青春なんて要らないのに

紐下 育

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October

90

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いつの間にか雨はやんでいた。
本当にささいな、夕立のような雨だったらしい。
ドライヤーである程度乾かすことはできたけれど、なんとなくしっとりしている感じはぬぐえない。
どうしたものか、と考え込んでスマホを手に取ったところで、先生からのLINEに気づいた。
通知が入っていたのは50分前。
「やばっ」
慌ててトーク画面を開く。

「返信が遅くなってごめんね。帰ったらランドリールームに乾かしに行くから、心配しないで。予備の布団もあるし、大丈夫だよ。」
「焦らなくて大丈夫だから、ゆっくりしてね。せっかくの休日だし。」
「というより、疲れているのに布団干してくれてありがとうね。」

「ううう、やさしいょぉ…。」

想定外に動いた体の倦怠感を包み込むようなメッセージに、心があったかくなる。
でも、先生が優しすぎるからこその罪悪感もある。
今日は疲れて帰ってくるだろうに、俺のせいでランドリールームまで行かせなくちゃいけないのか。
「ありがとうございます」と「ごめんなさい」の間で揺れて、なかなか返信できなかった。

「ただいま~…」
先生が帰ってきたのは、日付変わって1時だった。
俺にしてはなかなか遅い時間。
でも、昼寝したおかげもあって起きて待ってることができた。
先生にごめんねとありがとうを直接言うまでは、今日を終わらせられないと思ったから。

「おかえりなさい…!」
「ほんとにごめんなさい。俺のせいで…。」
「なに、起きてたの?そっか、布団の場所わからないと眠れないか。」
「あ…。」

そうだ、寝ようとしたところで、布団無いんだった。

「ごめんね。伝えておけばよかった。」
「今布団出すからね。」
「あっ、大丈夫です!場所わかれば俺出しますし、先生疲れてるから休んで…「先生じゃなくて、『さくくん』でしょ?」

俺の額を手で押さえながら、先生が牽制する。
「あっ、」
呆気に取られている間に、先生はずんずんと進んでいく。
俺も慌てて追いかける。
もともと足の長さが違うのに先生に先を行かれてしまうと、俺は走らないと追いつけなくなってしまう。
普段は先生が俺の歩幅に合わせてくれているだけなんだと思う。

「ごめんね。今用意したからね。」

俺が寝室に行った時には、もう先生はどこからか運んできた布団を敷き始めているところだった。

「ほんとにごめんなさい…。何から何まで。」
「いいの。そもそも、普通だったら僕がやらなくちゃいけない家事をいつもゆうがやってくれてるんだから。それに、たまにこうやって失敗してくれた方が、僕としては安心するよ。」
「ありがとうございます…。」

こんなに忙しいのに、なんでこんな余裕を持っていられるのか。
先生のことを知れば知るほど、謎が深まっていく。
布団のセッティングが終わったところで、先生が俺に耳打ちをする。

「こういう姿を見せてくれるところも、大好きだよ。」

はぅ、と息が詰まる。

「僕はお風呂入ったりしてくるから、先に寝てて!ランドリーはしまっちゃってると思うから、明日行くことにするよ。遅くなっちゃってごめんね。」

あんなきゅんきゅんさせておいて、「寝ててね」は酷だろう。
新しいまっさらな布団に包まれても、俺はしばらくあのぞくぞくを忘れられなかった。
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