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第一章

12:もう……いや……だ、ああ……っ

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 ミオが横目で眺めながら店を通り過ぎると、一人の欧羅巴人の少年と擦れ違った。少年の目はミオのサイティを見て驚きの色を宿す。
 その意味に気づいたミオは、浜辺に向かって駆けだした。北斗星号もついて来る。
 サイティのいたるところに血の染みが付いていたのだ。
「お客が寄ってくるはずないじゃないかっ!!」
 北斗星号に、膝を折り砂浜に座るよう命令し海に入った。血で汚れたサイティと精液がついた下穿きを海中で脱いで洗おうとした。しかし、鞭で避けた皮膚が海水に反応し痛みが走る。
 ぷつんとミオの中で、何かが切れた瞬間だった。
「もう……いや……だ、ああ……っ」
 叫び声を、波がかき消した。
 泣きながら血の付いたサイティを脱ぎ、しばらく波間を漂った。
 涙で霞む目で水平線を眺めた。朝、連なっていた西班牙艦隊は別の湾に移動してしまったらしい。
 視界に英国商船が見える。英国商船は、海賊を威嚇するための砲門をいくつも積んでいるという。でも、見た目は軍船と違ってエレガントだ。豪華な船には、たくさんの幸福が詰まっていそうな気がした。
 ぼんやり眺めていると、強い引き潮がサイティを攫っていった。ミオは夜着とこの外出着のサイティ以外、服を持っていない。一張羅を流されたら、上半身裸で過ごさなければならない。主人が新しいサイティを買ってくれるわけがなかった。
 サイティを追いかけ、砂地を蹴って海の中を歩いた。この辺は、少し歩けばすぐ深くなる。ミオは泳げないが、こんな身体を晒して歩くなんて死んだ方がましだった。予想通り深みに身体が沈む。息を吸おうにも、口の中に入ってくるのは海水で、たちまち意識が遠のきそうになる。
 こんな最後……。
 まあ、いいか。
 真っ暗な闇に全てを持っていかれそうになったその時、
「君っ」
 手首をぐいっと掴まれた。海面に引き上げられる。
 ゲホゲホと激しくむせながら相手を見ると、宿屋の軒先で「寝床のお世話」と大人のからかいをしてきたハシバミ色の目の男だった。
「大丈夫かい?まさか、死のうとしてたんじゃないよね?」
「せ、洗濯を。……あれ?俺のサイティ」
 波間を見渡したが、それらしきものは浮いていない。
「どうしよう!無いっ!!さっきまでそこに」
「諦めた方がいい。湾でも、場所によっては流れが急だ」
 男は、ミオを水中で抱き寄せ歩き出そうとした。
「でも、俺、服があれしか。痛っ……」
 浜に戻されまいと抵抗すると、避けた手のひらの皮膚が、男のサイティにこすれた。
「ひどいケガだ。誰にやられたの?」
「転んだだけです。俺、そそっかしいので」
 見えすいた嘘だとわかったのだろう。男は、それ以上追求はしてこず、無言で丸太を運ぶようにミオの胴体に手を回し、深みから離れた。
 そして、砂浜を見ながら、独り言のように語る。
「近くの店で、お茶を飲みがら本でも読もうと思って宿を出たんだ。そうしたら、浜辺に見覚えのあるラクダが座っていた。近寄って行ったら、尋常でない様子で泣く君が海にいた。時間は有り余るほどあるんだから、砂漠の旅ぐらい申し込んであげればよかったな」
 男は、ミオを浅瀬に下ろす。そして、見下ろしながら言った。
「だって、あの後、雇い主に怒られたんだろう?だから、その手……」
「俺が、うまくお客を引けないのが悪いんです」
「上手だったと思うけどね」
 男はそう言いながら、海からあがり濡れたサイティの裾をぎゅっと絞った。
 ミオは黙って海に浸かっていた。蔑まされる肌を、人目に晒すのはためらわれた。
「君の家はここからすぐ?代えのサイティはあるの?」
と男が言う。
 曖昧に笑うしかなかった。
 ウィマだったら、「ここで出会えたのも何かの御縁。旦那様、どうか俺に新しいサイティを買ってください。一生大事にします」と、こともなげに言うはずだ。でも、ミオはそんなずうずうしさは持ち合わせていない。
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