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第四章

55:何も分からないっ、て顔してるな?

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 アシュラフは、寝台からミオを引きづり出し床に立たせ、顎を取って言う。
「黒い水の言い伝えってのはな、阿刺伯国の北西部では有名な話だ。当然、十四歳まで王宮で育ったジョシュアも知っている。見え透いた嘘をつくんじゃないぞ」
 腹の底から響く低い声を出され、恐ろしさに身体がすくんだ。
 サライエにいた頃のミオなら、絶対に口をつぐんでいただろう。
 でも、公然の隠し子であるジョシュアは阿刺伯国では王位がないため、第一王子であるアシュラフよりも立場が弱い。
 冷たい目で睨まれても、怖い声で脅されてもミオは訴える。
「アシュラフ様。お願いです。ジョシュア様を罰したりしないでください」
「罰する?」
 聞き返してきたアシュラフが、口元に嫌な笑みを浮かべた。
「それは逆だ。ジョシュアが、阿刺伯国を罰しに来たんだ。今だって王宮中を嗅ぎまわっている。サミイ、ジョシュアを呼んでこい」
「……」
「聞こえないのか?」
 なぜか、大きな目に涙を溜め扉に向かって歩き始めたサミイに、アシュラフがさらに言う。
「ゆっくり戻ってきたっていいんだぜ。積もる話もあるだろう。もう一ヶ月も抱いてやっていないから、身体が疼いて仕方ないだろうし、ジョシュアに相手をしてもらえ」
 背中を震わせながら、サミイは部屋の外に消えていった。アシュラフはじっとその方向を見ている。きついことを言う口とは相反して、目の色は哀しい。
 ミオは、水たばこ屋でカードゲームに興じていた地元の男たちの話を思い出した。新王の情夫は変わった目の色をしていると。
 それは、サミイのことなのではないだろうか?
 だとしたら、どうしてアシュラフが一方的にサミイを遠ざけているのだろう。
 それにジョシュアと相手をしてもらえとは、どういうことだ?
「何も分からないっ、て顔してるな?」
 アシュラフが、ミオの顔を覗き込んできた。
 窓辺の椅子まで連れて行かれ、無理やり座らせられる。椅子には手すりに金銀の細工、座面と背もたれには赤い生地が張られていた。座り心地はいいが、居心地は悪い。
 向かいの椅子に座ったアシュラフが足を組んだ。同じ顔をしていても冷え冷えとした目をしていて、ミオはぶるっと身体を震わせた。
「寒いのか?」
 アシュラフは、羽織っていた薄いショールを脱いでミオに渡す。
「王宮は、至るところに水を引いている。身体を冷やし過ぎないよう気をつけるんだな。お前、名はミオと言ったか。どこに住んでいる?」
 ジョシュアとよく似た顔の、とても冷たい心を持った人だと思った矢先に、優しさを見せられ戸惑う。
「……港町サライエです。ラクダを使ってお客様に砂漠の旅を提供しています」
「そういえば」
 アシュラフが、自分の顎を擦った。
「サライエには一人『白』がいると報告を受けていたな。お前がそうだったのか」
「ご存知なのですか?」
「ああ。王宮は『白』の調査をしている。どの都市に何人住んでいるかまで調査中だ。最終的に、『白』全員を王宮に召し上げる予定だ」
「現王は四年前の開国に続き、『白』までも。ありがとうございます」
 礼を述べると、
「現王?……ああ、父のことか」
とアシュラフの返答が一瞬、遅れた。
「で、お前はジョシュアとはどんな関係なんだ?」
「上手く申し上げられません」
「ジョシュアはお前のことを、とても大切な人だと言っていた」
 困ったというように、アシュラフがため息をつく。
「正直、お前の出現は予想外だ。計画が狂いそうで迷惑している。ああ、参った」
 突然、アシュラフは尊大な態度を崩し髪を掻いた。金の縁取りがされてた豪華な王宮服を着た召使いが冷たいお茶とお菓子を持ってきて、アシュラフはそれをゴクリと飲み干す。
「お前さえいなければ万事丸く収まる話が、収まらなくなった。お前、ジョシュアに俺の結婚式が終わったら英国に行こうって誘われているんだろう?」
「そこまで先のことは。旅が終わったとき、関係をどうしたいか正式に返事が欲しいと言われてはいますが」
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