青春なんて要らないのに

紐下 育

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August

60

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先生から来たLINEの通知で、目を覚ました。

「今から帰るよ。30分くらいで着くと思う。」

あぁ、結構な時間寝ちゃったな。
そろそろ料理作り始めないと。

ソファーから身体を起こすと、心地よいくらいの倦怠感がまとわりついていることに気づく。
こんなに友達と過ごしたことがなかったから、知らず知らずのうちに疲れたのかもしれない。
チャーハンを作っていると、先生が帰ってきた。

「おかえり!!」
「うぉっ!?」

玄関からキッチンまでが遠いのに加えて、チャーハンを炒めてたせいで先生が鍵を開けた音も聞こえなくて、びっくりする。
あやうくチャーハンこぼしそうになったぜ…。
…冷静になるまで気づかなかったけど、帰ってきた先生が「おかえり!」はおかしくない?こっちのセリフでは?

スーツをがばっと脱いでいく先生がかっこよくて、ついつい見ちゃう。
危ない危ない。焦がさないようにしっかり見てないと。
もうちょっと早く昼寝から起きてたら、もうちょっと早く料理作り始めてたら、先生のスーツをもっと堪能できたのかな。

「チャーハン?疲れてるはずなのに作ってくれて、ありがとうね。」

部屋着に着替えた先生が、俺を後ろから抱きしめる。
相変わらず耳元で話されて体がびくっとしちゃって、より力強く抱きしめられた。
逃げようとしてるとでも思ったのかな。

「大丈夫です。あ、なかなか連絡せずに、すみませんでした。」
「本当に、無事でよかったよ…。心配した。」

俺の肩に顎を乗せて、先生が甘えてくる。
声的に、絶対唇とんがらせてるんだろうな。
顔が安易に想像できて可愛い。

「さくくんは、学会、どうでした?」
「うん、新しい研究者や彼らの新鮮な研究を聞けて、とっても良かったよ。今度の授業でも、その時の論文を紹介しようと思ってるんだ。」
「よかったです。またお話、聞かせてください。」
「うん。ありがとうね。」
「そういえば、今日一緒に遊んだメンバーも、先生の授業は楽しいって言ってました。」
「本当?嬉しいな。というか、遊んでてもそんな話になるの?みんな真面目だなぁ…。」

若狭先生以外の先生の名前が出てくることはあんまりないですよ、って言いかけて、他の先生を下げてることになるから失礼かなって思う。

「たまたまです。でも、若狭先生って言葉が出てくる度に俺、冷や汗かくんですよ…。」
「家にいる僕は若狭先生じゃなくてさくくんだから、そんなに過剰に反応することないよ。」
「とはいっても…。」
「でも、そうやって僕のことを常に気にしてくれてるのは嬉しいな。ずっとゆうの脳内に僕がいるってことだもんね。」

よくわからない会話をしているうちに、チャーハンが完成した。

「夕飯できたので、運ぶの手伝ってもらってもいいですか?品数少なくて申し訳ないですけど…。」
「ありがとう!相変わらず、手際がいいなぁ…。僕が運ぶから、先に席ついてて。」

先生の言葉に甘えることにして、先生が運んでくれるのをまったり眺める。
相変わらず手がきれい。イタリアンレストランとかにいそう。

「お待たせ。」
「ありがとうございます。」

二人でチャーハンを食べ始める。
我ながら、うまくできたと思う。パラパラに仕上がってるし。

「今日は楽しかった?」
「はい。友達と遊ぶなんてほぼ初めてでしたけど、本当に楽しかったです。また遊ぶ約束もしました。」
「そっかぁ…よかった。」
「そういえば、広瀬、いつも仲良くしてくれてる広瀬北斗ってわかりますか?まさかの、最寄り駅が一緒だったんですよ!」
「へぇ…。」
「だから、後期からは、二人で電車乗って登下校できそうだなって思って。」
「え…。」
「どうかしました?」
「い、いや、なんでもない…。よかったね。」

食べ終わると、先生は俺にくっついて離れない。

「大丈夫ですか?」
「うん…今日はちょっと疲れちゃったみたい。甘えたい気分。いい…?」

こんなにはっきりと「甘えたい」って言われると、ちょっと戸惑ってしまう。

「もちろんです。」

でも、断るなんて俺にはできない。
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