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第五章:スタニスラスの生涯
40:再会
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「……、はぁ!?」
思わず声を上げてしまったが、それは仕方がない事だと思う。
だって、
こうしてスタニスラスは魔王を倒したのです、チャンチャン。
そう言われても詳細が全く分からないからだ。
ベッドに座る僕を囲むように、精霊シスターズが立ったままの恰好で話を続けていた。
勇者スタニスラスがカイエンさんとドラゴン種の少数精鋭のパーティーで魔王城へと乗り込み、魔王の首を刎ねた。
スタニスラスに何かあった時に王国へ事態の報告をする要員としてコンスタンタン家から寄越された平民兵士、通称「膝の人」がマクシムの先祖にあたるであろうブラーバルという名字の人物だった。
で……?
「じゃからの? 我ら精霊はスタニスラスと魔王の対峙に立ち会った訳ではないゆえ、詳しい事は把握しておらんのじゃ。
カイエン曰く、側近の相手をしておってスタニスラスと魔王の戦いは見ておらんと言うておってな。
じゃが、カイエンはスタニスラスが討ち取った魔王の首を見ておる。それだけなのじゃ」
あぁ、そうですか。魔王は確実に討伐されたと。
でも何故か勇者は詳しく語りたがらないと。
ハーパニエミ神国を直接統治しているクーにさえ、詳しい情報は伝えられていないらしい。
で? 大魔王的存在の話は?
「カイエンによると、スタニスラスと魔王の戦闘自体はさほど時間が掛からずに終わったようじゃ。
スタニスラスは傷を受ける事もなく魔王を降した事になる。
恐らく、我らの加護を受けた為に魔力量が魔王をも凌いだのであろうな」
複数の精霊から加護を授けられていたとはいえ、そう簡単に魔王と呼ばれる存在が倒せるものなのだろうか。
「さすがワタクシ達のご先祖様ですわ!
ですが、複数の加護を受けていたスタニスラス様が簡単に魔王を倒してしまったという事は、複数の精霊と契約を結ばれているリュー様は……」
「その通りですわ」
アンヌの疑問に対し、リュエが大きく頷く。
僕は精霊シスターズと契約をしており、キトリーも縁の精霊からの加護を受けている。
僕もアンヌもキトリーも、スタニスラスの血を引いているんだよな。
もしかして、アンヌも知らぬ間に精霊から加護を受けていたりして。それはないか。
もしそうだったら、キトリーにはその加護が見えるのだろうし。
「キトリーが言っていましたが、リュー君は片手で魔王を倒せるほどの力を持っているのです。
ですが問題は、倒しても倒しても魔王が生まれるという事。
魔族が他国へ侵攻する理由は、より広範囲な魔力の源泉を確保する為なのです」
魔力の源泉、砂漠の迷宮などの魔力が溜まりやすい場所の事だろうか。
「魔族は何よりも魔力を欲するのです。種族的な問題だと思いますが、人族以上に魔力に依存して生活をしている為だと思いますわ。
そして……」
「リューちー、キトリーが言っていた大魔王ってのはね、闇の精霊なの」
はい出ましたまた精霊。
闇の精霊、リュエとは正反対の性質を持つ精霊なのだろうか。
シャンが事も無げに放ったこの発言を受けて、リュエとクーは僕と目を合わせようとせず、気まずそうに部屋の隅の方に視線を固定している。
「リュエ、精霊が魔族に加担する事は絶対にないって言ってたよね?」
「……、ええ。加担する事はありませんわ。大精霊は一切加担しておりませんもの」
ん……?
「え~っと、大精霊は加担していないけれど、闇の精霊は大精霊じゃないからリュエは僕に対して嘘を付いていませんよって事?」
「う~ん、その通りなの」
その通りなの、じゃないよ!?
シャンは素直に頷いたけれど、リュエは絶対屁理屈な言い方で有耶無耶にしてたんだよね、これ。
「え~と、リュエもシャンもクーも、闇の精霊が黒幕であると知っていた訳だよね?」
「あ~……、そうじゃの。我らは知っておった」
ほらね! 知ってて黙ってたんだよね!?
「ワタクシにはあえて精霊であるという事実を知らせなかったように思えるのですが……」
静かなる怒りを露わにするアンヌ。
しかし怒りを発するのはまだ早い。アンヌの肩に手を置いて諌める。ついでにベッドへと上げて僕の隣に座らせ、腰に手を回す。
恥ずかしいそうな、嬉しそうな顔のアンヌを愛でながらも、精霊達の話について頭で考える。
それじゃあ、僕が一番気になっている事を質問しようか。
「リュエ、闇の精霊ってのは、大精霊ではないんだよね?」
僕のにこやかな笑みに何かを感じたのであろう、リュエが口の端をピクピクしながら答える。
「そ、そうですわ。大精霊ではありません」
「という事は、今まで聞いて来た精霊としての立場や階位から察するに、闇の精霊を統括するのは光の大精霊なんじゃないかな?」
うっ! と分かりやすく声を漏らすリュエ。精霊ってホント人間らしい性格してるよなぁ~。都合の悪い事は伝えないとか、自分がしないといけない事を人に押し付けるとか。
「スタニスラスの時は知らないけど、確実に僕に闇の精霊をどうにかさせようとしているよね?
でも本来ならば光の大精霊であるリュエが何とかしないとダメなんじゃないのかな?」
「それが出来れば苦労しないの。元々闇の精霊と光の精霊は対なる者。似て非なる者。
大精霊たるリュエであろうとも簡単にどうにか出来る相手じゃないの。
お互いがお互いを支え、補う存在。でもだからこそ相手に対して抑止以上の力を加える事が出来ないの」
う~ん、シャンが言っている事は分かる。分かるけれども……。
キトリーとリュエ達精霊シスターズの話を纏めると、魔王を倒した後のスタニスラスはその後、湧き出るように出現する魔王を切っては捨て切っては捨てしていたそうだ。
僕は何となく魔王は1人の勇者につき1体倒すもんだと思ってたんだけど、スタニスラスは何度も討伐を成功させていたようだ。
恐らくスタニスラス率いる王国陣営も次々出て来る魔王に対して、黒幕的存在がいるのではないかと勘付いたのだろう。
つまり、闇の精霊をどうにかしないとダメだと気付いた訳だ。
「で、闇の精霊を倒す為にはどうすればいいの? 精霊って実体じゃないから首を刎ねようが意味がないんだよね?」
黒幕的存在が大魔王ではなく闇の精霊なのであれば、この世からその存在を失くす事は出来ない。
光があれば必ず闇は存在するし、闇がこの世から完全に失くなる事などあり得ないのだ。
『その通り、光ある所に我あり』
ずずずっ、とリュエの影からせり上がる2つの影。
30代と見える男性にお姫様抱っこをされた10代後半と見える女性。
「フォンセ!? まさかずっと聞いていたのですか!!?」
リュエが後ずさり、シャンとクーが僕の前へと進み出る。
フォンセと呼ばれた女がどうやら闇の精霊のようだ。
そして、彼女を抱き抱えているのは魔族であろうか。魔族にしては角もなく、体格は人族そのものだ。
騒ぎを聞き付けてアンジェルとキトリー、そしてグレルさんとスラルさんが部屋へ飛び込んで来た。
「なっ……!?」
闇の精霊フォンセを目にして驚きの声を上げるグレルさん。グレルさんはフォンセを見た事があるのだろうか。
「ち、父上……?」
スラルさんもフォンセを抱える男に向けて、驚きの声を上げる。
ん……? 父上、って言いましたか……?
ヴィーヴィルの親子の反応を受け、フォンセがニヤリと口角を上げて男を見上げる。
フォンセの視線を受けて、男が口を開く。
『お久しゅうございます、皆様』
「はぁ!!」
男が口を開いた瞬間、アンジェルが男に飛び掛かって殴り付ける。が、その手は空を切り、男の背後へと流れて行った。
「くっ、虚像か!?」
たたらを踏みながらも態勢を整え、再び男と向き直るアンジェル。しかしアンジェルが言ったように2人の姿は空中に映し出された3D映像のようで、手を出せない状況だ。
「騙されてはなりません! あれはスタニスラス様ではございません、グレル様、どうかお気を確かに!!」
は? スタニスラスだって? 何で300年も前の人間がいるんだ?
『本当にそう思うか? 我の魔法でこの世に生き長らえていたとは思えぬか?』
「スタニスラス様の魂は確かに輪廻転生を遂げ、この世界に帰って参られた。命の精霊様からのご加護のお蔭でリュドヴィック様こそがスタニスラス様の転生体だと私には分かるのです!!」
『あんな妖しい転生の儀式、そなたは信じるのかえ? 我の封印もこの有り様、綻びがないと言い切れるのかえ?』
楽しげにアンジェルを煽るフォンセ。先ほどからチラチラと僕の方を見ているようだけど、何か企んでいるのだろうか。
何が起こるか分からない。みんなを守れるように身構えておこう。
「ふんっ、口先ばかりで偉そうよの。封印から抜け出せぬから幻影のみ飛ばして来ておる癖に」
クーが言うように封印とやらが解除出来ているのであれば、本体(って言い方で合っているのかどうかはこの際置いておいて)が来るはずである。
わざわざリュエの影から出て来たのも含め、演出で誤魔化して戦闘力がないのを隠そうとしているように見受けられる。
スラルさんがスタニスラス(仮)と僕を見比べて随分と悩んでおられるようだけど、多分どっちもあなたの父親ではないと思うんだ。
『そなたらがスタニスラスと共に我を封印してくれたからのぉ、すっかり良い仲になってしもうたわ。
心も身体も我らは共にあるのでな』
あ~、そこらへんの設定は封印した本人達から詳しく聞きたかったなぁ……。
警戒したまま様子を窺っている僕達を前にして、イチャイチャし出すフォンセとスタニスラス(仮)。割と鬱陶しい。一体何をしに来たと言うのか。
「で? 闇の精霊様とやら。僕に与えられた寝室にわざわざ顔を見せた理由は?
まさか死体とイチャイチャするのを見せ付けに来ただけじゃ、ないですよね?」
『ほう、この身体を死体と言い切るか。だがな、今世の勇者よ。そなた、前世の記憶があるのか?
前世の記憶がないという事は、つまりは魂が全て転生し切っていない証拠。
このスタニスラスに、そなたが残して行った魂の……』
「前世の記憶ならハッキリとあるけど?」
『……、は?』
「前世の記憶ならあるって言ったんだよ。この世界ではない別の場所で、10数年生きた記憶があるって言っているんだ」
本当に僕がスタニスラスの転生体だったとしても、それは前世ではなく前々世である。この違いに何かの意味があるのかどうかは知らないけれど、もしもフォンセが僕の前世がスタニスラスである事がアドバンテージだと思っているのならば、そこを突く事で何かこちらが有利になるかも知れない。
『な、に……? この世界ではない、別の場所……? 魂を逃がしたというのか……』
スタニスラス(仮)に抱き抱えられたままぶつぶつと1人考え込んでいるフォンセ。その姿はスタニスラスの瞳にはっきりと映っているはずだが、特に反応を見せず薄い笑みを浮かべたまま。
自律的でないアンドロイドを見ているような気持ちになる。あれが本当に僕の前々世の身体なのだろうか。すごく薄気味悪くなって来た……。
『で、あるならば……』
突如室内の魔力が高まっていく感覚を覚える。幻影のままで魔法が使えるのだろうか……。
いや、使えると断定して行動するべきだ!
「みんな、念の為に目を閉じていてくれ!」
室内にいる女性達に指示を出しつつも、それぞれの身体を覆うように魔法障壁を発動する。障壁内部に光を通さないよう屈折率を曲げた上で展開。
その後、室内に眩い光を生み出し、幻影に向けて放つ。その身が影であるならば、圧倒的な光量を持つ発現体を用いる事で影が生まれる隙間もないほどに照らし出せばどうなるだろうか。
10秒ほど後、魔法で生み出した発現体を消してみると、もはやフォンセとスタニスラス(仮)の姿はなかった。
「掻き消えたのか、それとも幻影を解除したのか……」
魔法障壁も解除し、光魔法で幻影を消し去ったと説明した。
「あの……、父上……」
もじもじするなよ、300歳も年上でしょ?
「スラル様、私は自分の前世の事は覚えているのですが、前々世の事は全く覚えていないのです。
そして先ほど、あなたのお父上のお姿を確認しました。恐らく何らかの形であなたのお父上がおられると思います。
一緒に、参りますか?」
「是非ともお供させて下さい! いつ参りましょうか、明日ですか!? 明後日ですか!!?」
「今からです! カイエンさん、魔王城へ特攻準備!
アンヌ、キトリー、ここで待っていてくれ。すぐに戻る。
アンジェルは……」
「お供致します!!」
「……、グレル様。アンヌとキトリーの事をお願いしても?」
「承知致しました。我が命に代えてもお守り致しましょう」
「頼みます。
アンジェルは全力で僕を追って飛べ。追いつけなかったら置いて行く」
「え? 私の背中にお乗りになるのでは……?」
いや、ドラゴンよりも風魔法を使ったジェットエンジン方式での飛行の方が早い。
神殿から飛び出て、そのままの勢いで地面を蹴り宙高く上がる。
両手を広げて風魔法で空気を操作する。
圧縮された空気を後方へと押し出し、加速するっ!!
一瞬で音速を超え、そのまま気流を掴んで……
『リュー様、そちらは魔王国のある方向ではございません』
あ、はい。
『お迎えに上がりますのでそのままお待ち下さい』
あ、お願いします……。
思わず声を上げてしまったが、それは仕方がない事だと思う。
だって、
こうしてスタニスラスは魔王を倒したのです、チャンチャン。
そう言われても詳細が全く分からないからだ。
ベッドに座る僕を囲むように、精霊シスターズが立ったままの恰好で話を続けていた。
勇者スタニスラスがカイエンさんとドラゴン種の少数精鋭のパーティーで魔王城へと乗り込み、魔王の首を刎ねた。
スタニスラスに何かあった時に王国へ事態の報告をする要員としてコンスタンタン家から寄越された平民兵士、通称「膝の人」がマクシムの先祖にあたるであろうブラーバルという名字の人物だった。
で……?
「じゃからの? 我ら精霊はスタニスラスと魔王の対峙に立ち会った訳ではないゆえ、詳しい事は把握しておらんのじゃ。
カイエン曰く、側近の相手をしておってスタニスラスと魔王の戦いは見ておらんと言うておってな。
じゃが、カイエンはスタニスラスが討ち取った魔王の首を見ておる。それだけなのじゃ」
あぁ、そうですか。魔王は確実に討伐されたと。
でも何故か勇者は詳しく語りたがらないと。
ハーパニエミ神国を直接統治しているクーにさえ、詳しい情報は伝えられていないらしい。
で? 大魔王的存在の話は?
「カイエンによると、スタニスラスと魔王の戦闘自体はさほど時間が掛からずに終わったようじゃ。
スタニスラスは傷を受ける事もなく魔王を降した事になる。
恐らく、我らの加護を受けた為に魔力量が魔王をも凌いだのであろうな」
複数の精霊から加護を授けられていたとはいえ、そう簡単に魔王と呼ばれる存在が倒せるものなのだろうか。
「さすがワタクシ達のご先祖様ですわ!
ですが、複数の加護を受けていたスタニスラス様が簡単に魔王を倒してしまったという事は、複数の精霊と契約を結ばれているリュー様は……」
「その通りですわ」
アンヌの疑問に対し、リュエが大きく頷く。
僕は精霊シスターズと契約をしており、キトリーも縁の精霊からの加護を受けている。
僕もアンヌもキトリーも、スタニスラスの血を引いているんだよな。
もしかして、アンヌも知らぬ間に精霊から加護を受けていたりして。それはないか。
もしそうだったら、キトリーにはその加護が見えるのだろうし。
「キトリーが言っていましたが、リュー君は片手で魔王を倒せるほどの力を持っているのです。
ですが問題は、倒しても倒しても魔王が生まれるという事。
魔族が他国へ侵攻する理由は、より広範囲な魔力の源泉を確保する為なのです」
魔力の源泉、砂漠の迷宮などの魔力が溜まりやすい場所の事だろうか。
「魔族は何よりも魔力を欲するのです。種族的な問題だと思いますが、人族以上に魔力に依存して生活をしている為だと思いますわ。
そして……」
「リューちー、キトリーが言っていた大魔王ってのはね、闇の精霊なの」
はい出ましたまた精霊。
闇の精霊、リュエとは正反対の性質を持つ精霊なのだろうか。
シャンが事も無げに放ったこの発言を受けて、リュエとクーは僕と目を合わせようとせず、気まずそうに部屋の隅の方に視線を固定している。
「リュエ、精霊が魔族に加担する事は絶対にないって言ってたよね?」
「……、ええ。加担する事はありませんわ。大精霊は一切加担しておりませんもの」
ん……?
「え~っと、大精霊は加担していないけれど、闇の精霊は大精霊じゃないからリュエは僕に対して嘘を付いていませんよって事?」
「う~ん、その通りなの」
その通りなの、じゃないよ!?
シャンは素直に頷いたけれど、リュエは絶対屁理屈な言い方で有耶無耶にしてたんだよね、これ。
「え~と、リュエもシャンもクーも、闇の精霊が黒幕であると知っていた訳だよね?」
「あ~……、そうじゃの。我らは知っておった」
ほらね! 知ってて黙ってたんだよね!?
「ワタクシにはあえて精霊であるという事実を知らせなかったように思えるのですが……」
静かなる怒りを露わにするアンヌ。
しかし怒りを発するのはまだ早い。アンヌの肩に手を置いて諌める。ついでにベッドへと上げて僕の隣に座らせ、腰に手を回す。
恥ずかしいそうな、嬉しそうな顔のアンヌを愛でながらも、精霊達の話について頭で考える。
それじゃあ、僕が一番気になっている事を質問しようか。
「リュエ、闇の精霊ってのは、大精霊ではないんだよね?」
僕のにこやかな笑みに何かを感じたのであろう、リュエが口の端をピクピクしながら答える。
「そ、そうですわ。大精霊ではありません」
「という事は、今まで聞いて来た精霊としての立場や階位から察するに、闇の精霊を統括するのは光の大精霊なんじゃないかな?」
うっ! と分かりやすく声を漏らすリュエ。精霊ってホント人間らしい性格してるよなぁ~。都合の悪い事は伝えないとか、自分がしないといけない事を人に押し付けるとか。
「スタニスラスの時は知らないけど、確実に僕に闇の精霊をどうにかさせようとしているよね?
でも本来ならば光の大精霊であるリュエが何とかしないとダメなんじゃないのかな?」
「それが出来れば苦労しないの。元々闇の精霊と光の精霊は対なる者。似て非なる者。
大精霊たるリュエであろうとも簡単にどうにか出来る相手じゃないの。
お互いがお互いを支え、補う存在。でもだからこそ相手に対して抑止以上の力を加える事が出来ないの」
う~ん、シャンが言っている事は分かる。分かるけれども……。
キトリーとリュエ達精霊シスターズの話を纏めると、魔王を倒した後のスタニスラスはその後、湧き出るように出現する魔王を切っては捨て切っては捨てしていたそうだ。
僕は何となく魔王は1人の勇者につき1体倒すもんだと思ってたんだけど、スタニスラスは何度も討伐を成功させていたようだ。
恐らくスタニスラス率いる王国陣営も次々出て来る魔王に対して、黒幕的存在がいるのではないかと勘付いたのだろう。
つまり、闇の精霊をどうにかしないとダメだと気付いた訳だ。
「で、闇の精霊を倒す為にはどうすればいいの? 精霊って実体じゃないから首を刎ねようが意味がないんだよね?」
黒幕的存在が大魔王ではなく闇の精霊なのであれば、この世からその存在を失くす事は出来ない。
光があれば必ず闇は存在するし、闇がこの世から完全に失くなる事などあり得ないのだ。
『その通り、光ある所に我あり』
ずずずっ、とリュエの影からせり上がる2つの影。
30代と見える男性にお姫様抱っこをされた10代後半と見える女性。
「フォンセ!? まさかずっと聞いていたのですか!!?」
リュエが後ずさり、シャンとクーが僕の前へと進み出る。
フォンセと呼ばれた女がどうやら闇の精霊のようだ。
そして、彼女を抱き抱えているのは魔族であろうか。魔族にしては角もなく、体格は人族そのものだ。
騒ぎを聞き付けてアンジェルとキトリー、そしてグレルさんとスラルさんが部屋へ飛び込んで来た。
「なっ……!?」
闇の精霊フォンセを目にして驚きの声を上げるグレルさん。グレルさんはフォンセを見た事があるのだろうか。
「ち、父上……?」
スラルさんもフォンセを抱える男に向けて、驚きの声を上げる。
ん……? 父上、って言いましたか……?
ヴィーヴィルの親子の反応を受け、フォンセがニヤリと口角を上げて男を見上げる。
フォンセの視線を受けて、男が口を開く。
『お久しゅうございます、皆様』
「はぁ!!」
男が口を開いた瞬間、アンジェルが男に飛び掛かって殴り付ける。が、その手は空を切り、男の背後へと流れて行った。
「くっ、虚像か!?」
たたらを踏みながらも態勢を整え、再び男と向き直るアンジェル。しかしアンジェルが言ったように2人の姿は空中に映し出された3D映像のようで、手を出せない状況だ。
「騙されてはなりません! あれはスタニスラス様ではございません、グレル様、どうかお気を確かに!!」
は? スタニスラスだって? 何で300年も前の人間がいるんだ?
『本当にそう思うか? 我の魔法でこの世に生き長らえていたとは思えぬか?』
「スタニスラス様の魂は確かに輪廻転生を遂げ、この世界に帰って参られた。命の精霊様からのご加護のお蔭でリュドヴィック様こそがスタニスラス様の転生体だと私には分かるのです!!」
『あんな妖しい転生の儀式、そなたは信じるのかえ? 我の封印もこの有り様、綻びがないと言い切れるのかえ?』
楽しげにアンジェルを煽るフォンセ。先ほどからチラチラと僕の方を見ているようだけど、何か企んでいるのだろうか。
何が起こるか分からない。みんなを守れるように身構えておこう。
「ふんっ、口先ばかりで偉そうよの。封印から抜け出せぬから幻影のみ飛ばして来ておる癖に」
クーが言うように封印とやらが解除出来ているのであれば、本体(って言い方で合っているのかどうかはこの際置いておいて)が来るはずである。
わざわざリュエの影から出て来たのも含め、演出で誤魔化して戦闘力がないのを隠そうとしているように見受けられる。
スラルさんがスタニスラス(仮)と僕を見比べて随分と悩んでおられるようだけど、多分どっちもあなたの父親ではないと思うんだ。
『そなたらがスタニスラスと共に我を封印してくれたからのぉ、すっかり良い仲になってしもうたわ。
心も身体も我らは共にあるのでな』
あ~、そこらへんの設定は封印した本人達から詳しく聞きたかったなぁ……。
警戒したまま様子を窺っている僕達を前にして、イチャイチャし出すフォンセとスタニスラス(仮)。割と鬱陶しい。一体何をしに来たと言うのか。
「で? 闇の精霊様とやら。僕に与えられた寝室にわざわざ顔を見せた理由は?
まさか死体とイチャイチャするのを見せ付けに来ただけじゃ、ないですよね?」
『ほう、この身体を死体と言い切るか。だがな、今世の勇者よ。そなた、前世の記憶があるのか?
前世の記憶がないという事は、つまりは魂が全て転生し切っていない証拠。
このスタニスラスに、そなたが残して行った魂の……』
「前世の記憶ならハッキリとあるけど?」
『……、は?』
「前世の記憶ならあるって言ったんだよ。この世界ではない別の場所で、10数年生きた記憶があるって言っているんだ」
本当に僕がスタニスラスの転生体だったとしても、それは前世ではなく前々世である。この違いに何かの意味があるのかどうかは知らないけれど、もしもフォンセが僕の前世がスタニスラスである事がアドバンテージだと思っているのならば、そこを突く事で何かこちらが有利になるかも知れない。
『な、に……? この世界ではない、別の場所……? 魂を逃がしたというのか……』
スタニスラス(仮)に抱き抱えられたままぶつぶつと1人考え込んでいるフォンセ。その姿はスタニスラスの瞳にはっきりと映っているはずだが、特に反応を見せず薄い笑みを浮かべたまま。
自律的でないアンドロイドを見ているような気持ちになる。あれが本当に僕の前々世の身体なのだろうか。すごく薄気味悪くなって来た……。
『で、あるならば……』
突如室内の魔力が高まっていく感覚を覚える。幻影のままで魔法が使えるのだろうか……。
いや、使えると断定して行動するべきだ!
「みんな、念の為に目を閉じていてくれ!」
室内にいる女性達に指示を出しつつも、それぞれの身体を覆うように魔法障壁を発動する。障壁内部に光を通さないよう屈折率を曲げた上で展開。
その後、室内に眩い光を生み出し、幻影に向けて放つ。その身が影であるならば、圧倒的な光量を持つ発現体を用いる事で影が生まれる隙間もないほどに照らし出せばどうなるだろうか。
10秒ほど後、魔法で生み出した発現体を消してみると、もはやフォンセとスタニスラス(仮)の姿はなかった。
「掻き消えたのか、それとも幻影を解除したのか……」
魔法障壁も解除し、光魔法で幻影を消し去ったと説明した。
「あの……、父上……」
もじもじするなよ、300歳も年上でしょ?
「スラル様、私は自分の前世の事は覚えているのですが、前々世の事は全く覚えていないのです。
そして先ほど、あなたのお父上のお姿を確認しました。恐らく何らかの形であなたのお父上がおられると思います。
一緒に、参りますか?」
「是非ともお供させて下さい! いつ参りましょうか、明日ですか!? 明後日ですか!!?」
「今からです! カイエンさん、魔王城へ特攻準備!
アンヌ、キトリー、ここで待っていてくれ。すぐに戻る。
アンジェルは……」
「お供致します!!」
「……、グレル様。アンヌとキトリーの事をお願いしても?」
「承知致しました。我が命に代えてもお守り致しましょう」
「頼みます。
アンジェルは全力で僕を追って飛べ。追いつけなかったら置いて行く」
「え? 私の背中にお乗りになるのでは……?」
いや、ドラゴンよりも風魔法を使ったジェットエンジン方式での飛行の方が早い。
神殿から飛び出て、そのままの勢いで地面を蹴り宙高く上がる。
両手を広げて風魔法で空気を操作する。
圧縮された空気を後方へと押し出し、加速するっ!!
一瞬で音速を超え、そのまま気流を掴んで……
『リュー様、そちらは魔王国のある方向ではございません』
あ、はい。
『お迎えに上がりますのでそのままお待ち下さい』
あ、お願いします……。
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二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
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ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
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