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第二十八話 猛獣使いって誰のことよ?
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二人の間で話がまとまると、昼過ぎには軍の演習場に行くことになった。
演習場のなかには軍人たちの宿舎やバルハルトらの仕事部屋が入った建物などがあり、そこだけで軍の生活が成り立つように設計されていた。
王宮や神殿とは異なる、機能性を追求した造りはクルトにとっては馴染みがないもので、思わずきょろきょろとあたりを見渡した。
演習場の中は広く門から目当てのドラゴンの獣舎まではかなり歩くことになった。
時折空を舞うドラゴンが地面に大きな影を落とし、ドラゴン同士が話すような咆哮があたりに響く。
「ほら、ここだ」
バルハルトに案内されてついた獣舎はこれまで見たものの中でも大きなものだった。
「若いドラゴンが治療を受けているが、傷が深く広範囲に渡っているせいでかなり治療が難航している。それにその.......医者の腕があまり良くなくてな」
バルハルトにしては珍しく歯切れが悪い。なかなか口には出せないことだろう。
この国には神官の他にもドラゴンの治療ができるものは一定数いる。しかしその腕はピンキリであり貴族の愛玩用のドラゴンが抱えていた難病を見事に治した名医もいれば、胡散臭い自己流のやり方で症状を悪化させるような、とんでもないようなものも存在する。
そのような中でも神官たちは一定の技量を持っているが、問題は軍との折り合いが悪いことだ。
その影響で大方神官を派遣してもらえず、民間の医者を呼ぶことになったのだろう。
おまけに腕の良い医者の診療費は非常に高額で、それを払えるのは一部の上流貴族だけであり、防衛費を削りに削られている軍が彼らを呼ぶのは不可能である。
それで診療費が安い者にしたのだろうが、そのような者たちは基本的に腕が良くない。
それゆえドラゴンの傷が治らないのだろう。
「とりあえず一刻も早くドラゴンの状態を確認しましょう」
獣舎の中に入ればそこは薄暗く、風通しも悪い。
「バルハルト殿、ここを換気してもらえませか?」
「分かった」
バルハルトが風通しを良くしている間に、クルトはドラゴンに近づいていった。
ドラゴンは体の状態が良くないせいだろう、少しこちらを見ただけでまたすぐに目を瞑ってしまった。
まずドラゴンの体を濡れたタオルで丁寧に拭くと、傷口の消毒を済ませる。バルハルトのドラゴンよりもずっと状態が悪く、一体こうなるまでに何をしていたのか、と訊きたくなるようなものだった。
傷口の縫合もあまりにも下手で、一旦抜糸してからやり直す必要がありそうだ。
「ごめんね、本当にしんどいよね。すぐに良くなるよ」
優しく声をかけながらドラゴンに睡眠薬を混ぜた水を与え、ドラゴンが眠っている間に治療することにした。
ドラゴンの体は至る所が膿んでおり、場所によっては虫がたかってしまっているところもある。
またこのドラゴンは非常に大きい為、その分当然治療しなければならないところも増えてしまう。
そのせいか、このドラゴンを担当した医者は面倒臭くなって雑に手当てしたようだ。
(本当に許せない)
会ったことがない医者に腹を立てつつも、手早く治療をしていく。それでも結局かなり時間がかかってしまい、治療が終わった頃にはお昼の時間はとっくに過ぎていた。
「クルト、疲れただろう。そろそろ昼食にしよう」
彼にそう言われ、休憩を取ることにしたクルトは一緒に演習場内にある食堂へと向かった。
お昼の時間を過ぎていたからか、食堂内は人がまばらだった。だがバルハルトとクルトが中に入るとバルハルトの同僚たちが挨拶してきた。
彼らは一応バルハルトに向かって話しているが、ちらちらとクルトの方を見てくる。屈強な男たちの中では当然クルトのような小柄な人間は目立つだろう。
彼らがこちらを見ながら何やらひそひそと話している。
「バルハルトのやつ、とうとう人を攫うようになったのか。あの子は可哀そうだな。どうせあいつに脅されて仕方なしにここに来たんだろう。可愛い顔をしているからひどい目に合っていないといいが」
根も葉もない悪評を立てられているバルハルトがさすがに可哀想である。彼はちゃんと同僚たちとうまくやっていけているのだろうか。
そこで少しでも彼の印象を良くするため、クルトは自らバルハルトと腕を組んでみることにした。
「バルハルト殿、今度一緒にお出かけしましょ!せっかくだから買ってもらった服を着ていきたいです。服の色をお揃いにしてみましょうよ!絶対楽しいですよ」
クルトがあえてきらきらとした笑顔を見せながらそう言うと、バルハルトが微かに笑った。そのとたん彼の眉間の皺が消え、一気に険しい雰囲気が消え去った。ちらちらと同僚たちの様子をうかがってみると、みな呆気に取られたような顔でぽかんと口を開けてこちらを眺めていた。
(ふふっ、作戦は上手くいったみたい)
自分の思い描いていたようにことが運びご満悦なクルトは、にこにこしながらバルハルトと腕を組んだまま昼食を取りに行った。
その後、バルハルトの同僚たちの間でクルトはひそかに『猛獣使い』と呼ばれるようになった。
演習場のなかには軍人たちの宿舎やバルハルトらの仕事部屋が入った建物などがあり、そこだけで軍の生活が成り立つように設計されていた。
王宮や神殿とは異なる、機能性を追求した造りはクルトにとっては馴染みがないもので、思わずきょろきょろとあたりを見渡した。
演習場の中は広く門から目当てのドラゴンの獣舎まではかなり歩くことになった。
時折空を舞うドラゴンが地面に大きな影を落とし、ドラゴン同士が話すような咆哮があたりに響く。
「ほら、ここだ」
バルハルトに案内されてついた獣舎はこれまで見たものの中でも大きなものだった。
「若いドラゴンが治療を受けているが、傷が深く広範囲に渡っているせいでかなり治療が難航している。それにその.......医者の腕があまり良くなくてな」
バルハルトにしては珍しく歯切れが悪い。なかなか口には出せないことだろう。
この国には神官の他にもドラゴンの治療ができるものは一定数いる。しかしその腕はピンキリであり貴族の愛玩用のドラゴンが抱えていた難病を見事に治した名医もいれば、胡散臭い自己流のやり方で症状を悪化させるような、とんでもないようなものも存在する。
そのような中でも神官たちは一定の技量を持っているが、問題は軍との折り合いが悪いことだ。
その影響で大方神官を派遣してもらえず、民間の医者を呼ぶことになったのだろう。
おまけに腕の良い医者の診療費は非常に高額で、それを払えるのは一部の上流貴族だけであり、防衛費を削りに削られている軍が彼らを呼ぶのは不可能である。
それで診療費が安い者にしたのだろうが、そのような者たちは基本的に腕が良くない。
それゆえドラゴンの傷が治らないのだろう。
「とりあえず一刻も早くドラゴンの状態を確認しましょう」
獣舎の中に入ればそこは薄暗く、風通しも悪い。
「バルハルト殿、ここを換気してもらえませか?」
「分かった」
バルハルトが風通しを良くしている間に、クルトはドラゴンに近づいていった。
ドラゴンは体の状態が良くないせいだろう、少しこちらを見ただけでまたすぐに目を瞑ってしまった。
まずドラゴンの体を濡れたタオルで丁寧に拭くと、傷口の消毒を済ませる。バルハルトのドラゴンよりもずっと状態が悪く、一体こうなるまでに何をしていたのか、と訊きたくなるようなものだった。
傷口の縫合もあまりにも下手で、一旦抜糸してからやり直す必要がありそうだ。
「ごめんね、本当にしんどいよね。すぐに良くなるよ」
優しく声をかけながらドラゴンに睡眠薬を混ぜた水を与え、ドラゴンが眠っている間に治療することにした。
ドラゴンの体は至る所が膿んでおり、場所によっては虫がたかってしまっているところもある。
またこのドラゴンは非常に大きい為、その分当然治療しなければならないところも増えてしまう。
そのせいか、このドラゴンを担当した医者は面倒臭くなって雑に手当てしたようだ。
(本当に許せない)
会ったことがない医者に腹を立てつつも、手早く治療をしていく。それでも結局かなり時間がかかってしまい、治療が終わった頃にはお昼の時間はとっくに過ぎていた。
「クルト、疲れただろう。そろそろ昼食にしよう」
彼にそう言われ、休憩を取ることにしたクルトは一緒に演習場内にある食堂へと向かった。
お昼の時間を過ぎていたからか、食堂内は人がまばらだった。だがバルハルトとクルトが中に入るとバルハルトの同僚たちが挨拶してきた。
彼らは一応バルハルトに向かって話しているが、ちらちらとクルトの方を見てくる。屈強な男たちの中では当然クルトのような小柄な人間は目立つだろう。
彼らがこちらを見ながら何やらひそひそと話している。
「バルハルトのやつ、とうとう人を攫うようになったのか。あの子は可哀そうだな。どうせあいつに脅されて仕方なしにここに来たんだろう。可愛い顔をしているからひどい目に合っていないといいが」
根も葉もない悪評を立てられているバルハルトがさすがに可哀想である。彼はちゃんと同僚たちとうまくやっていけているのだろうか。
そこで少しでも彼の印象を良くするため、クルトは自らバルハルトと腕を組んでみることにした。
「バルハルト殿、今度一緒にお出かけしましょ!せっかくだから買ってもらった服を着ていきたいです。服の色をお揃いにしてみましょうよ!絶対楽しいですよ」
クルトがあえてきらきらとした笑顔を見せながらそう言うと、バルハルトが微かに笑った。そのとたん彼の眉間の皺が消え、一気に険しい雰囲気が消え去った。ちらちらと同僚たちの様子をうかがってみると、みな呆気に取られたような顔でぽかんと口を開けてこちらを眺めていた。
(ふふっ、作戦は上手くいったみたい)
自分の思い描いていたようにことが運びご満悦なクルトは、にこにこしながらバルハルトと腕を組んだまま昼食を取りに行った。
その後、バルハルトの同僚たちの間でクルトはひそかに『猛獣使い』と呼ばれるようになった。
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