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第一章

3:もしもし、警察ですか?ひったくりです

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 会計をしてコンビニを出る。調子に乗って買いすぎて両手に大きいビニール袋いっぱいになった。長財布はコートのポケットに入れる。
 買い物をしているうちに外はすっかり暗くなっていた。といっても時間はまだ十七時前。零の住む住宅街と違って人通りが多い。学生だけじゃなく、サラリーマンやOLもいる。
「電車やバスも止まるかもしれないから、早く帰れって言われているのかなあ」
 誰かが待つ家に。
 そうじゃない人だってたくさんいるかもしれないのに、零には全ての人が羨ましく見えた。
 うつむいて歩き出す。
 背後から走ってくる靴音が聞こえて、急いでいる人なのかと脇に寄ると、通り過ぎていこうとする相手が急に零の側に寄ってきて、ポケットに手を突っ込んできた。
 まるで人の食事を奪おうとするカラスやトンビみたいな動物的な素早さだった。
 だから、何が起こったのか最初は全然解らなかった。
 ポケットから奪われたのは財布で、自分はひったくりに遭ったのだと気づいたのは少し経ってからで、数十メートル先を駆ける犯人は地味な緑のスタジャンに下はスエット、黒いニット帽をかぶった男。
 まさか、自分が?
 あの距離じゃ到底追いつけない。
 今日は最悪な日だというのに、さらなるおまけが付くだなんて。
 なんとか保っていた気力というものが、ゆるゆると抜けていき道路にしゃがみそうになった。
 ーーーそのとき。
 隼みたいな勢いで誰かが通り過ぎていった。
 顔を上げると後ろ姿が見えた。
 零は目を見開いた。猛然と走っていくのは少し大柄な若い男だ。立派な体格をしていて、足が速い。でも、驚いたのはそこじゃない。
「……こんな日に半袖」
 半袖男は、ひったくり犯が網の目のように走る住宅街の細い路地から出てきた歩行者と鉢合わせしてもたついている隙にあっという間に追いついて、スタジャンの襟首を掴んで、塀に乱暴に押し付けた。そして、手に握られていた財布を奪い取ろうとする。ひったり犯は半袖男の髪を掴んだりして少し抵抗を見せたが、半袖男はその腹に数発蹴りを入れて戦意を喪失させた。ズルズルと壁にもたれるひったくり犯の前に仁王立ちになり、ここから去るように顎で道を示す。
 よろめきながら逃げていったひったくり犯を見送って半袖男が戻ってきた。
 髪はくせ毛なのかパーマなのか分からないが大きな巻き毛で、自由奔放なうねり方をしていた。それが目のほとんどを隠している。綺麗な鼻梁をしていて、唇はふっくら。独特の雰囲気のある男だ。年上のようにも見えるが、肌は若々しい。年齢は零と同じ、二十代始めぐらいだろうか。 
 零に長財布を突き返してくる。その横では、
「もしもし、警察ですか?ひったくりです」
と近くに居合わせた中年の女性が携帯で電話していた。
 半袖男は、彼女を軽く睨み「チッ」と舌打ちして、別の路地に消えていこうとする。
「待って」
 零は半袖男を追った。
 路地に入っていくと、「ついてくるな」と鋭い声を飛んでくる。
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