青春なんて要らないのに

紐下 育

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October

先生の独り言(フィールドワーク編2)

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カジュアルスーツのポケットの中で、スマホが微かに振動した。
ゆうからのLINEかもしれない。確認したい…。
でも、目の前では現地の農家さんが土地について教えてくれていて、絶対に聞き逃せない…。
もちろん録音はしているのだけれど、聞いている研究者の気が漫ろだと、研究協力者のパフォーマンスは簡単に下がってしまうから。
この研究には心から興味があって、かなり前から積極的に取り組んできた。
今の気の迷いで、この研究を台無しにするわけにはいかない。

なんとか仕事を終わらせて、おじいさんの家で学生や他の教授も含めて歓談することになった。

「ちょっと失礼します…。」

いかにも仕事の連絡のように、そそくさと廊下に出る。

「やっぱりだ。」

ゆうからの連絡が、二時間前に入っていた。

「すみません。布団干していたら眠ってしまって、その間に雨が降って、濡らしてしまいました…。本当にすみません。」

「あららら」
文面を見てすぐに、苦笑いした。
もともと妹の布団を干さずにずっと放置していた僕が悪いし、何も言っていないのにそれを代わりにやってくれたゆうにはむしろ感謝している。
だからまったく怒ったりはしていないのだけれど、ゆうとしてはかなり焦っているのだろう。

ゆうの連絡はいつもシャープで、無駄がない。
ただ今回はちょっと違うな、と思った。
「すみません」を二回言うのも、句点で話をつなげるのも、ゆうらしくない。いつもだったら「雨が降ってしまって、干していた布団を濡らしてしまいました。」みたいな感じで、できるだけ簡潔に書こうとするはずなのに。
相当焦っているようだ。

「返信が遅くなってごめんね。帰ったらランドリールームに乾かしに行くから、心配しないで。予備の布団もあるし、大丈夫だよ。」
「焦らなくて大丈夫だから、ゆっくりしてね。せっかくの休日だし。」
「というより、疲れているのに布団干してくれてありがとうね。」

既読、つくだろうか。
しばらくLINEの画面を開きっぱなしにして様子を見ていたけれど、ずっと未読のままだ。

「大丈夫かなぁ…。」

焦っているみたいだったし、すごく心配。
というより、なぜ今日布団を干したんだろう。
もともと妹の布団を放置していた僕が悪いのだけれど。
昨日電車で通学して、疲れ切っているゆうが急に布団を干そうと思い立つというのは考えにくい。
天気予報では今日も明日も晴れだったはずで、明日干そう、と計画する方が自然である気がするのだけれど…。

「せんせーい!地元の方が駅まで送ってくれるらしいです!」

廊下まで、学生が僕を呼びに来る。
もう、帰る時間だ。
僕も、駅に車を停めてきてしまっているから、そこまで送ってくれるのはありがたい。

「了解、今行くね。」

まだ既読のつかないLINEをポケットにしまって、みんなのところへと戻った。
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