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第四章
63:だから、あいつが大切にしていたサミイを差し出すんだ
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この世に生まれ落ちたジョジュアは、歓迎されない子供だったのだ。まるで、自分とそっくりだ。
「お前、グレートマザーは冷静な方だ、と言ったな。それは違うと俺は思うぞ。阿刺伯国に何の報復もないまま、二十数年が過ぎている。未だに、英国女王が何の行動にもでないのは、冷静さをかくのが怖からなのかもしれないと、俺は考えている。英国女王が戰のやり方を一つ間違えるだけで、世界に飛び火する。温めた怒りが解放されたら、阿刺伯国は草一本残らぬ焦土になる。必要な資源は無傷で地下に眠っているんだから、皮肉なものだな」
「我を忘れるなんて。戰の司令官なのに……」
「お前だって、ジョシュアに愛されて我を忘れただろう?サミイだって、手首を切った。人間、感情的になれば簡単に我を忘れる。怒りなんて、その最たるものだ」
「だから、サミイ様をジョシュア様に返そうと?サミイ様がお父上の道具にされて怒ったくせに、同じようなことをなさるんですね」
「ああ。親子だからな。たまに、ぞっとする」
ミオの皮肉に、ジョジュアは自らを卑下するように笑った。
「ジョシュアは、阿刺伯国でも英国でも、きちんとした扱いを受けずに育ってきた。英国女王以上に怒りを溜めている。あいつの報告一つで、阿刺伯国の運命が変わる可能性が高い。だから、あいつが大切にしていたサミイを差し出すんだ」
ミオを抱きしめていたアシュラフの腕が「お前の出現だけが予想外だった」と言いながら離された。
「寝る。明日は結婚式だった。花嫁の顔を一度も見ずに向かえるものだから、まるで実感がないが」
二、三度深く呼吸をしたかと思うと、アシュラフは、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。
ミオは泣けてきて仕方がなかった。ジョシュアに会いたい気持ちは変わらないが、阿刺伯国を守ろうとするアシュラフの真意を知ると、自分だけ我を通すのが許せなくなってくる。
先ほど、贅沢な不幸にみんな溺れているとアシュラフは言った。
本当にその通りだ。片手で口を覆っても嗚咽が零れてしまう。
「……サミイ。泣くな……」
寝ぼけてアシュラフがミオの頭を撫でまわし、余計悲しくなった。
ちょうど窓辺に月が顔を出していた。目を瞑っても涙に反射して眩しい。
「ジョシュア様。今、何をされていますか?十年ぶりに会えたサミイ様を愛している最中ですか?俺のことなんかきっと頭の片隅にもありませんよね……」
美しいサミイに、どうやっても太刀打ちできないことは分かっている。
「でも、思わせてください。心の中で思うだけ。お願いします」
胸の中でずっと抱きしめていた革の本が体温で温まっていた。泣きながら眠りに落ちた。
「……さん。ミオさん」
囁き声がする。何度もミオを幸せな気分にさせた柔らかな声に、パッと目を見開く。月の光を背負って男が立っていた。まるで、旅の初日の夜のようだ。
「こんな場所にいたなんて」
ジョシュアが床にひざまづき、ミオを抱き寄せた。肩にはショールをかけていた。
「遅くなってごめん」
「ジョシュア様。……どうして?サミイ様のところじゃ」
幻なのかと思って手を伸ばし、男の頬に触れる。ジョシュアは目を瞑って気持ちよさそうな顔をした後、ミオを身体に巻いたブランケットごとすくい上げた。手から本が滑り落ち床で音を立てる。
「す、すみません」
「アシュラフは眠りが深いはずだから、これぐらいの物音では起きないよ。そうか、この本、ミオさんが持っていたのか」
ジョシュアはミオを抱き上げたまましゃがんで、本を拾う。
そして、肩のショールを外し、裸で眠るアシュラフへとかけた。
部屋の外に向かって歩き出す。
「テーベの街を出るとき、ジョシュア様の荷物を積んだ後に気づいて、俺の荷物に入れたんです。……あの、どちらに?」
ミオを抱いたまま、階段を降りるジョシュアに聞いた。
「一緒にいよう」と、ジョシュアは言った。
「ずっとですか?それとも明後日までですか?」
そう聞きたいが、勇気が出ない。
外に出ると、ミオはラクダに乗せられた。ジョシュアも後ろに跨る。
「お前、グレートマザーは冷静な方だ、と言ったな。それは違うと俺は思うぞ。阿刺伯国に何の報復もないまま、二十数年が過ぎている。未だに、英国女王が何の行動にもでないのは、冷静さをかくのが怖からなのかもしれないと、俺は考えている。英国女王が戰のやり方を一つ間違えるだけで、世界に飛び火する。温めた怒りが解放されたら、阿刺伯国は草一本残らぬ焦土になる。必要な資源は無傷で地下に眠っているんだから、皮肉なものだな」
「我を忘れるなんて。戰の司令官なのに……」
「お前だって、ジョシュアに愛されて我を忘れただろう?サミイだって、手首を切った。人間、感情的になれば簡単に我を忘れる。怒りなんて、その最たるものだ」
「だから、サミイ様をジョシュア様に返そうと?サミイ様がお父上の道具にされて怒ったくせに、同じようなことをなさるんですね」
「ああ。親子だからな。たまに、ぞっとする」
ミオの皮肉に、ジョジュアは自らを卑下するように笑った。
「ジョシュアは、阿刺伯国でも英国でも、きちんとした扱いを受けずに育ってきた。英国女王以上に怒りを溜めている。あいつの報告一つで、阿刺伯国の運命が変わる可能性が高い。だから、あいつが大切にしていたサミイを差し出すんだ」
ミオを抱きしめていたアシュラフの腕が「お前の出現だけが予想外だった」と言いながら離された。
「寝る。明日は結婚式だった。花嫁の顔を一度も見ずに向かえるものだから、まるで実感がないが」
二、三度深く呼吸をしたかと思うと、アシュラフは、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。
ミオは泣けてきて仕方がなかった。ジョシュアに会いたい気持ちは変わらないが、阿刺伯国を守ろうとするアシュラフの真意を知ると、自分だけ我を通すのが許せなくなってくる。
先ほど、贅沢な不幸にみんな溺れているとアシュラフは言った。
本当にその通りだ。片手で口を覆っても嗚咽が零れてしまう。
「……サミイ。泣くな……」
寝ぼけてアシュラフがミオの頭を撫でまわし、余計悲しくなった。
ちょうど窓辺に月が顔を出していた。目を瞑っても涙に反射して眩しい。
「ジョシュア様。今、何をされていますか?十年ぶりに会えたサミイ様を愛している最中ですか?俺のことなんかきっと頭の片隅にもありませんよね……」
美しいサミイに、どうやっても太刀打ちできないことは分かっている。
「でも、思わせてください。心の中で思うだけ。お願いします」
胸の中でずっと抱きしめていた革の本が体温で温まっていた。泣きながら眠りに落ちた。
「……さん。ミオさん」
囁き声がする。何度もミオを幸せな気分にさせた柔らかな声に、パッと目を見開く。月の光を背負って男が立っていた。まるで、旅の初日の夜のようだ。
「こんな場所にいたなんて」
ジョシュアが床にひざまづき、ミオを抱き寄せた。肩にはショールをかけていた。
「遅くなってごめん」
「ジョシュア様。……どうして?サミイ様のところじゃ」
幻なのかと思って手を伸ばし、男の頬に触れる。ジョシュアは目を瞑って気持ちよさそうな顔をした後、ミオを身体に巻いたブランケットごとすくい上げた。手から本が滑り落ち床で音を立てる。
「す、すみません」
「アシュラフは眠りが深いはずだから、これぐらいの物音では起きないよ。そうか、この本、ミオさんが持っていたのか」
ジョシュアはミオを抱き上げたまましゃがんで、本を拾う。
そして、肩のショールを外し、裸で眠るアシュラフへとかけた。
部屋の外に向かって歩き出す。
「テーベの街を出るとき、ジョシュア様の荷物を積んだ後に気づいて、俺の荷物に入れたんです。……あの、どちらに?」
ミオを抱いたまま、階段を降りるジョシュアに聞いた。
「一緒にいよう」と、ジョシュアは言った。
「ずっとですか?それとも明後日までですか?」
そう聞きたいが、勇気が出ない。
外に出ると、ミオはラクダに乗せられた。ジョシュアも後ろに跨る。
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