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第一章

9:困ったな。どうして、僕に声を掛けてくるの

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「旅の旦那様。砂漠の砂は、二日洗濯しても取れません。お土産も兼ねて、阿刺伯国の民族衣装はいかがですか?ターバンとサイティがセットです。色んな色がありますよ」と言って、星空旅行社と組んでいる服屋に連れて行くのだ。
 まずそこで、英国には売っていない民族衣装を通常の十倍の値段で買わせ、その後はガラクタに近い置物しかない土産物店に案内し、また金を使わせる。すぐ使うターバンとサイティ以外は宿に送られる。その後、ようやく星空旅行社に辿りつき、旅の受付をするという手順だ。
 ミオも、港の入り口に立った。場所を変えながら拙い異国の言葉で叫んでいる間も、別の旅行社の人間がやってきて次々と客を捕まえていく。
「……ラ、ラクダの背中に乗って……砂漠旅行はいかがですか?」
「木に登る不思議な山羊を……見に行きません……か?」
 精いっぱい声を張るが、波止場ではしゃぐ英国人客の声に簡単にかき消される。
 水平線から太陽が完全に顔を出し、日差しがきつくなり始めた。甲板にいた英国人客は、今度はやってきた食事処の客引きにみんな連れて行かれてしまう。
 朝早く起きて小舟に乗り、阿刺伯国に上陸した興奮も覚めると、みんな腹がすいているのを思い出すのだ。阿刺伯国独特のパンやコーヒー、紅茶もあると言われると弱いらしい。
 きれいさっぱり波止場から英国人客がいなくなり、ミオは食事処が連なる木陰で、彼らが食事を終えて出てくるのを待った。
 店から出てくる客に次々と声をかけてみたが、空振りばかりだった。そのうち太陽の角度がきつくなってきた。
 こうなれば、異国の旅人たちはもう屋外に出ようとしない。なんせ外は四十度軽く超える暑さだ。
 ミオはどうしても星空旅行社に戻りたくなくて、木陰から出て反対方向に向かって歩き出した。湾を囲むようにして宿屋が連なっている。こちらは、宿屋街。長期滞在客がほとんどで、何度も砂漠の旅に出ている。だから、望みは薄い。
 軒先には、すっかり覚えた顔がいくつもあった。
「『白』!『白』!」
 宿屋の一階の軒先で、お喋りに明け暮れる長期滞在の旅人たちが、北斗星号の手綱を引いてやってきたミオを見て笑った。『白』というのは、蔑みの言葉だということを彼らは知っていた。
 ミオはうすら笑いを浮かべ、頭を下げて通り過ぎる。目にじわりと涙が溜まりかけた。
「ここら辺で折り返そうか」
 ミオが、北斗星号の手綱を引きかけると、真っ白なサイティが視界の端に映った。
 明るい茶色の髪の男が宿の軒先の椅子に座って、物憂げに海を眺めている。
 吸い込まれそうな緑がったハシバミ色の目に思わず足が止まる。向こうもミオに気づいた。あちらは、ミオの赤い目が珍しかったのかもしれない。
 視線が絡み合って、ミオはここまでやってきた目的を忘れそうになった。
「あっ……と。ラ、ラクダの背中に乗って砂漠旅行……」
 片言の異国語で話しかけると、男は「困ったな。どうして、僕に声を掛けてくるの」と呟いた。
 阿刺伯国の言葉だ。
 流暢さに驚いた。
「あ、あ、あ、あの」
 北斗星号をぐいぐい引いて、ミオは近づいていった。
「さ、砂漠の夜空を天幕から見ながら、いいい、一泊なんていかがでしょう?食事も寝床のお世話も万全にさせていただきます」
「寝床のお世話?」
 ふっと目を細められ、笑われた。一瞬、深意を計りかねたミオだったが、やがて大人のからかいをされたのだと気づいた。
「いや、違っ、違うんです。天幕をきちんと張るという意味でっ」
「それは残念」
 男は長い脚を組み替え、水たばこの吸い口を咥えた。異国の人間なのにサイティが似合っていて、優雅な仕草だった。
 ため息まじりの残念という声が、妙に耳に残る。
 だから、ミオにしては珍しく、客に食い下がった。
「でしたら、砂トカゲはいかがですか?尻尾だけで立ち上がります。脅かすとそのまま駆けていくんですよ」
「砂トカゲは興味ないかな」
 男は、チラッと横目でミオを見て言った。
「じゃ、じゃあ、砂穴で踊る蛇はどうですか?」
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