青春なんて要らないのに

紐下 育

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August

52

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家に帰っても、先生はずっとどこかおかしかった。

いつもだったら対面で座る食卓で、今日は俺の隣に座ってきたし。
いつもだったら先生が先に入るお風呂を、今日は俺に最初をゆずってきたし。
いつもだったら仕事があれば自分のお部屋でやるはずなのに、今日はリビングでやってるし。

「さくくん、今日、何かありました?」

いつもと違うっていうのは、なんか怖い。
もしかして、中身は本当の先生じゃないんじゃないかって、そんな気さえする。

「いや、特になにもないよ?」

ちょっと目線がそらされる。
いつも俺の目をじっと見つめてくる先生だから、逸れたときがわかりやすい。

「本当ですか?」
「…うん。」
「だったら今の間は何ですか。」
「間?そんなのあった?」
「絶対何か隠してますよね。」

「えぇ…?」

ちょっとずつ後ろに下がっていってること、先生は気づいてないのかな。
こんなに嘘が下手な大人も珍しいものだ。

「俺に言えないようなことですか。」

この間、先生に言われた言葉をそのままそっくり返す。
さすがに、担当するゼミの学生の進路のことで悩んでるとかだったら、それは俺が立ち入れないこと、だと思う。

「うぅ…こんなこと言いたくないのにぃぃぃ…。」

先生が頭を抱えはじめた。
本当になんなんだ。

「何でも言ってください。一緒に住ませてもらってるわけですし。」
「こんなこと言ったら嫌われるかもしれない…。」
「さくくんが何言っても俺は嫌いにならないです。大好きですし、尊敬してるので。」
「…んん、本当に?」
「はい。」
「絶対?」
「はい、絶対です。」
「じゃあ、笑わないでね、今日、広瀬君がゆうとずっと一緒にいたの、うらやましかったの…。」

…。
……。

「ん?」
「だからね、ちょっと寂しくなったの。」

ずっと下を向いてそんなことを言う先生。

「っ、かわいい…。」
「え?」

やばい、ついに口に出てしまった。
今まで、ずっと心の中に押しとどめておいたのに。

「引かない?笑わない?大丈夫?ねぇ、ゆう…?」
「大丈夫です。よかった…。なんか嫌なこととかあったのかと思いました。」
「嫌なことではあるよ!僕以外の人とずっと一緒にいるゆうを見せつけられてるんだから。」
「いや別に、見せつけてるつもりはなかったんですけど…。」
「覚えてる?僕がお昼すぎ手振った時あったでしょ?あの時、広瀬君が先に手を振り返してくれて、そのあとゆうが手振ったの。」
「あぁ、そうだった…と思います。」
「あれ、すっっごく嫌だったの!僕が手振ってるのに、ゆうが全然気付いてくれないんだもん。あげく広瀬君が先に気づいて、広瀬君経由で僕のことに気づくの、なんかすごい…さみしかった。」
「なるほど…?」

先生の感性はよくわかんないけど、俺も先生のゼミの学生さんとかに嫉妬することはよくある。先生には言わないけど。
だから、まぁ、ちょっと気持ちはわかる、気がする。

「でもなぁ…だからと言って積極的に大学でべたべたするのはよくないじゃん?」

あ、その感覚、先生の中にもあったんだ。
ちょっと感動。

「別に悪いことしてるわけじゃないけど、僕がえこひいきしてるって見られちゃったら学生のモチベーションは変わっちゃうと思うからね。だから、積極的にべたべたはしたくない。それに、ゆうの友人関係も阻害したくはない…。」

まるで新しい研究の考察でもするみたいに、ぶつぶつつぶやいてる先生。

「いろいろな環境要因その他諸々考えると、僕が我慢するのが最善という結論に落ち着くんだよな…。大学での関わり方を変えるのはよくない、だけど嫉妬はしちゃう、うわぁぁぁぁぁぁぁ。」

そう言ってこっちに倒れこんでくる。

「うぉっ。」

間一髪受け止められた。
先生はもっと、自分の大きさを自覚した方がいい。

「そうだ。」

バッと顔をあげた先生にこっちが驚いてると、先生は子犬みたいな目で続けた。

「その分、家でくっついててもいい…?」

賢い人がこんなことで悩んでるのもかわいいし、その結果導き出されたのが「もっと家でくっつく」なのもいじらしいほどかわいい。

「いいです…けど、もう十分くっついてません?」

そう言うと、先生は唇をとんがらせて爆弾発言をかました。

「そんなことない!僕は四六時中ゆうとくっついてたいんだから。手始めに、一緒に寝ることにするのはどう?」
「え…?」
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