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第四章

34:もう、レオさんの顔、直視できない

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 レオナルドが寝室から居なくなると、自分の心臓がはちきれんばかりに動いているのに気づいた。
 アンジェロは逃げ場を探して、寝台の上を後退する。
 床に降り立つと、足に力が入らない。まるで、自分の体じゃないみたいだ。
 廊下に出ると、玄関でマルリシオに対応するレオナルドの後ろ姿が見えた。玄関扉にもたれて立っている。マルリシオは油紙の袋をレオナルドの顔の前でブラブラさせていた。
「余ったら返せと言っただろう? お蔭でこっちが足を運ぶはめになった」
「悪い」
「どうした? 普段なら言い返してるお前が。悪い物でも食ったのか?」
 マルリシオが油紙の袋の中身を覗き込んで、それを逆さにした。手のひらに白い包みが三包乗せられた。
 アンジェロは、マウリシオが手のひらに乗せた白い包みを横目で見ながら、自分の寝室の扉を音を立てないようにそっと開ける。
「十包渡したのに、残りはこれだけか。アンジェロはくせにはならなかったか」
 急に自分の名前が出てきて、二人がいる方を見る。
 どういう意味だ。くせにはならなかったかって?
 まるで、オレがあの薬を飲んだみたいなことをマルリシオは言っている。
 レオナルドが頭をかきながら言う。
「熱と痛みが酷い時に飲ませたらすぐ大人しくなった。夢を見て大変だったようだが」
「幻覚を見るほど強いと先に言っただろう」
 一体何を言っているんだ、レオさん。オレはそんなの飲んだ覚えはないよ。
 飲まされたとするなら、旅の疲労と、手の怪我のせいで記憶が曖昧な最初の三日。
 あの時は、ずっと、不埒な夢を見ていて。
『―――夢』
 ロレンツォの冷たい唇が印象的な夢。もしあれが半分夢で、半分現実だとしたら……。
 めまいが襲ってきて、寝室の扉によりかかると、ギイッと扉が軋む。
 玄関先にいた二人がその音に振り向いた。
 レオナルドと視線が絡み合って、アンジェロは急いで寝室に飛び込んだ。
「アンジェロッ!挨拶もできないのか。」
 ブツブツとマルリシオの小言が聞こえてきたが、やがて静かになった。帰ってしまったらしい。
 きっとレオナルドは、この部屋にやってくる。
 部屋の中で、自分の尻尾を追いかける犬のようにぐるぐると同じ場所を何度も回っていると、扉の前で声がした。
「アンジェロ。入るぞ」
 アンジェロは開けられようとしている寝室の扉に飛びついた。しかし、一瞬遅く、レオナルドと鉢合わせする。後ずさりをしようとして足がもつれ、仰向けに転ぶ。
「お前、誤解しているだろ」
 レオナルドはしゃがんでアンジェロを助け起こそうとする。
 唇に目がいった。
 オレ、この唇と……。
 体が燃え上がるように熱くなり、自力で立ち上がると、その脇を駆け抜けた。
「おいっ?!」
 焦った声が追いかけてくるが、アンジェロは止まらない。玄関を出かけて自分が上半身裸であることに気付く。
 堪らなく無防備な気分になって、家の中を見渡した。
 右に行けば、レオナルドの寝室。逆側は、居間と炊事場。そこに隠れる場所はない。
 さらに首を捻ると、作業部屋の扉が目に入った。そこに駆け込む。
 テーブルの上には、粘土が取り払われたハリボテの馬が置かれてあった。丸裸にされた自分を見ている気分になる。
『もう、レオさんの顔、直視できない』
 扉を背中で抑えるように座って、アンジェロは膝を抱えた。
『レオさんと何回したんだ? ええっと、薬が十包あって、残りが三包だから……』
 口づけの回数を知って、気絶しそうになる。
 いや、あれは口づけじゃない。薬を飲ませようとしてくれただけで……。
 否定に否定を重ねるほど、体がさらに熱くなる。
 アンジェロは、レオナルドを責め始める。
 レオさん、一言言ってくれたらいいじゃないか!
 熱で苦しんでいたから、薬を口移しで飲ませてやったぞって。
 さらっと何気なく!!
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