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第六章

90:エイトが僕を生かしたんだからね。言葉とその存在で

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 そして、携帯を眺めた。
 前使っていたのとは別だ。
 闇組織は完全崩壊したわけじゃない。残党はまだいるし、Fリストは共有されている。だから、前の携帯は解約し、もう零の名義では契約するのを止めた。
「これ、六月八日さんって人から貰った携帯なんだ」
と零がニヤニヤ笑う。
「何度もしつこく喜んでくれてどうも」
 六月八日(むつきえいと)。
 これが、本当のフルネームだ。
 珍しい名字だが、エイトの住んでいた地方ではちらほらある。
 名字が六月だから、カレンダーみたいにしたらかっこいいとで母親は思ったのだろうか。
 こっちとしては目立ってしょうがない。
 だから、闇組織に入る時、身分証明書を出せと言われて躊躇した。
 悪人の頭の中は分かっている。公的証明書を出せば、それを悪事に利用する。それを盾にどこまでも追い込んで来ることも。抜けたいときに抜けられないのだとすぐに分かった。
 だから、戸籍を買ったのだ。
 母一人子一人で生きてきた男の戸籍を。
 二人は同時に亡くなったようだが、死亡届は出されていなかった。なぜ、同時に死んだのか理由までは分からない。知る必要も無いだろう。
 デリヘルボーイで稼いだ金を使った。戸籍の価格は五百万円。
 携帯はそれですんなり作れた。銀行も問題なかった。免許証だって取れた。
 闇組織にずっと利用されるのが嫌だったから買った戸籍だったが、プレミアだったらしい。捕まったときもエイトは新田一。裁判にかけられたときも、刑務所でも。
 だから、闇組織は真のエイトを知らない。
 結果として、短絡的な母親の名付けにエイトは救われた訳だ。
 そして、零には感心させられた。
 上原に監禁されている零が「エイト」と名前を呼ばなかったのだ。マジで肝が座っている。
「もうすぐ退院だな」
 零が苦笑する。
「なんだかんだであっという間だった。誰かさんが死ぬって脅すから辛い治療を耐えちゃったよ」
「さすが」
「僕さ、エイトに出会わなければ本当に死んでいた。上原先生に利用されて失意の内にね。あ、失意ってのは後で調べて」
「了解」
「言い換えれば、エイトが僕を生かしたんだからね。言葉とその存在で」
「褒めすぎ」
 ケンソンするが零は、
「足りないぐらいだよ」
と言う。
「でも、まだまだ迷惑はかけちゃうね。退院したってすぐに動ける訳じゃない。日常生活に戻るのはさらに半年ほどかかると医師に言われているし」
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