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第三章

18:なのに、悠長に情事にふけっているだなんて!

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 ぼんやりと目を開けると、体の上に深く帽子をかぶりマントを身に着けた男がのしかかっていた。帽子もマントも真っ黒で、その姿はまるで悪魔だ。全身がぐっしょり濡れていて、帽子のつばから雫が滴っていた。
 黒づくめの男は、ゆっくりと這い寄ってきて、アンジェロの寝間着を掴む。
「君、誰?」
 悪魔の声は、少年のように若い。
「マエストロとどんな関係?いつから?」
 ガクガクと揺さぶられ寝台が軋み、その振動でレオナルドが目覚めた。すぐさま、バッと起き上がる。
「サライ。てえめ、ようやくご帰還か」
 サライと呼ばれた男は、アンジェロから手を離し、帽子を床に投げ捨てた。ぐっしょり濡れた帽子は、重い音を立てる。
 顔を露わにした男に、アンジェロの目は吸い寄せられた。
 まるで、宗教画に出てくる美青年だ。自分の姿に見惚れて水面に落ちてしまったギリシャ神話のナルキッソスのように美しい。
 年齢はアンジェロと同じぐらい。細身で身長はアンジェロよりかなり小さく、肩ぐらまでしかなさそうだ。濡れた茶色い髪が顔に張り付き、ゾクッとするほど艶っぽい。
 レオナルドは、サライの気を逆なでるようにせせ笑う。
「真実の愛とやらはどうした? 今度こそ本物を見つけたんだろう?」
「ああ、見つけたさ。でも、マエストロが心配で戻ってきた!なのに、悠長に情事にふけっているだなんて!」
 アンジェロは膝立ちになって、サライに這い寄った。
『誤解ですっ。オレは抱き枕にされていただけで……』
 冷え冷えとした目でサライに睨まれ、アンジェロは身がすくんだ。
「この人、何を言っているの?」
「口がきけねえんだよ、一時的なもんだ」
「へえ、そう。どうでもいいからマエストロ、さっさと起きてくれない?イル・モーロの使者が来るよ」
「どうでもいいってお前、心無い事言うなあ。それに、使者?この大雨の中か?」
「教会の入り口で鉢合わせした。もう、こっちに向かっている。緊急事態なんじゃないの?」
 レオナルドが、大儀そうに寝台から離れた。部屋の隅にある箪笥の引き出しを開け、寝間着からローブに着替え始める。
 深く落ち込んでいたレオナルドは、サライの帰還によって気持ちが切り替わったようだ。いつものレオナルドに戻って、アンジェロはほっとする。
「そういえば俺って忙しかった。食堂の壁画制作に、記念騎馬像の製作もしなくちゃならねえし、夏を祝う宴の準備も」
「なら、怪我人の世話をしている場合じゃないでしょ」
 チラリとアンジェロを見たサライの目は、とっとと出て行けと言っている。
「そうだなあ」
 レオナルドはすでに仕事のことで頭がいっぱいになってしまったようで、心ここにあらずという返事をした後、急に勢いよく振り向いた。
「いいことを考えたぞ。おい、アンジェロ。お前、俺の弟子になれ」
 アンジェロは、激しく瞬きをする。
 濡れたマントを脱ぎかけていたサライの手が止った。
「怪我人を弟子?! こいつ、手も口も使えないんでしょう?」
 すると、レオナルドは小机にあるレリーフを顎で示す。
「彫刻? ……すごく綺麗」
「こいつじゃない。名前はアンジェロ。フィレンチェ出身。酒場で出会って、橋で拾った」
 アンジェロはレオナルドの元に駆け寄って行った。
『レオさん。オレは、どんな師匠にも指示するつもりは……』
 芸術の世界には、戻らない。
 ギルランダイオ、ベルトルド、そして、ロレンツォ。三人の男に師事し、もう十分すぎるほど傷ついた。
 すると、レオナルドが箪笥から新しいローブを出して来て、アンジェロに投げつけてきた。怪我している手では受け取れず、顔で受け止める羽目になった。
「お前はもう死ぬ勇気なんてない。かといって文無しだから、どこにも行けない。それに、世話になった対価も全部は払っていない。だったら、俺の弟子になるしかないよなあ?」
『抱き枕代で全部返済できたんじゃないの?!』
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