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第八走
107:オレさあ、どうして、頑張れなかったんだろう
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赤星やコーチ、紬季らボランティアスタッフは辛うじて個室だ。
紬季は夕飯の後片付けと明日の朝食の仕込みをしてから、三年生の部屋へと向かった。
正直、ヘトヘトだが、これからスポーツマッサージをしてやらなければならない。
走り込むこの時期は特に足に疲労が貯まっているから、それをほぐしてやるのだ。
一人十分。希望があれば何名でも。
座敷の扉を開けて、
「マッサージいる人ぉ~?」
と声を掛けると何名かが手を上げる。
三年生は八名。
現在の西城陸上部は一年生が十四人。二年生が十二人。そして、四年生が六人。
怪我や練習についけない、タイムが伸びないなどの理由で毎年十五人前後の新入生がいても、最終年次には選手として残っているのは半分以下。先日も、これまでたくさん話をした二年生が辞めていったばかり。寂しい限りだ。
部屋には、布団を被って携帯やノート型パソコンを弄っている海の姿は無かった。
心を込めたマッサージで、「さっきの態度、ごめんね」って謝ろうと思ったんだけれどなあ。
間が悪かったようだ。
「海く……烏堂くんは?」
宮崎の足をマッサージしながら、紬季はそれとなく聞く。
「ヘラオに呼ばれて離席中」
宮崎の足裏を揉んでいくと、「ぬふうっ」とおかしな声が上がった。
「なにそれ」と紬季は笑う。
「本当、気持ちいいだって。マッサージ。プロになれるかもよ?」
「スポーツマッサージのプロ?もうちょっと早く動けたらねえ」
「気に触った?」
「ううん。褒められるのは嬉しい。想像したことも無かった。天職って何なんだろうねえ」
「自分でこれだって思っていても、やってみたら案外違ったりするしな。あ~あ、俺もどうしよ」
「みんな、悩みは同じか。なんか、安心した」
「そうそう。ぬふうっ」
「宮崎くんに留めを刺したところで、じゃ、次はと」
「オレ、オレ」
と隣の布団で寝転がっていた鈴木が手を上げる。
紬季がそちらに向かうと、何故か鈴木が布団から避け、紬季はそこにうつ伏せにされた。
「え?何?!」
「いいから、いいから」
鈴木が紬季の太ももに乗ってきた。そして、腰に立てた指を当ててくる。
「ぬふっ」
紬季もさっきの宮崎みたいな声を出してしまった。
「はは。凝ってる。暑い中、給水ボトル持って歩き回って、食事作って、洗濯して、おまけに夜はマッサージして。選手以上に大変だもんな」
「鈴木くん、僕の仕事見てたの?いつ??」
「最近。よく頑張れるよなあって関心してた。それまでは、正直気が付かなかった」
鈴木くんのマッサージは続く。
なんだか、彼の様子が変だなと紬季は思った。
「これじゃ、逆だって。僕がやるって」
それでも、鈴木は止めない。
「オレはもう今後はいいよ」
「どうして?」
「マネに転向するから」
今日の夕飯のカレーは美味かったみたいなあっさりした言い方だったので、紬季が反応が遅れた。
「……え?」
「体型、変わっちゃって走れなくなってきていたのは知っているだろ。夏合宿前に、マネに転向するか部を辞めるか考えろってヘラオに言われてたんだ。オレも海と同じで一応特待生だからさ。マネに転向するって決めて、でも、我儘言って夏合宿は選手として参加させて貰った」
「鈴木くん、ここでそんなこと言っちゃっていいの?」
紬季は小声で問いかける。
「うん。オレがマネに変わることはこの部屋の連中全員が知っている」
「そっか」
「今日さ、オレ、本当に全然走れなくてさ。トレイル中に余りにも苦しくて、あーこりゃ無理だわって、諦めがついた」
「鈴木くんは、笠間さんを目指すんだね」
「かな?まだ、気持ちの整理がつかなくて分かんないけれど」
「去年、笠間さんもそんな感じだったよ。今じゃ、厳しい主務だけど。気持ちの整理がつかないうちは、少しぼやっとしてみるのもいいんじゃない?陸上素人の僕が言うのも何だけどさ」
「ぼやっとかあ」
しばらく紬季の足をもみ始めた鈴木が、ポツンと言った。
「オレさあ、どうして、頑張れなかったんだろう」
紬季はゆっくり起き上がった。
そして、鈴木の目を見て首を振る。
紬季は夕飯の後片付けと明日の朝食の仕込みをしてから、三年生の部屋へと向かった。
正直、ヘトヘトだが、これからスポーツマッサージをしてやらなければならない。
走り込むこの時期は特に足に疲労が貯まっているから、それをほぐしてやるのだ。
一人十分。希望があれば何名でも。
座敷の扉を開けて、
「マッサージいる人ぉ~?」
と声を掛けると何名かが手を上げる。
三年生は八名。
現在の西城陸上部は一年生が十四人。二年生が十二人。そして、四年生が六人。
怪我や練習についけない、タイムが伸びないなどの理由で毎年十五人前後の新入生がいても、最終年次には選手として残っているのは半分以下。先日も、これまでたくさん話をした二年生が辞めていったばかり。寂しい限りだ。
部屋には、布団を被って携帯やノート型パソコンを弄っている海の姿は無かった。
心を込めたマッサージで、「さっきの態度、ごめんね」って謝ろうと思ったんだけれどなあ。
間が悪かったようだ。
「海く……烏堂くんは?」
宮崎の足をマッサージしながら、紬季はそれとなく聞く。
「ヘラオに呼ばれて離席中」
宮崎の足裏を揉んでいくと、「ぬふうっ」とおかしな声が上がった。
「なにそれ」と紬季は笑う。
「本当、気持ちいいだって。マッサージ。プロになれるかもよ?」
「スポーツマッサージのプロ?もうちょっと早く動けたらねえ」
「気に触った?」
「ううん。褒められるのは嬉しい。想像したことも無かった。天職って何なんだろうねえ」
「自分でこれだって思っていても、やってみたら案外違ったりするしな。あ~あ、俺もどうしよ」
「みんな、悩みは同じか。なんか、安心した」
「そうそう。ぬふうっ」
「宮崎くんに留めを刺したところで、じゃ、次はと」
「オレ、オレ」
と隣の布団で寝転がっていた鈴木が手を上げる。
紬季がそちらに向かうと、何故か鈴木が布団から避け、紬季はそこにうつ伏せにされた。
「え?何?!」
「いいから、いいから」
鈴木が紬季の太ももに乗ってきた。そして、腰に立てた指を当ててくる。
「ぬふっ」
紬季もさっきの宮崎みたいな声を出してしまった。
「はは。凝ってる。暑い中、給水ボトル持って歩き回って、食事作って、洗濯して、おまけに夜はマッサージして。選手以上に大変だもんな」
「鈴木くん、僕の仕事見てたの?いつ??」
「最近。よく頑張れるよなあって関心してた。それまでは、正直気が付かなかった」
鈴木くんのマッサージは続く。
なんだか、彼の様子が変だなと紬季は思った。
「これじゃ、逆だって。僕がやるって」
それでも、鈴木は止めない。
「オレはもう今後はいいよ」
「どうして?」
「マネに転向するから」
今日の夕飯のカレーは美味かったみたいなあっさりした言い方だったので、紬季が反応が遅れた。
「……え?」
「体型、変わっちゃって走れなくなってきていたのは知っているだろ。夏合宿前に、マネに転向するか部を辞めるか考えろってヘラオに言われてたんだ。オレも海と同じで一応特待生だからさ。マネに転向するって決めて、でも、我儘言って夏合宿は選手として参加させて貰った」
「鈴木くん、ここでそんなこと言っちゃっていいの?」
紬季は小声で問いかける。
「うん。オレがマネに変わることはこの部屋の連中全員が知っている」
「そっか」
「今日さ、オレ、本当に全然走れなくてさ。トレイル中に余りにも苦しくて、あーこりゃ無理だわって、諦めがついた」
「鈴木くんは、笠間さんを目指すんだね」
「かな?まだ、気持ちの整理がつかなくて分かんないけれど」
「去年、笠間さんもそんな感じだったよ。今じゃ、厳しい主務だけど。気持ちの整理がつかないうちは、少しぼやっとしてみるのもいいんじゃない?陸上素人の僕が言うのも何だけどさ」
「ぼやっとかあ」
しばらく紬季の足をもみ始めた鈴木が、ポツンと言った。
「オレさあ、どうして、頑張れなかったんだろう」
紬季はゆっくり起き上がった。
そして、鈴木の目を見て首を振る。
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