青春なんて要らないのに

紐下 育

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August

53

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「毎日一緒に寝るってこと、ですか…?」
「て、手始めに…?」
「うん!」

「手始め」の意味、わかってるのかな。
だいぶハードだと思うんだけど。

「他になにかやりたいことあった?」

違う、そうじゃない…。

「今まで何回か一緒に寝たことあるし、それが毎日になるってだけだから大丈夫じゃない?」
「いや、でも…。」
「じゃあ、他に何かずっとくっついてられる案ある?」

ちょっと拗ねてる?
きれいに左右対称になってる薄い唇が、いつもよりとんがってる気がする。

「うーん、そういわれると難しいですけど…。」
「毎日一緒にお風呂入るとか、僕がゆうの部屋で仕事するとか?」
「…一緒に寝るのがいいです。」

こうして三択にされると「一緒に寝る」が安牌に思えてくるから不思議だ。
俺の部屋で仕事なんてしたら、先生の仕事の効率が最悪になるのは目に見えてる。
大きな机も、おしゃれなカウンタースペースも、俺の部屋にはない。
本とか論文を参照するためだけに先生の部屋と俺の部屋を往復するなんてことになったら、先生の能力が下がっちゃう。
そんなこと、俺が絶対に許せない。たとえ先生がそれを気にしなくても、俺にとってはすっごく重大なことだ。
一緒にお風呂は普通に論外。恥ずかしいし。
先生のきれいに割れてる腹筋とか、大きく育ったあそことかの前で俺の裸体を晒すなんて、公開処刑も同然だ。俺にとっては。
それに比べて一緒に寝るのは、恥ずかしさはあるけどお風呂ほどじゃないし、俺の部屋で仕事する場合に比べたら先生のパフォーマンスも下がらなそう。

「よし!決まり!」

あぁ、決まっちゃった。

「僕のベッドは移さなくていいよね。ゆうのベッドもそれなりの大きさだから、二人で寝ても余裕あるでしょう?」
「まぁ、はい…。」
「じゃあさっそく、今日からゆうのお部屋で寝かせてもらいます!」

そう元気に宣言してから、先生は仕事を始めた。
自分の部屋じゃなくて、リビングで。
なんかにこにこしてる…。
今日待ち合わせしたときのあの寂しそうな顔じゃなくなっただけ、よかった。

「あぁ、仕事がよく進む!実は今日一日、寂しくて仕事がはかどらなかったんだ。」

それは由々しき事態。
俺がこうして恥ずかしいのを我慢して先生の仕事がはかどるなら、仕方ないよな。
先生の距離の近さには戸惑うことが多いけど、それでも俺は先生の研究のファンだし、先生のことが大好きなのに変わりはない。

「今って何やってるんですか?あ、もし俺が見てもいいお仕事なら、ですけど…。」
「今はゼミの授業の構成を考えているところだよ。学生たちの興味は毎年変わるし、何より研究も進んで知見もアップデートされていくから、毎年内容を変えるんだ。」
「へぇ、すごいですね…!」
「えへへ、嬉しいな。あ、そうだ。ここについてゼミでディベートしてもらおうと思ってるんだけど、こういう感じの流れで議論まで持っていけばスムーズにいくかな?どっかわかりにくいところとかある?」
「うーん…。ここ、『どうすればいいか』って言われてもあんまりピンとこない気がします…。俺が思いつかないだけかもしれないですけど。」
「やっぱりそうだよね。僕もそう思っていたから、少し書き直すことにするよ。ありがとう。」

先生の仕事はどんどん熱を増していく。
俺の受けてる授業も、先生がこうやって作ってくれてるのかな、嬉しいな。
でも、俺はそろそろ眠くなってきた。

「さくくん、すみません。ちょっと眠くなってきたのでお先に寝ててもいいですか?」
「あ、もちろん!遅くまでありがとう!僕もゆうの部屋に移動することにするよ。机、ちょっと借りてもいい?」
「あ、はい、大丈夫です…。」

あれ、なんか本末転倒…?
先生、結局俺の部屋で仕事してない?
でも、眠くなった頭では難しいことは考えられなくて、ベッドに包まれながら眠りに落ちた。
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