが、何かに気付いたように俺に頭を下げてきた。

彼の感情からは俺に対する負の感情が薄くなってきたのが、せめてもの救いだった。

やがて案内された場所は、大浴場であった。

大きな浴槽とそこに滔々と流れ込むお湯。

明るい窓から見える露天風呂。

まさしくザ・日本と呼べる景色であった。




>>>>>>>>>>>>>

わたしの名はポリマー。名誉ある王家騎士団で騎士を拝命している。

わたしには結婚を誓い合った女性がいた。

名前はローズ。同じ騎士団の後輩だった。

ローズは頭が良く、気遣いの出来る娘であった。

南の丘の上で結婚の約束を交わした数日後、彼女はイリヤ王女様の護衛任務についた。

本来なら10日ほどでローズは王都に戻って来て、彼女の家に挨拶に行くことになっていたのだが、出発から丁度10日後、彼女は物言わぬ姿で戻って来たのだった。

王都まであと1日のところで、イリヤ王女様の一行はシルバーウルフの群れに遭遇してしまった。

20人いた護衛騎士の内、無事に戻って来れたのは5人だけだった。

ローズはその中にはいなかった。

大聖堂に並べられた真新しい棺の一つにローズは眠っていた。

勇敢に戦い、姫様を守って名誉の戦死である。

葬儀では国王陛下から感謝の言葉を頂き、彼女は誉れ高き英雄の1人として葬られていった。

あのゴルドー団長ですら戦死されるほどの戦場で、奇跡的に助かったというランス副団長の話しでは、神の奇跡によりイリヤ王女様以下7人だけが助かったと聞いた。

それほどの戦場であれば果敢に戦いイリヤ王女様を救ったローズは間違いなく英雄であり、その死は騎士の最期としては誇れるものだ。

ローズやローズと一緒に失った同僚達との別れの儀式も終わった数日、騎士団の中にあるひとつの噂が流れた。

聞かされていた神の奇跡は、1人の異国の平民が起こしたもので、その人物が王都内で見つかったと。

翌日俺はその人物を城に護衛する任務についた。

まだ成人したばかりにしか見えないひ弱そうな男が、すぐ横の馬車に乗っている。

不可思議な神通力、最近では魔法か、を使って全滅寸前の部隊を救ったという。

とてもそうは見えないが、イリヤ王女様が確信しておられるのだから間違いないだろう。

この男はイリヤ王女様を救った英雄だ。

彼によってイリヤ王女様やランス副団長等は助かった。

そうであれば、ローズはなぜ死ななければならなかったのだ。

なぜ彼は彼女を救えなかったのか。

俺の中に自分でも理解出来ない理不尽な感情が湧いてくる。

なぜ!

馬車が王城に着き、馬車を降りた彼は少し歩いたところで、突然俺の方に振り向いて頭を深々と下げた。

俺は一瞬何があったのか分からなかったが、すぐに彼から流れ込む謝罪の感情を感じとることができた。

俺はそんな彼に感謝の気持ちを伝えたくて、頭を下げたのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

処理中です...