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第四章

25:みんなに気を使われていいよねえ

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 サライは、レリーフを取り出し窓辺へと持って行った。
 そして、呟く。
「悔しいけれど、上手」
 丁度雲の隙間から、月の光が帯となって差し込んできて、サライの整った顔を照らす。
「叩き壊したくなるぐらい」
 憎しみに占拠された顔もまた美しい。
「君はずるい人間だよね。僕と同じぐらいの年齢なのに才能があってさ。あの気難しいマエストロの心だって掴めるのに。でも、身投げするんだ?」
 ―――いつ、聞いた? 一体誰に?
 驚いて寝台から腰を浮かせかけると、サライが意地悪く目を光らせ答えを言った。
「マルリシオ」
 修道院の廊下を歩いている時、つけられていると感じたことを思い出す。
 サライは、猫のような足取りでやって来て、レリーフを鞄に仕舞った。
「手も壊したんだって? それは、死ねなかった腹いせ?」
 こいつ、跡をつけるだけじゃなく、立ち聞きしていたんだ。
 気味が悪い。
 怯えていると、急に頬に触れられた。
「寝なよ。マエストロは朝、早くにコルテ・ベッキオに向かう。僕達、見送らなくちゃ」
 ぺちぺちとアンジェロの頬を叩いたサライは、今度は肩を強引に押しを寝そべらせる。
 ここは逆らわない方がいいと判断し、背中を向けて横たわった。黙っていれば自分の寝台に戻って寝るだろうと思っていたら、何故かブランケットをたくし上げられる。
 冷たい体が隣に滑り込んできて、驚いて首だけ捻った。
 サライが肘枕をして、アンジェロを見ている。
 全く予想のできない行動に、混乱して壁にしがみく。
 サライは、ゆさゆさと肩を揺さぶって来た。
「こっち向きな。じゃないと襲う」
 脅され恐る恐る寝返りを打つと、サライは満足げに笑った。そして、目を閉じアンジェロに向かって顔を近づけて来た。
 ―――サライには悪癖があってな。あの通り、整った顔をしているから誘い上手だ。
 脳内にはレオナルドの声が響いていた。
 アンジェロは腕で自分の唇を守る。
 きっと、サライはアンジェロに気があるのではなく、レオナルドがアンジェロを気に入っているから、誘惑して自分の支配下に置き思うがままにしようと考えたのだろう。
 歪んだ心にゾッとする。
 阻まれたサライは、「ああ、そう」と低い声を出した。
 懐で暖を取ろうとする猫みたいに、アンジェロにくっついてきてあくびをした。
 そして、アンジェロの体に腕を回しながら言う。
「ねえ、口がきけない理由は何? マルリシオは、言いたいことを言えなくて溜めに溜めた結果だ、なんて言ってたけど、誰にだって言えないことはあるよ。そうやって、はっきり症状が出ると、みんなに気を使われていいよねえ」
 
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