青春なんて要らないのに

紐下 育

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October

85

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夜。それぞれお風呂を終えたあとは、自由時間だ。
とはいえ、先生はこの時間はいつもお仕事をしているみたいだけど。
俺の部屋の、俺の机の上でパソコンと紙を広げて、眼鏡もかけて。
絶対に先生の部屋の机の方が実用的で、色んな資料もおいてあるはずなのに、先生はいつも俺の部屋の方がいいと言う。
「ゆうがいる場所で仕事したいの。」
だったら俺が先生の部屋に行った方がいいんじゃないか、と言ったんだけど、それはどうやら先生的には違うらしい。
俺はベッドの上でドラマの見逃し配信を見ながら、その姿をぼんやりと眺める。
先生の邪魔をしたくないからイヤホンでドラマを見ようと思ってたけど、イヤホンをしちゃうと先生のちょっとした独り言が聞こえない。それにもし万が一、万が一にも先生が俺に話しかけてきた時に、故意じゃなくても無視してしまう可能性があるのは嫌だ。
そういう葛藤の末、俺は片耳だけイヤホンを付けてドラマを見ることにした。
ずっと同じ方の耳だけにイヤホンが刺さってると疲れちゃうから、時々違う耳にイヤホンを差し替える。

眼鏡、かっこいいな。
先生のシャープな輪郭に、黒縁眼鏡は本当によく似合ってる。
叶うなら、その姿を誰にも見せてほしくない。

夏の間の学会発表で自分の研究にフィードバックをもらったり、新しい研究に触れたりして研究意欲が高まったんだって、後期が始まる前にも言っていた。
先生曰く、「授業するのも楽しいんだけど、論文を書いている時間も楽しいんだよね。これは完全に趣味みたいな感覚でやっている感じかな。」らしい。
知的好奇心をどこまでも止めないところが、先生らしいな、と思う。
ときおり、「うーん…」とか、「あ、えっと…」とか独り言を言うのも、たまらなく好き。
無意識の発声なんだと思う、ちょっとからっとした、いつもより低い声にきゅんとする。

「よし。」
ふぅー、と大きく息を吐いた先生。
お、結構書けたのかな。

俺が先生の方に目を遣ったタイミングで、先生も俺の方を見た。
不意に視線がぶつかって、お互いに笑う。

「まだ、起きてたんだ。眠くない?」

正直言うと、すごく眠いです。でも、先生と一緒に布団にいる瞬間がたまらなく幸せだから。
本当はちょっとだけ我慢して、起きてた。ドラマを通してブルーライトを目に入れて、なんとか耐えてた。
「…ちょっと、だけ。」

「ふふ、だいぶ眠いみたいだね。声がとろんとしてるよ。」

先生にはなんでもお見通しなんだって、痛感させられた日だったな。

「僕は今日はここで終わりにする。一度寝て起きて、また明日確認することにするよ。」

朝俺が起きたときには、もう先生は起きてしまっている。
だから、先生と一緒に布団に入っていることを俺が知覚できる時間は、この夜の、先生が寝るタイミングだけなんだ。

ちょっと控えめに、先生が俺のいる布団に入ってくる。
先生の存在感で布団が大きく膨らんだ。
髪の毛のセットもしていない。もちろんメイクも。
なのになんで、こんなに美しいんだろう。
先生の手が、俺の頭に伸びてくる。
優しい手。強い手。努力している手。大好きな手。
それが幸せでたまらなくて、俺は目を閉じてその柔らかい心に浸った。

ふと、うとうとしている俺の耳元で、先生がつぶやいた。

「僕にちょっとでも、隠し事したらだめだよ。約束ね?」

背筋がピン、と伸びるような心地がする。
そんなのずるいよ、俺の逃げ場、なくなっちゃうじゃん。

だけど、こんな真正面で言われて、俺が逃れられるわけない。
俺は眠気でほぼ開かない目で曖昧に笑って、そのまま眠りについた。
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