真っ白な君は

紐下 育

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寝起きでぱやぱやしている沙羅は、時々あくびをしながらぼーっとしていた。
「けんと、外はあつい?」
俺が汗だくなことに気づいたのだろう。
「うん、暑かったよ。」
「どのくらい?」
「サウナくらい」
「サウナ?」
「うん、サウナわからない?」
「うん」
「すんごくあっついところだよ。銭湯とかにあって、みんな裸で入って汗をかくんだ。健康にいいって言われてるみたいだけど、心臓には結構負担かかると思う」
「ふーん」
聞いてきたくせに、沙羅はあんまり興味がないみたいだった。
どこまでもマイペースになったなぁ、と思う。

11時ごろ、病室にノックの音が響いた。
「はい」
穂乃果さんが返事をする。
「失礼します」
白衣を来た男性が入ってきた。
その人は俺に軽く会釈をした後、沙羅の目線に合うようにかがんだ。
「沙羅ちゃん、具合はどう?」
「うん」
沙羅は、それしか言わなかった。
代わりに、穂乃果さんが答える。
「ご飯は食べられたみたいです。10時に私が来た時は、よく寝てました。」
「そうですか…。よかった、眠れたんだね。」
「うん。」
お医者さんの方をよく見て、沙羅が答える。
興味があるのかないのか、お医者さんのことを好きなのか嫌いなのか、わからない。
「お母さん、ちょっといいですか?」
こっそりと、お医者さんが言う。
穂乃果さんがうなずいた。
「沙羅、お母さんはちょっと外に出てるわね。建都君とお話してて。」
「うん」
お医者さんと穂乃果さんが病室を出ていくと、沙羅の黒目が再び俺をとらえた。
「なんで、今日も来てくれたの?」
「沙羅のそばにいたいと思ったから。」
「なんで?」
「なんでだろう。俺もわかんないよ。」
「ふーん」
「これからもずっと、沙羅とは仲良いままでいたいと思ってるから。」
「うれしい」

なぜなぜ期、みたいな感じなんだろうか。
あとで穂乃果さんに聞いてみよう。

しばらくして、沙羅はまた口を開いた。
「けんと、私ね」
沙羅の眼に、吸い込まれそうになる。
「ん?」
「けんとの夢、見てたの。起きたはずなのにけんとがいて、びっくりしたんだ。」
沙羅がゆっくり、話し出す。
言葉を選んでいるのとも、少し違うんだと思う。
言葉を探すように、眼が動いている。
「へぇ、どんな夢?」
「よく覚えてないけど、けんとはすごく大きくなってて、でも私はまだ小さくて、けんとのあとを一生懸命ついてく夢。」
「ふっ、なにそれ」
「お医者さんより、けんとの方が大きいよね。私の記憶にある中で、一番大きい人だと思う。」
身長は175㎝くらい。
確かに、大きい方なんだと思う。
「そうかもね。でも、俺の父さんは俺より大きいよ。」
「お父さん?」
「うん。今度仕事が休みの日とか、こっちに来ると思う。」
「へぇ、けんとよりおおきい人か…けんとに似てる?」
「顔は似てないかもしれないけど、性格は似てるよ。」
「優しい?」
「うん、もちろん。」
沙羅はすっと、病室の壁に視線をやる。
しばらくしてから、俺に尋ねた。
「…もし私に何かあったら、けんとは助けてくれる?」
どういう意味?と聞こうとしたその時、ノックが聞こえた。
お医者さんだけだった。
「お兄さん、ちょっといいですか?」
お医者さんが俺に何の用だろう。
「沙羅ちゃん、ちょっとお兄さん借りるね」
沙羅は、何も答えない。
病室の外に出るとすぐ、お医者さんは小声で言った。
「先ほど、お母さまに沙羅ちゃんのことをお話していたのですが、かなり負担が大きかったようで…ちょっと取り乱してしまい、立てなくなってしまったみたいなんです。今は診察室でお休みいただいています。この後の治療方針のこともあってできれば早めにお話したいのですが、お兄さんにお伝えするのでも良いでしょうか?」
「え…っと、私は沙羅の幼馴染でして…。」
「あぁっ、そうでしたか、すみません、勘違いしてしまいました…。親族の方でなくても良いのですが、他にどなたか面談できる方はいらっしゃいますか?」
「わかりました。連絡してみます。」
俺の母さんだったら、来てくれるだろう。
今日はパートもないって言ってたし。
「もしもし、母さん?今から沙羅の病院来てもらうことってできる?沙羅の治療のこととかお医者さんから話してもらってた時に、穂乃果さんがちょっとパニックになっちゃったみたいなんだ。治療方針とか話すのは親族じゃなくてもいいらしいから、来てくれると嬉しいんだけど。」
「ええ、もちろんよ。今から向かうわ。それより、穂乃果は大丈夫なの?」
「俺も見てないからわかんない。電話切ったら穂乃果さんのとこにも行ってみる。」
「わかった。じゃあ、また病院でね。」
「うん、気を付けて。」
お医者さんに向き直る。
「沙羅のお母さんの友人―まぁ、私の母なんですけど。今から来てくれるらしいです。多分、10分くらいで着くと思います。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「お母さんのところ、行ってみてもいいですか?」
「もちろんです。多分ショックが大きいと思いますので、お話聞いたりしていただけるとありがたいです。」
お医者さんに診察室まで案内してもらっている時、お医者さんがつぶやいた。
「沙羅ちゃん、幼馴染さんとはよくお話してくれますか?どうも、私には心を開いてくれていないみたいで…。」
あまりにもしょんぼりしている。
確かにそうだ。
お医者さんからの質問には、沙羅はひたすら「うん」を繰り返すだけだった。
悲しくもなるよな。
「そうですね…前の活発な沙羅とは違いますけど、いろいろ話してくれてます。そのうち、話してくれるようになると思います。」
なんか、お医者さんを慰めるみたいな変な構図になった。
「ありがとうございます…頑張ります。」
「あっ、こちらです。お母さまがお休みになられてます。」
「ありがとうございます。」
案内してもらった診察室に入る。
穂乃果さんは、簡易ベッドみたいなところに横になっていた。
さすが沙羅のお母さん、っていうくらい活発だった穂乃果さんが、すごくやつれて見えた。
「あぁ、建都君…ごめんね。」
俺を見て、起き上がろうとしている。
「無理しないでください。」
「もう、少し気分が戻ってきたから大丈夫よ。ごめんね…。」
「いやいや、謝らないでください。今、うちの母さんも来るって言ってました。」
「まぁ、奈都にも迷惑をかけてしまったわね…ごめんなさい。」
「今日はパートもないって言ってましたし、沙羅のことは皆で支えていくって思っているので大丈夫です。」
穂乃果さんの視線が下がる。
「難しいことだと思いますけど…一人で抱え込まないでください。
穂乃果さんの頬を涙が流れた。
「建都君…ありがとう。」
進路について、沙羅以外の誰にも話せなかった俺が、言えることじゃないかもしれない。
でも、少しでも気持ちが軽くなってくれたらいい。
廊下で、母さんの声がした。
「すみません、沙羅ちゃんの面談があるって聞いたのですが…」
走ってきたのか、息があがってる。
「あぁ、来ていただいてありがとうございます。少しお話があるので、こちらへ…」
隣の部屋に入ったみたいだ。
近くでドアが閉まる音がした。
「私のことはいいから、沙羅のそばにいていてくれないかしら?多分、寂しがってるわ。あの子、ただでさえ夜は一人だから。いられる時間は、できるだけ寂しくさせたくないの。」
穂乃果さんが俺の方を見てそう言った。
「わかりました。じゃあ、失礼します。」
穂乃果さんのいる診察室を後にして、また沙羅の病室に向かった。

「沙羅?入るよ」
沙羅のもとに戻った時には、ちょうどお昼ごろだった。
「あれ、けんとだ。」
「遅くなってごめんね。」
「帰ったと思った。」
「お医者さんとかお母さんとかと話してたんだ。」
「そっかぁ。」
やっぱり、寂しい思いをさせてしまったのだろうか。
「けんと、ご飯食べた?」
「ううん、まだ食べてない。」
「お腹すかない?」
「まだ大丈夫。家帰ったら食べるつもり。」
「朝ごはんは食べる?」
「いつも食べてるよ。俺の母さんが作ってくれる。」
「お母さんって、奈都さん?」
「うん」
お医者さんと話す時は「うん」しか言わない沙羅だけど、やっぱり俺と話している時はいろいろ話してくれるんだよな…。
「沙羅は?お腹すかない?」
「うん。大丈夫。お母さんが来ないと、この手じゃ食べられないから。」
「お昼ご飯はないの?」
「お昼ご飯はもうすぐ持ってきてもらえると思う。」
その時、病室の扉をノックする音がした。
「沙羅ちゃん、お昼ご飯です。あれ、今日はお母さんいないのね。」
「うん。」
「あら、こちらはお兄さん?」
「ううん。」
「あっ、沙羅の幼馴染の、伊藤建都です。」
「そうでしたか、失礼いたしました。沙羅ちゃん、素敵な幼馴染さんがいていいね。」
「うん。」
看護師さんなのだろうか。
沙羅のベッドの横に食事を置いて、にこやかに笑いかける。
「けんと?」
「うん?」
「食べたい。」
「口まで運ぼうか?」
「うん。」
あんまり異性とか同性とか、気にしていないんだろうか。
俺しかいないんだから、仕方ないのかもしれないけど。
「わかった。」
「でもその前に、ちょっと暑いから、布団どかしてほしい。」
「こう?」
「うん、ありがとう。」
「何から食べたい?」
「どれでもいい。」
こうなるまで、こんなに沙羅を近くで見たことはなかった。
こんなに白かったっけ。
こんなに小さかったっけ。
緊張しつつ、ご飯を口元まで運ぶ。
「一口がちょっと多かったかも。ごめん。」
「うん。ちょっと多い。」
「もうちょっとゆっくりがいいとかもあったら言ってね。」
「うん、ありがとう。」
集中しているのか、真剣な顔で口を開けている。

静かな病室では、廊下の音がよく聞こえる。
多分、隣の病室のドアが開く音。
意外と廊下の人通り多いな、と思っていたら、うちのドアの前で足音が止まった。
「お母さん?」
沙羅が首をかしげる。
でも、入ってきたのは俺の母さんだった。
「沙羅ちゃん、覚えてる?奈都です。」
「なつさん!」
沙羅の声が大きくなる。
「あら、建都がやってくれたの?」
「うん。」
「ありがとう、母さんが代わるわ。」
「あ、わかった。」
「また夜、ご飯の時にでも話しましょう。」
「うん。」
そろそろお腹もすいてきたから帰ろうか。
父さんとも約束があるし。
「じゃあ、沙羅。俺は帰るね。また明日も来るから。」
「ありがとう。ばいばい。」

沙羅に手を振って、病室を出る。
もちろん沙羅は手を振れないけど、いつもの癖だ。
もう一回穂乃果さんが休んでいた部屋に行ってみたけど、そこはもう空っぽだった。

外は、当然のような顔をしてカンカン照り。
自転車もちょっと熱くなっている。
早く帰っちゃおうと、思いっきりペダルを踏んだ。

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