青春なんて要らないのに

紐下 育

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September

67

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「ゆう久しぶり!」

その日の夜、先生からLINEが入った。
久しぶりって言ってるけど、まだ俺が実家に帰省してから一週間も経ってないけど。

「お久しぶりです。」

「最近どう?」

相変わらず返信が早いこと早いこと。

「元気です。今日も広瀬とカフェ巡りしてきました。」

「そうだったんだ!楽しんでいるみたいで安心したよ。」

「ありがとうございます。」

「今日、通話できたりする?」

「今からお風呂入るので、その後だったら大丈夫です。」

「わかった。じゃあさせてほしいな。」


なんだろう。通話するって、珍しい気がする。
気になってお風呂に入ってる時間も先生のことが頭から離れなくて、湯舟にもほとんど浸からずに上がってしまった。

「もう寝る準備できたので、先生のご都合の良いときにお願いします。」

「今かけるね。」

トゥトゥトゥトゥトゥトゥン、とにぎやかな着信音。
「若狭朔」の表示に、波打つように胸が高鳴る。

「久しぶり!」

穏やかで元気そうな声色。
ひとまず、何か不安な話題じゃなさそうなことに安心する。

「お久しぶりです、先生、元気そうで安心しました。」
「先生…あぁそうか。」

小さい声でつぶやくのが聞こえる。
そう。いくらなんでも、ここは二人の家じゃない。
誰かに聞かれる可能性がある以上、「さくくん」呼びは危ないと思った。

「ゆうも元気そうで、安心したよ。声聞けてよかった。」

「ありがとうございます。あの、今日は何か…?」

「ううん。ただ、ゆうの声が聴きたかっただけ。へへ。」

「あぁ…よかったです。先生と通話なんて珍しいから、何かあるのかと思って。」

「確かに。そっか、ごめんね、特に何もないよ。」

最近はどういう学会に出たとか、自分でご飯作ってるとか、ゆうが恋しいとか。
口角が上がってるのか、いつもより高い声で話す先生が可愛い。
だけど、ちょっと違和感。
奥でがしゃがしゃした音が聞こえる。
先生が何か洗ってるのかと思ったけど、それにしては音が遠い。
誰かいるのかな、先生の家に。
先生のことだから、俺以外の学生とか教員とか、家に上げることもあるのかもしれない。
なによりあの家のキャパだったら、みんなを連れ込んだ方が得な気さえしてくる。
だけど…ちょっとなんか。嫌だな。
食洗機とかだったりしないかな。
いや、それはないか。食洗機だったらあんなうるさくないはずだ。
あれこれ考えだすと止まらない。

「そろそろゆうは寝る時間だよね。」
「そう…ですね。ちょっと眠くなってきました。」
「そっか。じゃあ、今日はもうそろそろ切ることにしようか。」
「はい、ありがとうございます。」
「うん。また話そうね。」

「あっ。」

ツー、という無機質な音。
なんか、もやもやする。
だけど、どうやって聞けばいい?

「今日は電話、ありがとう!おやすみなさい。」

先生からLINE。
ずっとトーク画面開いてたせいで、すぐ既読つけちゃった。

「なんかがちゃがちゃした音が聞こえてたんですけど、食洗機回してたりします?」
送信ボックスに打ち込んでも、送信を押す勇気は出ない。

「はぁぁ…。」

意気地なし。
心の中で自分をけなして、大きくため息を吐いた。
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