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32:名誉顧問

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 昨日は散々だった。
 社長がやたら自分のマンションを売り付けようとするのを躱しているだけで時間が経って行った。
 上條かみじょう課長が来てくれなかったら危なかった。
 もちろんこれ以上ノリで何かを買う事はないだろうけど、社長に対して手を上げそうになるところだった。
 しつこいんだもの。

 上條課長は名誉顧問のアポを取ったので、火曜日の夜、つまり今夜に専務を含めて四人で会食される段取りになったらしい。
 手土産は経理課の山村やまむらさんが用意するそうな。

 俺はいつも通り定時前に出社。
 筆頭株主とは言えども身分はまだ一般社員。
 役員ではないので重役出勤は出来ない。
 社長が定時よりも前に会社に来るのは朝礼のある月曜日くらい。
 専務は取引先に直行する日以外は割と社内にいるイメージ。
 俺しかいない社長室で、淹れてもらったお茶を啜る。
 この湯飲みは来客用じゃないよな、誰のだろう。
 自分で買って置いといた方がいいんだろうか。

ガチャ

 ノックなしで開く扉。
 社長かな?

「……おはよう」

 まさかの名誉顧問。
 今俺しかいないんだけど!?

「お、おはようございます!」

 とりあえず立ち上がって挨拶する。
 一応何度も顔を合わせているので、名前は憶えてなくても俺の顔は知ってるだろう。

「すみません、まだ社長は出社されていないのですが……」

「あぁ、構わんよ。
 今日ワシはお前さんに会いに来たんだ」

 俺をご指名? と、とりあえずソファーに座ってもらおう。
 上座を勧め、内線でお茶を二つ頼む。
 名誉顧問の向かい側のソファーに座り、さぁ何を話せばいいんだ? 天気の話? と内心パニくっていると。

「まぁまぁ、楽にしなさいな。
 悪いようにはせんよ」

「は、はぁ……」

 ニコニコと笑顔を向けてくれる名誉顧問。
 お茶を持って来てくれた事務のおばちゃんに、名誉顧問が営業部長を呼んでくれと頼まれた。
 おばちゃんはパタパタと小走りで社長室を出て行く。
 そう言えば、株を譲ってもらった事のお礼を言うべきなのだろうか。

「そうそう、ワシの株を引き取ってくれてスマンかったな。
 石橋いしばし田沼たぬまに丸め込まれたんじゃないかと気になっとるんだがね」

 先に名誉顧問から切り出されてしまった。
 石橋というのは社長の事だ。

「えっと、少し乗せられたのは否定しません。
 ですが、僕も納得した上ですので……」

 うんうん、と大きく頷いている名誉顧問。ご隠居と揶揄されているが、俺から見れば好々爺というイメージだな。

コンコンコンッ

「入りたまえ」
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