真っ白な君は

紐下 育

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帰ってきた父さんは、俺の顔を見るなり聞いた。
「おお、建都。今日はお見舞い行ったのか?」
「うん行ってきたよ。」
「どうだったんだ?」
「うまく言えないけど、不思議な感じだった。沙羅っぽいところもあるけど、前とちょっと言葉遣いが違ったりして。」
「そうか…」
「明日もお見舞い行くことにした。」
「…そうか。」
言葉ではそっけないけど、父さんは驚いていたみたいだった。
夕食を食べている時、母さんが口を開いた。
「さっき穂乃果とちょっと電話したら、昨日より少し落ち着いてる感じだったわ。建都が明日も来てくれるって、喜んでた。」
「そうか、よかったな。」
ただ、うなずいた。
同情でも偽善でもなく、ただ沙羅の隣にいたかった。
「もちろん沙羅ちゃんも穂乃果も心配だけど、建都は自分のことも大切にするのよ。進路もそろそろ決めないといけないでしょう?もし何か不安なことがあるなら、いつでも相談してちょうだい。」
食器を片付けながら、小さい声で母さんが言う。
進路…。その三文字が、重たく響く。

お風呂に入っても、憂鬱はずっと俺にまとまりついて離れなかった。
新人賞に応募してから、親に本音を打ち明けようと思っていた。
でも、もうことばが怖い。
偶然なのはわかっている。
それでも、「なんで沙羅が記憶喪失なんか…」って思うたびに、「俺があんな小説書いたからだ」という答えが浮かんでしまう。
この先、俺はどうしたらいいんだろう。
大学に行く気も、小説を書く気もない。
じゃあ、何をしたらいい?
のぼせたのか、考え過ぎたのか、頭が痛くなってきた。
もう何も考えたくなくて、その日はすぐに布団に入った。

早く寝たせいか、早く起きてしまった。
夜遅くに雨が降ったらしく、今日は朝から蒸し暑い。
寝汗かいたし、シャワーでも浴びてこようか。

頭からシャワーを浴びながら、昨日のことを考えた。
俺のことも、沙羅のことも。
考えることは山ほどある。
特に、俺の進路。
早く決めないと、親にも学校にも迷惑がかかる。
やっぱり、無難に大学に行くべきか…。
うちの親はどんな進路でも許してくれると思う。
でも、有名大学に入学できれば、喜んでくれるんじゃないかな。
沙羅のことで落ち込んでいる穂乃果さんも、うちの両親も。
何より、やりがいを見失った俺にかすかに残っている取り柄は、ただ勉強できるってだけなんだから。

病院の面会ができるのは、朝10時からだ。
まだ3時間くらいある。
自分の部屋に戻って、進路希望調査票を眺める。
第一希望、第二希望、第三希望。
夏休みの間にこれを埋めないといけない。
何一つ、やりたいことなんてないのに。
たった一枚の紙が、心に重くのしかかる。

「建都―?ご飯よ」

結局一文字も書けないまま、朝食の時間になった。
いつもは早く出勤する父さんも、今日は時間に余裕があるらしい。

「建都、今日は何時くらいまで沙羅ちゃんのところにいるつもりだ?」
「え、わかんない…けど、多分お昼すぎくらいまでだと思う。あんまりずっと話してると沙羅も疲れちゃうと思うし。」
「そうか。今日は父さん、早く帰れそうなんだ。久しぶりに河原でキャッチボールでもしないか?」
「えぇ?俺もう16だよ?野球辞めてからもずいぶん経つし。」
「いいからいいから。キャッチボールが嫌なら散歩でもいい。久しぶりに二人で出かけよう。」

俺の両親は若いうちに結婚して、母さんは俺を若くして産んだ。
仕事を始めたばっかりだった父さんは余裕がなくて、俺が小さいころはそんなに面倒を見られなかったらしい。
酒に酔ったりすると、父さんはいつもそれを悔やんでいる。
時間を見つけて俺のために時間を作ってくれているのは、その時の反動なんじゃないかな、って勝手に想像してみたりする。
もう、キャッチボールしたい年齢じゃないんだけど…。
母さんに言わせると、俺が不器用なのは父さんに似たらしい。

「じゃあ、行ってきます」
近年の酷暑のせいで、夏休みだというのにまったく外に人がいない。
思い出の公園にも、人っ子一人いなかった。
自転車を漕いでいると少しだけ風があたるけど、それでも汗は止まらない。
病院に着くころには汗だくになっていた。
駐輪場でヘルメットを外すと、髪の毛から汗が落ちてくる。
さすがにこの状態で病院に入るわけにはいかないから、ハンカチでできるだけ拭った。
昨日行ったから、部屋の場所はもうわかっている。
受付で面会を申し出て、病室に向かった。
エレベーターに乗ったところで、穂乃果さんと合流した。
「あら、建都くん。早いわね、朝早いのにありがとう。」
「いやいや、穂乃果さんもお疲れ様です。」
病室が近づいてくると、やっぱりちょっと緊張感がある。
沙羅は、昨日の俺を覚えてくれているだろうか。
少しまだ汗が残る手で、静かにノックした。

昨日と同じで、返事はなかった。
俺が開けるのを躊躇していると、横から穂乃果さんが開けてくれた。

まだ、沙羅は寝ていた。
「沙羅、おはよう」
穂乃果さんが声をかけるけど、起きる気配はない。
俺は不安になって、沙羅に近づく。
寝息が聞こえたことに、とてつもなく安堵した。

「見るものすべてが新しいから、すぐに疲れちゃうみたいなのよ。睡眠時間が増えると思うって、お医者さんも言ってたわ。」
俺の不安を読み取ったらしい穂乃果さんが言う。
確かにそうだよな、と思う。
俺にとったら何千分の一でしかない一日でも、沙羅にとってはまだ三分の一の一日なんだ。
一日の体感時間がすごく長いんだろう。

何千日と生きてきても、将来やりたいことがわからない俺って、とネガティブな考えがよぎって慌ててかき消す。

「ん、ぅんん…」
その時、沙羅が目を覚ました。
「え…?」
俺が来ていることにびっくりしたのか、沙羅が俺を見て固まる。
俺だって、朝起きて隣に他人がいたらびっくりする。
親とかならまだしも、俺は所詮幼馴染だ。
しかも異性。
当たり前だよなぁ。
ちょっと申し訳なくなっているところで、穂乃果さんが説明してくれた。
「建都君、朝から来てくれてたのよ。」
「けんと…」
沙羅がぽつりとつぶやく。
「ありがとう」
怒られたりしなかったことに、まずほっとした。


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