青春なんて要らないのに

紐下 育

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October

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後期が始まって一週間。
思ったより二倍三倍、忙しい毎日が、怒涛のごとく過ぎていった。
いや、俺がフル単しようとして詰め込んだのが悪いんだけど。
約二カ月堕落し続けていた体に、鬼のような課題が容赦なく襲いかかってきた。
「一年生はフル単」みたいな風潮、履修登録の時は不安でなんとなく従ってしまったけど、今考えたら意味わかんないな。
一年生のうちにいっぱい単位取って二年目以降楽にしようっていう意図はまぁ、理解できるんだけど。
だけど、別に授業受けること自体がそんなに苦じゃない俺にとっては、それはあんまり魅力的じゃなかった。
一年生のうちに詰め込まなくても、コツコツ取っていけばよかったんじゃないか。
自分の浅はかさをちょっと後悔する。これからこの課題量に慣れていけることを願うしかない。

それに加えて俺を苦しめたのが、満員電車。
夏休み中に広瀬となんとなく話していたことではあるんだけど、いざ実際に、となると大変だった。
先生にちょっと、いや、かなり心配をかけてしまった。なんなら多分、今でも心配し続けている。

きっかけは、始業日の何気ない会話だった。

「そういえば永瀬、一緒に電車通学したいみたいな話してたけど、同居人さんになんか話したりした?」
「あぁ…ちょっとだけ話したけど、多分もう忘れてるわ。話してみるね。」
「おぉ。了解―。最寄りからしばらくは一人だから、同じ最寄りのやつがいるのめっちゃ嬉しくてさ。一緒に通えたらぜってー楽しい。」

あの時の俺は、始業日ってこともあってちょっと心が浮ついてたんだと思う。
ただでさえ堕落しきった身体に急遽課せられた早起き。睡眠時間が足りてないわけではないけど、時差ボケみたいにぼーっとしてた。にかっと笑う広瀬の顔があまりにもまぶしかったのも、俺を惑わせる原因だったんだと思う。
とにかく、眠くて判断力が鈍ってるところに友達の屈託ない笑顔を見て、俺は一刻も早く電車通学がしたくなってしまった。前期、あんなにも快適だった先生の車での通学を捨ててでも。

先生も、急にそんなこと言われて疑問に思ったに違いない。
その日の夜、夕ご飯を食べている時に、今日の広瀬との会話の一部始終を先生に伝えた。
先生は、大好物の肉じゃがを食べる手を止めて真剣に聴いてくれたんだけど、肯定はしてくれなかった。

「なるほど。ゆうの気持ちはわかった。頭ごなしに否定したいわけではないけれど、都内の満員電車はあまり治安がいいものではないからね。僕としては、少し不安があるよ。」
先生の口調はあくまで冷静で、だけど俺にとってはちょっと、ショックだった。
このままだと、広瀬を一人で通学させることになってしまう。
まったく見当違いな正義感が、急にふくれあがってきた。

「満員電車がしんどいのは、わかっています。でも、最寄り駅から広瀬と一緒ですし、俺も広瀬も男ですし。自分の身を守るくらいはできます。」

「うーん、そっか。僕としてはやっぱり不安だけど、ゆうが行きたいっていうならその気持ちを尊重するよ。」

思ったよりも先生が早く折れてくれて、俺は興奮した。
先生との交渉に成功して、なんとなく、先生に勝てた気がして。
「同居してる人から許可もらえた!」
食後すぐに広瀬にLINEを送ってしまうくらいには、そしてその文末に!ってつけてしまうくらいには、テンションがあがっていた。

「まじ?正直ちょっと厳しいかと思ってたw」
「明日から電車行けるん?」

厳しいかもしれない、と広瀬が思ってたことを、俺が成し遂げられたことが嬉しかった。
俺が頑張って先生に交渉すれば、このくらいできるんだぞ。
箱入り娘でもあるまいし。

「明日から、電車で行ってもいいですか?」

謎の勝利感でにやにやしている俺に、先生も気を遣ってくれたのかもしれない。

「いいよ。ただ、もし危険なことが起きたりしんどくなったりしたら、すぐ僕に相談してね。いつでも電車通学、やめていいからね。」
「はい!」

この時の俺が愚かだったことは、翌朝早くも判明する。

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