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第四章
54:十年経っても、ジョシュアの人たらしの腕は健在だ
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少し乱暴な足音が聞こえてきた。
薄い幕越しに相手の姿がぼんやりと見える。
背丈や肩幅に見覚えがあった。
ジョシュアだ!
ミオはふらつく身体で寝台の上を這って端まで行く。呆れるほど大きな寝台で端に行くだけで息が切れた。
「やっとお目覚めか?」という声とともに幕がかき分けられた。
相手に夢中で飛びついた。光沢のある衣装からは、ジョシュアが漂わせる花の香りとは違う、淫靡な匂いがした。
「あいつ、短期間で猜疑心の強い『白』を随分たらしこんだもんだなあ。なあ、サミイ」
ジョシュアらしくない匂いと言い方にミオは顔を上げる。
「し、失礼しましたっ!!」
抱き付いた相手は、ジョシュアとどことなく似た顔をした、浅黒い肌の黒目黒髪の青年だった。肩に薄いショールを羽織っている。
ミオは驚いて離れた。
「『白の人』の輿に飛び込んだだけあって、随分威勢がいい」
男は寝台に腰掛けると、獣のように両手足をついて追い詰めてくる。ミオは、這ってきた寝台を、今度は後ろ手で下がるはめになった。
「アシュラフ様。この方は今、お目覚めになったばかり。どうかご勘弁を」
サミイが、ミオとアシュラフと呼ばれる青年の間に割り込んで止めようとする。
青年の名前を聞いてミオは息を飲む。
―――アシュラフ。
新王の名前だ。
「申し訳ありませんっ。知っている方とよく似ていて、間違えたみたいですっ」
寝台に額をこすりつけて謝ると、頭上でアシュラフが鼻で笑うのが聞こえてきた。
「俺たちは、父の血が濃く出ているからな。肌や目の色が違うだけで、顔も体つきもよく似ているだろう?久しぶりにジョシュアに会って俺もびっくりしたぐらいだ。きっと、お前にも都合がいい」
都合?
何のことだ。
さっぱりわからない。
「あの、ここは。アシュラフ様がいるということは王都なのでしょうか?」
「ああ。お前とジョシュアは三日前にここにやってきた。随分と身体が弱っていたから、サミイが付きっきりで看病した。後で礼を言え」
王都は、阿刺伯国の北西部にあり隣国との国境も近い。大河沿いにあり、緑が豊かだ。
砂漠の案内人として四年を過ごしたが、ミオは王都は初めてだった。
肥沃な大地は多くの恵みをもたらし、市場には売りきれないほどの食べ物が溢れているという。重要な祝賀を控え、王都の賑わいは最高潮に達する勢いに違いない。
「助けていただき、ありがとうございました。あの、ジョシュア様は御無事ですか?会うことはできますか?」
すると、アシュラフは綺麗な形の眉を吊り上げた。
「まだ、自分の立ち場がわかっていないな。お前は『白の人』を殺そうとした人間なんだぞ」
「そんなっ。俺はジョシュア様に会いに来ただけで……。ジョシュア様が阿刺伯国の地下資源を不正に調査し、王宮の兵士に囚われたと聞いて、いてもたってもいられなくて」
「ああ。そうだな。あいつは、勝手に人んちの庭を穴ぼこだらけにしやがった」
アシュラフから見れば、一日早く生まれているジョシュアは兄にあたる。だが、口調はぞんざいなものだった。
「ち、違うんです。砂漠キツネを見たいと言ったジョシュア様に、こんな面白い言い伝えがありますよと黒い水の話をしたのは俺です。ジョシュア様は興味を持って、確かめただけで、不正に調査したわけではありません」
間もなく王になろうとしている青年に意見するのは恐ろしかった。でも、ジョシュアを守りたかった。
アシュラフは、ぶっと吹き出し腹を抱えて笑い出す。
「聞いたか、サミイ。十年経っても、ジョシュアの人たらしの腕は健在だ」
サミイは無言だった。
ひとしきり笑ったアシュラフは、ミオの手首を掴んで寝台から引きづり出した。驚いて止めに入るサミイを、アシュラフは煩わし気に払う。
「触るなっ」
大声は、ミオとサミイを硬直させるのに充分だった。
薄い幕越しに相手の姿がぼんやりと見える。
背丈や肩幅に見覚えがあった。
ジョシュアだ!
ミオはふらつく身体で寝台の上を這って端まで行く。呆れるほど大きな寝台で端に行くだけで息が切れた。
「やっとお目覚めか?」という声とともに幕がかき分けられた。
相手に夢中で飛びついた。光沢のある衣装からは、ジョシュアが漂わせる花の香りとは違う、淫靡な匂いがした。
「あいつ、短期間で猜疑心の強い『白』を随分たらしこんだもんだなあ。なあ、サミイ」
ジョシュアらしくない匂いと言い方にミオは顔を上げる。
「し、失礼しましたっ!!」
抱き付いた相手は、ジョシュアとどことなく似た顔をした、浅黒い肌の黒目黒髪の青年だった。肩に薄いショールを羽織っている。
ミオは驚いて離れた。
「『白の人』の輿に飛び込んだだけあって、随分威勢がいい」
男は寝台に腰掛けると、獣のように両手足をついて追い詰めてくる。ミオは、這ってきた寝台を、今度は後ろ手で下がるはめになった。
「アシュラフ様。この方は今、お目覚めになったばかり。どうかご勘弁を」
サミイが、ミオとアシュラフと呼ばれる青年の間に割り込んで止めようとする。
青年の名前を聞いてミオは息を飲む。
―――アシュラフ。
新王の名前だ。
「申し訳ありませんっ。知っている方とよく似ていて、間違えたみたいですっ」
寝台に額をこすりつけて謝ると、頭上でアシュラフが鼻で笑うのが聞こえてきた。
「俺たちは、父の血が濃く出ているからな。肌や目の色が違うだけで、顔も体つきもよく似ているだろう?久しぶりにジョシュアに会って俺もびっくりしたぐらいだ。きっと、お前にも都合がいい」
都合?
何のことだ。
さっぱりわからない。
「あの、ここは。アシュラフ様がいるということは王都なのでしょうか?」
「ああ。お前とジョシュアは三日前にここにやってきた。随分と身体が弱っていたから、サミイが付きっきりで看病した。後で礼を言え」
王都は、阿刺伯国の北西部にあり隣国との国境も近い。大河沿いにあり、緑が豊かだ。
砂漠の案内人として四年を過ごしたが、ミオは王都は初めてだった。
肥沃な大地は多くの恵みをもたらし、市場には売りきれないほどの食べ物が溢れているという。重要な祝賀を控え、王都の賑わいは最高潮に達する勢いに違いない。
「助けていただき、ありがとうございました。あの、ジョシュア様は御無事ですか?会うことはできますか?」
すると、アシュラフは綺麗な形の眉を吊り上げた。
「まだ、自分の立ち場がわかっていないな。お前は『白の人』を殺そうとした人間なんだぞ」
「そんなっ。俺はジョシュア様に会いに来ただけで……。ジョシュア様が阿刺伯国の地下資源を不正に調査し、王宮の兵士に囚われたと聞いて、いてもたってもいられなくて」
「ああ。そうだな。あいつは、勝手に人んちの庭を穴ぼこだらけにしやがった」
アシュラフから見れば、一日早く生まれているジョシュアは兄にあたる。だが、口調はぞんざいなものだった。
「ち、違うんです。砂漠キツネを見たいと言ったジョシュア様に、こんな面白い言い伝えがありますよと黒い水の話をしたのは俺です。ジョシュア様は興味を持って、確かめただけで、不正に調査したわけではありません」
間もなく王になろうとしている青年に意見するのは恐ろしかった。でも、ジョシュアを守りたかった。
アシュラフは、ぶっと吹き出し腹を抱えて笑い出す。
「聞いたか、サミイ。十年経っても、ジョシュアの人たらしの腕は健在だ」
サミイは無言だった。
ひとしきり笑ったアシュラフは、ミオの手首を掴んで寝台から引きづり出した。驚いて止めに入るサミイを、アシュラフは煩わし気に払う。
「触るなっ」
大声は、ミオとサミイを硬直させるのに充分だった。
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